第28話 狂犬王子は死ぬ気で生き残る
「それではアルフレッド様、いってらっしゃいませ。今日も生きて帰ってきてくださいね」
「ああ、行ってくる」
シュターデン領に新たなる収入減が齎されようとも、アルフレッドのするべきことは変わらない。依然として大荒野に巣食う魔物は襲撃を続けており、領内に侵入する者も絶えない。
彼は今日も魔物討伐に向かう。ミリエルに見送られ、大量のキャラメルを抱えながら冬空の下を歩く。
「……アルフレッド様がキャラメルを懐に詰めるのも、見慣れてきた光景ですね」
「そうか。確かに俺も一連の行為に慣れてきたところだ」
かごから鎧の懐にキャラメルを移し替えながら、アルフレッドは部下の騎士達と話す。
「いかがですか? 以前よりお酒やお煙草の量は減らせています?」
「最初が10だとすると……今は8ぐらいだろうか。善処しなければな」
「十分な進歩じゃないですか。その調子です」
「アルフレッド様は整った顔立ちをしていらっしゃいますから、やっぱり煙草で目が充血気味なのはもったいないですよ。私達からしても安心します」
「そんなことを思っていたのか……すまなかった」
「謝ることではないですよ。中毒性のあるもので気を紛らわせないとやっていけないお気持ち、僕らは十分に理解していますから……」
「はは……いい部下を持ったものだ。領主として、君達の働きに応えねばならないな」
剣を抜くと目付きが変わる。狙った獲物は逃さない、狂犬の眼差しだ。
「目標数は500体……速やかに終わらせるぞ」
「「「はっ!」」」
ここ最近のアルフレッドは、魔物を半殺しにするようにしている。心臓を貫き絶命させるのではなく、四肢を斬り落として行動不能にさせるのだ。
それは僅かばかりの願いを込めてのことだった。『生き残ってこの恐怖を伝え、襲撃するのをやめてほしい』と。
「ぐえ……くそー!! こんな目に遭うぐらいなら、いっそ殺せ……!!」
「それは無理な頼みだ……殺すことにはもう疲れたんだ」
魔物を殺し続けた結果、ついた別名が『狂犬』。そのように悪い噂を立てられることも、内心うんざりしていたのだ。
「ちくしょう……何だか他の連中もつえーし、狂犬に影響されてんのか……!?」
「強くなっているのか。ふむ……武具の質を上げるだけで、すぐに結果が出るとは」
バスティリアの鍛冶師の顔を思い浮かべながら、アルフレッドは周囲を見回す。その間にも当然魔物は襲いかかってくるが、片手間にいなしていく。
騎士達にも半殺しにしていることは伝えており、それに倣って不殺を試みる者もいる。だがあえて生かすという行為は加減が難しく、少しでも間違えたら死んでしまう。
アルフレッドはそれを悪いとは思っていない。むしろ不殺を易々と成し遂げる自分が狂っているだけなのだと断じている。そしてそれを強要している雰囲気になっていることを、申し訳なく感じていた。
「クルァーーー!!! 覚悟しろ狂犬ーーー!!!」
「……何っ!」
騎士達が手際よく対応しているので、今日は楽に終わりそうだと思った矢先――
アルフレッドの頭上から、大剣を掲げた魔物が襲ってくる。飛び上がって一刀両断しようとしていたのだが、彼はギリギリそれを避けた。
「新手の魔物……よくここまで気配を遮断して近付けたものだ」
「隠密性と移動速度はおれ達の取り柄なんでね! まさか褒められるたぁ思ってもなかったが!」
それは虎が二足歩行している魔物『タイガーマン』だったのが――
(っ……!? 俺は何を考えているんだ! 何故この魔物がミリエルに似ていると思った……!?)
邪念を消し去るように、アルフレッドはタイガーマンと距離を詰める。
その最中、周囲を観察する。他の騎士も突如現れたタイガーマンを相手に、苦戦を強いられているところだった。
「悪いがこれまでの恨み辛みがあるんでね。あんたの命、死ぬ気で頂戴するぜ!」
「死ぬ覚悟ならば俺にもある。貴様とは刺し違えてでも――」
「……」
先程ミリエルのことが脳裏に過ったからか、またしても彼女のことを考えてしまう。
いつもキャラメルを作り、無事を祈ってくれている。光魔法の訓練を頑張り、今日の成果を笑顔で報告してくれる。シュターデン領に少しでも恩返しがしたいと、絵のモデルになるのも頑張ってくれている。
ここで死んでしまったら、彼女の思いに背くことになる。何より、今後様々な経験をしてく彼女の笑顔を、この目で見れなくなってしまう。
「――訂正しよう。俺は貴様との戦いにおいて、死ぬ気で生き残る」
「ああん? 生き残るたぁ、随分と生っちょろい覚悟に変わったもんだなぁ!?」
「死ぬことより生きることの方が難しい。俺は何度も魔物達を半殺しにしてきたから、身をもって理解できるんだ」
「煽りやがってこの野郎!! 二度とそんな口叩けないようにしてやる!!」
そして日が暮れていき、今日も一日が終わる。
「ミリエル様、先程からずっとそわそわされていますね」
「チカさん、付き合ってもらってすみません……でもお部屋じゃ落ち着かなくて……」
「にゃあ~」
「そうだよまーちゃん、猫の直感みたいなもの。何だかアルフレッド様が大変な目に遭っている気がするんです……」
「あの方を大変な目に遭わせるだけの存在……とても強い魔物でしょうか」
「にゃっ! にゃにゃにゃっ!」
「あっ……! アルフレッド様! お帰りなさいませ!」
アルフレッドが城塞に入ってくると、すぐにミリエルは駆けつけて出迎えた。尻尾を大きく振り息を切らしている。
「……ミリエル。今日はお熱い出迎えだな」
「ううっ、すみません……アルフレッド様がもしかしたら、もしかしたらって考えてしまって……」
「そうだったのか。心配してくれたのか、ありがとう」
現在ミリエルは、アルフレッドの身体に思いっ切り抱き着いている。余程怖かったのか、彼女は離れようとしない。
アルフレッドはそれに観念することにして――ミリエルを抱きしめ返した。
「へっ? アルフレッド様……?」
「……もしも死んでしまっていたら、ミリエルをこうやって抱きしめることもできなかったのだな」
「……! アルフレッド様、死ぬって……」
「実際に死のうとしていたわけではない。死にそうな目には遭ったが……ミリエルに会いたい一心で生き延びてきたんだ」
「……わたしのことを思って……」
「ミリエル、君が良ければで大丈夫なのだが。毎日こうやって抱きしめさせてくれないか。君の温もりを感じていると、落ち着くんだ……」
アルフレッドは何度も瞬きをし、ミリエルの全てを感じていた。今いる場所が広間であり、メイドや騎士達に見られているという事実もお構いなしだ。
「は……はい! わたしでよければ、いくらでもぎゅーっとしてください……!」
「……ありがとう。いくらでもできるのなら、今後も必ず生き残らなければならないな」
心の安らぎを得たアルフレッドは、シュターデン領で過ごしてきた中で、最も穏やかな笑顔を浮かべるのだった。
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