第25話 白猫令嬢は利益を齎す
さらに数日経ち、スコルは再びシュターデン領を訪れていた。金貨がはち切れんばかりに入った麻袋を大量に携えて。
「――申し訳ないがこの額は受け取れない」
「いいえ、これら全部シュターデン領の利益です。そのような取り決めだったでしょう」
「何か不正でもしているのではないかと疑われてしまう……あまりにも多すぎる」
「不正は一切しておりませんよ。こちら証拠の明細書となっております」
スコルが差し出した書類を、アルフレッドはじっくりと読み込む。
「純利益5000万……だと?」
「そこから諸費用や我々の取り分を差し引いて、それでも3000万程度が皆様の取り分となります」
「チカさん、純利益とは」
「単純に物が売れたことで稼いだ額ですね。ミリエル様の絵は一枚5万で売られていました」
「じゃあ5000万となると……1000枚も売れたってことですか!?」
「左様にございます! それだけの数のバスティリア人が、ミリエル様を求めているのです!!」
「はう~……!」
ミリエルはテーブルに置かれた麻袋の山を改めて見つめる。これらを置いた時、重い音が響いて壊れそうになったほどだ。
それだけの額を稼いだという実感がすぐに沸いてこない。シュターデン領に来てから、自分には価値があると周囲から言われてきたが、それを実物で提示されたような感覚である。
「しかもこれでいて序の口ですからね! 今後は絵画のみならず、より庶民でも購入しやすいタペストリーなどへの加工品を検討しております! 何よりミリエル様が今後もモデルになってくだされば、更なる増収が見込まれますよ!」
「も、もっとお金が手に入るってことですか……!? わたしの頑張り次第で……!」
「目が輝いておられますね、ミリエル様。チカもただいま物凄くわくわくしておりますよ!」
「で、でもちょっと罪悪感があります。お金に目がない悪い人みたい……」
「そもそもミリエル嬢は、メイド達が給金を削っているという現実に耐えられなかったのだろう。現状を変えようと動いた結果の報酬と思い、胸を張って受け入れるといい」
「アルフレッド様……!」
婚約者にも励まされ、ようやく自信として受け入れるミリエルであった。
「しかし恐ろしいな、バスティリア人の金銭感覚。それから猫好きぶりも」
「好きな物には金を惜しまない! それがバスティリア人のスタンダードですので! どうです、新鮮でしょう!?」
「目新しすぎて立ち眩みがしそうだが……悪くないな。これで3000万か……」
流石のアルフレッドも領主らしい目つきとなり、今後の予算についてあれこれ思考を巡らせていく。
その最中、ジャンが扉を開けて慌ただしく入ってきた。
「失礼いたします! アルフレッド様、城塞の外に50名程のバスティリア人が詰めかけております!」
「バスティリア人だと?」
「え゛っ」
アルフレッドが驚くと同時に、スコルの顔から血の気が引く。
「言い分を聞いてみれば、ミリエル様に会わせろと仰っていまして……」
「嘘でしょ……! いくら何でも、流石にこんな奇行に及ぶとは想定外ですよ!?」
「スコル殿の後を追ってきたのだろうか……だがどうでもいいことだ。俺が直々に追い返そう」
「いいえアルフレッド様、ここはわたしに任せてください!」
アルフレッドの目付きが鋭くなり、狂気を宿したまま剣を構え、部屋を出ていこうとする。それより早くミリエルは歩き出し、城塞正門へと向かっていった。
「ミリエル嬢!? 待て、君が行く必要は……!」
「な、何という早さ! さてはこれが噂の光魔法ですな!?」
「足を強化していると見た……くっ、毎日見違えるような速度で上達しているな!」
数分も経たないうちに、ミリエルは息を切らしながら、城塞の正門に到着する。
「み、皆様! わたしがミリエルです!」
「うおー!! 本物のミリエル様だー!!」
「絵で見るよりお美しいー!!」
柵を挟んでいると言え、大勢の視線を受けて一瞬息が詰まるミリエル。しかし彼女は呼吸を整えながらも伝えた。
「わ……わたしの絵は一枚5万ゴールドです! それほどの価値がある絵のモデルを、無料で見られるなんて思っていませんよね!?」
「それはその通りであります! ミリエル様がこの世界に存在していることに感謝し、何か貢がせてほしいぐらいであります~!!」
「それなら話は早いです! わたしを見た以上は、お金を払ってください!」
それから三十分後。
「さあ皆様!! こちらにいらっしゃいますは、聖獣『猫』の姿を宿した麗しきミリエル様!! 今ならたったの5000ゴールドでミリエル様と握手ができちゃいますよー!!」
「うるせえスコル!! 何商売道具みたいにミリエル様を扱ってんじゃ!!」
「ぎゃあ殴るな!! ちょっと酷い言い様じゃないか、私が皆様とミリエル様を引き合わせたようなものなのに!!」
「皆様、ケンカはなさらないでください。わたしのために争わないで……」
「「ミリエル様が仰るならば!!」」
一連の流れをスコルに話した所、彼は颯爽と準備をしてくれた。応接室を一つ貸し切り、そのまま『握手会』なる催しが決行された。
内容は至って単純、やってきたバスティリア人が一人ずつミリエルと握手するだけ。
「著名な方と握手するのにお金を躊躇なく出すのですね……」
「逆に考えてごらん? 金で解決するなら安いもんよ!」
「そう簡単に割り切れるものではないと思うのですが」
「でもジャン君、ミリエル様の心理的負担を考慮すれば、5000ゴールドは妥当だと思いますね!」
「わ、わたしも5000ゴールドに見合う握手ができるように、頑張ります」
相手の手を両手でしっかり包み、暖かさを送り込むのをイメージする。来てくれたことへの感謝も込めて、ミリエルは丁寧に対応した。
「うひょーミリエル様の手の感覚最高ー! 俺、一生手洗わねえ!」
「洗え。ミリエルと接した君が汚いままでは、彼女にまで移る」
「すみませんでした」
「み、ミリエル様……! よければ貴女と出会えたこの喜びを、手の甲に口付けという形で表現しても……!」
「断頭台に送られたいのか?」
「失礼な行いをしてしまい申し訳ありませんでした」
時々不埒な行為に走ろうとする者もいたが、アルフレッドが事前に防ぐ。威圧するような態度と口調だったが、案外素直に指示を聞いてくれた。
「全く……金を落としてくれるのは有難いことだが、変な輩がいるのは困り物だな」
「アルフレッド様がわたしの婚約者だってことをアピールすれば、減っていくと思いますよ」
「む……」
ある程度人が片付いてきた所で、急にミリエルは立ち上がる。
そしてアルフレッドの右腕を、身体全体を使ってぎゅっと包み込んだ。
「こんな感じで……いいですか?」
「……ああ、君が納得するならこれで……」
居合わせたバスティリア人達も驚いていたが、一番衝撃だったのは他ならぬアルフレッドだった。
ミリエルとの距離をどのように縮めるか悩んでいたが、彼女の方から詰めてくるとは思ってもいなかったのである。
「諸君……私の婚約者に手を出すようなら、一切容赦しないからな」
「それはそれはもちろんですともッ!!」
あくまでも婚約者であることをアピールする行為だと言い聞かせ、理性を働かせるアルフレッド。だが彼女の手の感覚はとても心地良い。彼は女性と一緒にいることによる幸せを、久しぶりに感じるのだった。
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