第23話 白猫令嬢覚悟の交渉

 挨拶の後は特に変わった様子はなく、淡々と話は進んでいった。ミリエルは尻尾をぴんと立てながら、アルフレッドとスコルの会話に耳を傾けていた。




「確認したい物はあるだろうか。今ここに運ばせるぞ」

「ふむ……それについては大丈夫ですね」



 スコルは商品リストから顔を上げつつ、素っ気なく答えた。



「今の発言は、貴君のお気に召す物がなかったと解釈していいだろうか?」

「ああ、誤解を招く表現をしてしまい申し訳ありません。シュターデン領そのものの情報が少なすぎて、正確な判断をしかねる状況なのです」



「……今後の参考にしたい。率直に思ったことを教えてくれないだろうか」

「そうですね……ここに並んでいる商品は、言ってしまえばバスティリアに既に存在している物。つまり競合相手がいるということになります」


「市場が大体完成されていると解釈できるな。そこに参入するのはかなりの労力が必要だ」

「仰る通りです。市場を拡大していくには、目新しさが必要不可欠です。今の商品説明だと、それが感じられない……というのが印象でした」

「……」



 アルフレッドは黙り込み、言葉を慎重に選んでいく。一方ミリエルは会話がしぼんでいく雰囲気を察して、冷や汗をかいていた。



「ですが先程も申し上げた通り、シュターデン領の情報はあまりにも少ない。これから数日かけて見て回るつもりなのですが、私の知らない何かが発見される可能性もあります」

「……その前に魔物に襲われる危険性の方が高いだろうな」


「ああ、確かに大荒野に面しておりますからね……やっぱり日々悩まされているのですか?」

「最近は領内に侵入されることも増えてきている。だが町に入ってしまえば、一切襲われることはない」

「おや、強気に出ましたね。防衛設備……兵器が配備されている様子はなかったので、結界魔法でしょうか。それに余程の自信があるのです?」



 一瞬で本質を見抜いたスコル。アルフレッドはそのまま会話を続けようとしたのだが――



「はい、その通りです。結界魔法はわたしが作っています」

「っ!? ミリエル嬢……!」

「なんとミリエル様が? 詳しくお話を聞かせていただいても?」



(え? 魔法が使えるって? 獣人って魔法が使えないとか言われてるよな……いやでも猫に不可能はないか!!)




 完全にスコルの興味が惹かれたのを受けて、アルフレッドは様子を見守りつつ、ミリエルに語らせることにした。



 心を見抜かれるような鋭い視線を受け、ミリエルは一瞬すくんでしまう。だがここで話を終わらせてしまったら、何も変えられないと覚悟を決めた。



「わ、わたしは……他の人より強力な魔法を使うことができます。それが獣人だからかどうかはわかりませんけど」

「強力な魔法ですか。獣人云々は置いておいて、ミリエル様はその魔法をどんな風にお金に変えることができると思います?」


「えっと……結界魔法を作って売り出します。魔物対策としての結界魔法は重宝されているので、かなりの額で売れると思います」

「そうですね、先程結界魔法の話が出ていましたからね。では売り出すに当たって、ミリエル様はその結界魔法に、どのような目新しさを感じています?」



「目新しさ……」

「残酷なものですが、『他より強力』の一点だけではあまり売り文句にはならないのですよ。相手もそのように謳っていますからね。しかし強力である理由を説明できれば、大きな武器になる。よろしければこの場で教えていただくことは可能でしょうか?」




(ミリエル様すまない、本当にすまない……悲しいけどこれは商売なんだ……魔法を売りに出しちゃう以上、どうしても現実見ないといけないんだ……ッ!!!)


(ていうか、アルフレッド様からの視線が鋭い!! まあ婚約者にこんな詰め寄り方したら、嫌われるのも当然か……こりゃ生きて帰れる可能性も薄くなったな)



 アルフレッドの様子も気にかけながら、スコルはミリエルの言葉を待つ――




「……光魔法です。わたしが使える魔法は、光魔法なんです」

「ミリエル……」



 ミリエルは意を決して話し、アルフレッドは苦々しくそれを受け入れる。当然スコルは目を丸くした。



「光魔法……ですか」

「スコル殿、このことは他言無用で頼みたい。そしてそれを貫く以上、商品にもできない」

「アルフレッド様、どうして……?」



 意を決して持ちかけた提案を却下され、ミリエルは衝撃を受ける。



「ミリエル嬢が光魔法を使えるということは、公表しない方向で行きたいと思っている。下手に情報が知られたら、君の身に危険が及ぶ可能性がある」

「そんなことは……」

「獣人であることを理由に、俺から君を取り上げることだって不可能ではないんだ。他の貴族から刃を向けられた際に、君を守れるだけの力を、シュターデン領は持ち合わせていない」



 アルフレッドが大切に思ってくれていることが、存分に伝わってくる。だからこそミリエルは引くわけにはいかなかった。



「で、でもっ。守りに入っていてばかりでは、何も変えられません。身を削って自滅してしまうだけです。現に皆さんお給金を少しずつ出して、ご飯を作っているじゃないですか!」

「……どこでそのことを」


「……ごめんなさい。アルフレッド様がお話しているの、こっそり聞いていました……」

「……君はこれまで酷い差別を受けてきた身だ。一方で我々はそんなものとは無縁な人生を送ってきた。だからこれ以上我慢する必要はないし、させるつもりもない」

「でも……! だからと言って、皆様が苦しむのを黙って見ていられません……!」




「失礼いたします。ミリエル様がいかにシュターデン領を心配なされているか、その思いはよく伝わりました」



 険悪な雰囲気を遮るように、スコルは強引に割り込んだ。そして眼鏡の中央を指で押し上げる。



「要はお金を手に入れたいと、そういうことでしょう。ならば魔法に頼らなくても、とっておきの方法があります」



「ですがそのためには、ミリエル様にご協力していただかなければなりません。魔法を生み出すより疲労を伴うでしょう」

「何だと……」

「ご安心ください、アルフレッド様。今その内容を説明いたしますから」




 それからミリエルとアルフレッドはその方法を聞く。話が終わる頃には、二人揃って目を丸くしていた。




「内容だけ聞くと単純に思えるが……その程度で本当にいいのか?」

「いいんです、だってバスティリア人相手ですから。ですが再三申し上げている通り、ミリエル様には負担を強いることになります」


「王国の人だけでも精一杯なのに、バスティリアの人まで……」

「こちらでも最大限の配慮はいたしますが、どうしようもない時があることをご了承いただければと……」

「大丈夫です。これぐらいしないと、何も変えられませんから。それに配慮してくださるのなら、きっとやり遂げられると思います」



 ミリエルはアルフレッドに視線を送り、絶対にこの意見は曲げないという意思を伝えてみせた。それを受けて彼は頷く。



「……ミリエル嬢が構わないのなら、俺は許可を出そう。だが彼女を傷つける可能性があることに関しては、こちらからも進言させてもらうぞ」

「それは承知の上ですよ。ですがこちらにも超えられない一線があることをご容赦いただきたい。それを超えてしまったら商売になりませんからね」


「一線と言われても、この内容は前代未聞だからな。何がどう受け入れられるかも検討がつかん。あと急に楽しそうになったな、スコル殿」

「え? そんなことはありませんよ? ミリエル様の可愛らしさを広められることが嬉しいなんて、ちっとも思っていませんからね?」

「はあ……」



 ミリエルは呆然としつつも、自分の猫耳を触る。スコルが言うには、この耳や尻尾を持つ自分だからこそできる商売なのだそうで。



「それでは早速手配をして参りますね。詳細が決まりましたらお知らせいたします」

「頼んだぞ……色々とな。ミリエル嬢を差別しないと言った君を、信用させてもらうぞ」

「全力でそのご期待に応えましょう。では!」



(やったッ!! 男スコルやってやったぜッ!! これでバスティリア人の生活に潤いが齎されるってもんだッ!! ひゃっほーう!!)



 スコルは内心上機嫌になりながら、部屋を後にするのだった。

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