第26話 白猫令嬢は思わぬ利益を齎す

「アメリ先輩。何だか本館の方が騒がしいですね~」

「ちらっとバスティリア人が見えたけど、何をされているのかしら。ミリエル様の身に危険が迫っていなければいいのだけど」



 研究棟にはアメリを始めとした多数の魔術師が集って、今日も魔法の訓練や研究に励んでいる。彼女達にとっては魔法が全てなので、商売のことは関係ないと高を括っていたのである。



「……あれ。誰かが扉を叩いていますね」

「騎士かしら。私が行くわよ」



 アメリが扉を開けると、そこには褐色肌の女性が立っていた。



「あら……バスティリアの方ですか?」

「はいはい、どうもこんにちは! そうなんです、私はミリエル様に会いに来た観光客なんですけどぉ~……」



 女性は少し首を伸ばし、研究棟の中を観察する。そして興味深そうに頷いていた。



「お手洗いに行こうと思っていたのですが、どうやら迷ってしまったみたいで。そうしたらこんな所に辿り着いちゃいました!」

「ここはシュターデン領に所属する魔術師の研究棟でございます。貴女が見て楽しい物はございませんよ?」


「いいえ、それが逆なんです! 実は私祖国で魔術師やってまして、ここに置いてある物全てが興味深い! よければ見学していってもいいですか!?」

「ええ? それは……って、もう入っているじゃないですか」



 女性は首を伸ばしているうちに身体も動いてしまい、アメリを押し退け研究棟の中に入ってしまった。



「あら、こちらにあるのは狙撃魔術。でもこの内容だと、燃費が悪く魔力消費が激しいですね~!」

「一目で見抜かれるとは……! ですがシュターデン領の経費ではこれが限界なんです。もっとお金があれば、効率の良い術式を構築することができるのですが……」


「ところがですね、術式の配置順をちょっと工夫するだけで、これまでになかった威力と燃費を両立できるんです! これはバスティリアが発見して、まだ世にも出ていない新事実! よろしければお伝えいたしますよ!」

「……お気持ちは嬉しいのだけど。極秘事項を私達に教える理由が見当つかないわ」



「それはもちろん、お礼ですよ! 急に押しかけてしまったにも関わらず、私達を受け入れてくれたミリエル様! あのお方の寛大さに報いるためなら、この程度安いものですよ!」

「……!」



 瞬時にアメリは様々な憶測を繰り広げる。バスティリアと交流をしていけば、シュターデン領にも新たな魔法技術がもたらされるのではないかと。



「……わかりました、そこまで仰るのならよろしくお願いします。ですが一方的に与えられるのではなく……こちらも持ちうる限りの魔術をお伝えしますよ」

「ありがとうございます! シュターデン領の魔術が如何程のものか、とくと拝見させていただきますよ~!」





 ミリエルとの握手会が終わった後、バスティリアの観光客達は自由に行動し、城塞に留まる者と城下町に出ていく者に分かれていた。



「ふむ……もう少し温度を上げて打てば、よりいい鎧になるはずなのに。もったいないですなあ」

「そうしたいのは山々なんですけど、燃料の質がそこまで良くはないので、中々……」


「ならば私が一工夫お教えしますよ! こう見えてもバスティリアでは鍛冶屋をしておりましてね、任せてください!」

「よろしいのですか? ではぜひとも……!」



 アルフレッドとジャンは鍛冶の様子を見に行きたいという観光客に同行し、一部始終を見守っていた。



 鍛冶屋を名乗る観光客は、複数の騎士に見守られながら、鉄の温度の上げ方を教えていく。そこまで専門的知識がない二人でも、すんなりと頭に入ってくる内容であった。



「教えるのが上手ということは、技術がかなり習熟しているということだ。中々やるようだな」

「お褒め頂き光栄です! ミリエル様にお会いできたお礼です、一働きさせていただきますよ!」


「ミリエル様に会えたというだけで、ここまでの恩を返してくださるなんて。恐悦至極であります……」

「そんな、仰々しくしないでください。あっしがいい鎧の作り方を教えることで、ミリエル様の安全が守られる。この親切はこちらにも巡り回ってくるんですよ!」



「……その通りだな。ミリエル嬢が利益を齎した以上、必然的に敵は増える。俺を含めたシュターデン領の全てを懸してでも、彼女を守り抜かないと」



 単なる利益の追求だけでなく、そこには愛がある。アルフレッドは婚約者としての感情も自覚しながら新たに決意を固めるのであった。




 説明も一段落した所で、ミリエルとチカとスコルが姿を見せる。



「アルフレッド様、それから他の方もいらっしゃるのですね。キャラメルができあがりましたので、どうぞ食べていってください!」

「ミリエル嬢……チカと一緒にいなくなったと思ったら、キャラメルを作っていたのか」

「せっかくだからとミリエル様がご提案してくださいまして。ちょっぴりお急ぎで作ってきました!」



 アルフレッドに声をかけられて、満面の笑みを浮かべるミリエル。その手にはいつものかごが握られており、キャラメルが山程入っているのもお馴染みだ。



「んんっミリエル様の愛情100パーセントキャラメルッ!! いただかせていただきますッ!!」

「スコル殿、ミリエル嬢はキャラメル作りが得意なのだ。感動しただろう」


「そうですね、一流の職人にも引けを取らない完成度でした。そもそもどのような味であっても、ミリエル様が作ったと言えばそれはもう莫大な付加価値が……」

「スコルさん、その話はもうおしまいって言ったじゃないですかっ」



 ミリエルがスコルの熱弁を遮る。少し口角を吊り上げていた。



「おっとそうでした! 実は先程、ミリエル様のキャラメルを商品にすることを提案したのですが、却下されたのですよ」

「そうなのか。何か理由があるのか?」

「えっと……わたしのこだわりなんですけど。キャラメルはわたしの大切なものだから、大切な人達だけに食べてほしいなって……」



 ミリエルは、騎士や観光客達が、キャラメルに舌鼓を打つ様を見つめながら答える。



「大勢の人に食べてもらう勇気が出ないというか……絵だと獣人という明確な特徴がありますけど、キャラメルには関係ないじゃないですか」

「成程、確かに商品になってしまうと批判は避けられないからな。いい判断だ」


「ありがとうございます。そしてスコルさんも、わたしの気持ちを汲んでくれて本当に感謝しています」

「もしよろしければ、程度の提案でしたからね。無理なら大丈夫ですよ!」

「はは……スコル殿はいい商人だな。これからも贔屓にしていこう」

「ええ、こちらこそ! シュターデンとはいい商売ができそうです! 今後ともよろしくお願いしますよ!」



 アルフレッドとスコルが握手をする様を、ミリエルは微笑みながら見つめる。この光景を齎したのは他でもない自分だという実感を噛みしめながら。

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