第27話 幕間:王家は裏で糸を引いている

「……予算を回さなくても結構、だと!?」



 前回から数週間後に送られてきた、シュターデン領からの報告書。その内容には流石のマッカーソンも目を見張った。宰相と共に大声を上げて驚いている。



「今後数ヶ月分の収入見込……何を根拠にこんなものを……」

「う、嘘だということは……あのアルフレッドがここまでして見栄を張るものでしょうか!?」

「今すぐに調べさせろ! 絶対に何か裏で動いているはずだ!」



 大した収入も見込めずただ衰退していくだけの土地。そこに一体どのような金づるがあったのか、マッカーソンは想像もつかない。



「防衛費以外の全てを蹴ってくるとは、急に事態が動きすぎだ……! 予算の割合が減るのは困るのだよ!!」

「ですがマッカーソン様のお気持ちを、何も知らない者にお伝えするのは無理があります……ましてこの見込を見たら、多くの者が予算削減に了承するかと……!」

「ぐぬぬ……!」



 予算の使い方を命令する形で、マッカーソンはアルフレッドを支配してきた。彼が送ってきた手紙の内容は、その手綱を手放すことを要求しているようなものだ。


 そうなればアルフレッドを自然死に見せかけて始末するという、当初の目的達成が非常に厳しくなる。それだけならまだしも、彼が今後独自に資金を調達し、ガーディンとは違う国を建てることも不可能ではないのだ。



「……こうなったらますます連中には励んでもらわねばならん。シュターデン領が何か目論んでいるようなら、徹底的に妨害せねば」

「ちょうど今日は密会の日でしたね。あと2時間後になります」

「ああ……今から準備をしよう。身体がうずいて溜まらん」




 王都に張り巡らされている地下水道。これは東の大荒野に繋がっており、排水はここを通して外に排出している。


 逆に言うと地下水道の存在を知っていれば、ここを通って王都にこっそり侵入することも可能なのだ。




「おや……珍しい。マッカーソン殿が先に来られているとは」

「魔物風情が私の行いにケチをつけるのか? 付け上がったものだな、『ザシュー』よ」

「……」



 ザシューと呼ばれた男は、マンティコアと呼ばれる凶暴な魔物である。ライオンの身体をベースに、蠍の尻尾と蝙蝠の羽が生えており、その上魔法の扱いも心得ている実力者だ。


 魔物の間でも名の知られた戦士であり、大荒野に自分の領地を獲得している程。彼はマッカーソンとは『民を統べる者』として対等に、取引に応じている。



「定期的に話は聞いているよ。大荒野では人間相手に奮闘しているようではないか」

「誤解するな……話題に挙がっているのは、我の直属の部下ではない。魔王城より派遣されたとかと言い、大義名分をいいことに勝手に暴れ回っている、品のない連中だ」


「私からすると魔物は全部品がないように見えるがな」

「それが取引相手に言う台詞か? 貴様が大量の金を積み、我が領地に踏み入らないことを約束している故、素直に従っているのであってな。その気にあれば貴様を食い殺すことも可能だ」



 唸り声を上げ、牙を剥くザシュー。彼の後ろには、護衛の魔物タイガーマン達が待機しており、上司と同様に威嚇をしている。



「その言葉、そのまま返すとしよう。私がその気になれば、我が王国が誇る魔道兵器で、貴様の領地など殲滅できる。貴様が意地でも守りたい女子供ですら、跡形もなくなるだろうよ」

「……ゲスが。人間は魔物を狂暴と言うが、我々からすると人間の方が余程狂っている」



 マッカーソンの背後には、護衛の兵士が数人待機している。全員揃ってザシューを見つめ、クスクスと笑っていた。



「まあいい……それで、今後の方針はどうするのだ。取引通りシュターデン領への侵入は試みているが、まだ継続するのか?」

「当然だ。そしてその数を増やせ。シュターデン領を死の土地にするまで荒らし回るのだ」



 悪辣な笑みを浮かべるマッカーソン。大してザシューは、盛大な溜息をついた。



「……承諾する前に、貴様があの土地に執着する理由が聞きたい。こちらとて何の理由もなしに暴れられるわけではないのだ」


「あそこには派遣されてきた魔物も、我の配下も多数向かわせているが……最近口を揃えて二度と行きたくないと言っている」




 城塞を超えて魔物がシュターデン領に侵入しているのは、飛行系の魔物を利用しているからというのが一番の理由だが、それを黙認している王家の働きも大きい。


 シュターデン領を荒らしアルフレッドを疲弊させるために、マッカーソンは魔物と取引をし、わざと土地を襲わせていたのだ。




「口答えするのか? 貴様らは黙って私の命令を聞けばいいのだ」

「口答えではない、対等な取引に必要な情報を求めている。我々は取引の張本人だから納得できるものの、兵士はそうはいかないのだぞ。貴様も人の上に立つのならわかるはずだ」


「魔物のくせにまつりごとを理解したようなことを……シュターデン領が滅ぶことは、我々の益になる。それは人間にしか理解できんことであり、魔物には決してわからんことだ」

「……」



 もしかすると魔物に土地を襲わせているのは、政治とは関係のない理由なのかもしれない。ザシューはマッカーソンの態度から、そんなことを推測した。



「だがまあ、魔物達の士気が低いのは困ったことだな。もう少し取引額を引き上げるとしよう」

「話が通じたようで何より……なのだが。以前何度も値段を上げろと言っても拒んでいたのに、あっさりと来たな」

「少し金の目途がついてきてな……私の気分が向いていたのもある」



 浮いた防衛費でより凶悪な魔物達を雇い、シュターデン領を襲わせるのも悪くない。マッカーソンの思考はそちらに向かっていた。



「では次の定期連絡の時まで、何らかの成果を挙げることを期待している」

「渡された金額程度の働きはするとしよう。今後ともご贔屓に、だ」

「ふふふ……」




 交渉は成立した。密会はこれで終わり、マッカーソン達が去るのをザシュー達は静かに見届ける。




「……ザシュー将軍! おいらどんなに金を積まれてもシュターデンには行きたくねー!」

「そうでやんすよ! あそこ最近色んな所に結界が張られていて、しかも全然破れねえんでやんす!」



 マッカーソン達が完全に姿を消した後、タイガーマン達は次々とザシューに意見を申し立てる。人間への不平不満ばかりだった。



「それも伝えたかったが、向こうが早々に話を切り上げたい様子だったからな……あの有無を言わせぬ雰囲気、何度対峙しても慣れん」

「魔物は低俗って前提だからだめなんすよねー! 少なくともザシュー将軍にお仕えする魔物達は、そんなことは一切ありやせん!」

「ふっ……心が休まる言葉だ。そして身体も休ませねばならんな」



 ザシューは来た道を振り返り、そして歩いていく。大勢のタイガーマンに慕われながら、彼は一歩を踏みしめていった。



「帰ったらマタタビを吸わないとな。あれがないとやってられん」

「将軍に献上しようと思っていた、とっておきのがありますよ! 期待しててください!」

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