第29話 白猫令嬢と獣人の起源

 魔法の訓練に加え絵のモデルの仕事も始めたことにより、ミリエルの生活はさらに忙しくなってきている。自分に価値を感じてもらっているのはありがたいが、それはそれとして疲れることが多くなっていた。



「ふうー……フォルスさん、ごめんなさい。何だか元気が出ません……」

「ならば今日はやめておきましょうか。万全ではない状態でモデルになられても、いい作品はできませんからね」


「すみません、せっかく来ていただいたのに……」

「そんなことはありませんよ! 僕はいつも王都に籠って仕事しているので、シュターデン領を訪れるのはいい息抜きになっていますから!」



 モデルの仕事をしようと応接室にやってきたのはいいのだが、準備をする前にソファーに寄りかかってしまったミリエル。


 彼女が伝えた直後、少し開いていた扉を通り、ピンチヒッターが現れる。まーちゃんであった。



「あれっ、まーちゃん様!? 人前に出ていくことはめったにないのに……!」

「フォルスさんのことを信用してくれたんですね。わたしから話を聞いて、一目会ってみようと思ったのかも」



 まーちゃんはすたすたと歩いていき、フォルスの足下で止まる。彼は心臓を抑えて悶え出した。



「うわあー!!! あ、貴方様がマヌルネコ……!! 伝承では到底伝わらない高貴さと美しさと可愛らしさだ……!!」

「にゃっ」



 頭を地につけひれ伏すフォルス。まーちゃんはそれを受けて得意げにしており、我を崇めよとでも言いたそうな態度を取る。



「にゃーにゃー、にゃにゃにゃ!」

「えっと……疲れてしまったわたしの代わりに自分を描くのはどうだ、とまーちゃんがおっしゃっています」


「……な、なんということだ……ミリエル様はマヌルネコ様と会話ができ、そしてマヌルネコ様は僕に絵を描く機会をお与えくださっている……」

「にゃーにゃーん!」



 承諾した雰囲気を察し、まーちゃんはソファーのへりに座る。フォルスは幸福感に浸りながら、画材の準備をするのだった。




 それからまーちゃんが描かれていく様を、紅茶やお菓子と共に眺めるミリエル。そこにアルフレッドが尋ねてきた。



「遅れてすまな……おや。ミリエルがモデルではないのか」

「そうなんです、アルフレッド様。わたしが疲れているとお伝えしたら、まーちゃんが代わってくれまして」


「ふむ……まーちゃん殿が城塞にいるということは、一部の者しか知らない極秘事項。あまり公にしたくないのだが……」

「そうですよね、絶滅したはずの猫ですから。なのでこの絵は僕が個人で買い取ろうと思っています。1000万でいかがでしょうか」


「にゃにゃにゃ、にゃんっ」

「うむ、物分かりのいい人間だ。とまーちゃんが言っています」

「なんて偉そうな態度を……自分が世界で一番だと信じて疑っていないな」


「猫とはそういう存在なのですよ、アルフレッド様! 人間とは猫の命令を聞くしもべに他ならないのです!」

「王都のガーディン人が聞いたら発狂しそうな思想だな。バスティリアでは普通なのか?」

「全員とはいかなくても、大半がこんな考えですね~。獣と人間は対等であるという考え方が、生活の根底にあるのですよ」

「成程……」




 アルフレッドもミリエルの隣に座り、紅茶を飲みながらフォルスの仕事を観察する。まーちゃんはソファーの縁で香箱座りをして、モデルらしくじっとしていた。




「……それにしても不思議ですよねー」

「何が不思議なんだ、チカ」

「ミリエル様のことです。確かミリエル様のご両親は、普通の人間でいらっしゃったんですよね?」

「はい……わたしだけが何故か獣人の姿で生まれてきました」



 猫耳を触りながらミリエルは言う。周囲はともなく親すらとも違うという事実は、何度も彼女を苦しめてきた。



「獣人が生まれる理由は様々な憶測が交わされていますけど……親は普通の人間なのに突然、ってパターンばかりのような気がします」

「獣人が子を成した記録が皆無だというのもある。一概には語れないが、その傾向はあるだろう」


「フォルス様。バスティリアには獣に詳しい方がたくさんおられるのでしょうか? ならば獣人が生まれてくる理由もご存知だったり……」

「いえ、それがですね、バスティリアでも獣人の起源についてはよくわかっていないのですよ」

「そうなのですか……?」



 フォルスは一旦手を休めて、チカの質問に答える。心なしかまーちゃんも耳を立てて話を聞いているように見えた。



「文字通り神のみぞ知るといったところですかね……そして世界で一番最初に神の加護を受けたとされるのが、このガーディン王国。そこに史料がないなら、もう何もわからないのです」

「獣嫌いだからといって、そんな情報まで消す必要あります? 目にも入れたくなかったのでしょうか……」

「……」



(父上は何かご存知だろうか。いや、知っていたら当て付けの婚約なんてさせない……確実に愛し合える相手と結びつかせるはずだ)



 アルフレッドがふと隣を向くと、ミリエルが落ち込んでいることに気づく。



「ミリエル。何か思うことがあるのか?」

「……わたしは一生、自分が何者かわからないまま生きていくのかなって。今はお仕事も任されて幸せで、そんなこと知る必要がないのは、わかっているのですけど……」


「そんなことはない。自分が何者か知りたいというのは、全ての人間に共通する悩みだ。どんなに幸せだろうとも、考えてしまうことだ」

「アルフレッド様……」



「……前途多難ではあるが、獣人についての情報も探してみよう。王国内にはまだ調査が進んでいない土地が残っている。何ならシュターデン領でも、発掘調査の真っ最中だ」

「調査……あの、もしよろしければ行ってみたいです! 今のお話を直接伝えたいです……!」

「検討しておこう。だがミリエル、くれぐれも身体を労わるように。予定を入れすぎて倒れてしまったら、元も子もないからな」


「は、はい! それは……チカさんと一緒に頑張ります!」

「ふっふっふ。予定の管理はこのチカにお任せください!」

「頼もしいな。いつもミリエルの側にいてくれて、本当にありがとう」

「滅相もございません! こちらこそミリエル様に出会えたことに感謝しておりますよ!」

「えへへ……ありがとうございます、チカさん」



 感謝が溢れる幸せを堪能してから、フォルスは再び筆を手に取る。そしてイーゼル越しにまーちゃんに向き直るのだが。



「ん……? まーちゃん様、表情が不機嫌そうですよ! 先程のような偉そうな態度でお願いします!」

「にゃっ? にゃあ~~~」



 むっすりとしていたまーちゃんは、一旦身体を伸ばしてリラックスしてから、もう一度モデルに勤しむのだった。

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