第22話 白猫令嬢と猫好き商人

 シーニャと別れた後も書類の整理を進めるアルフレッド。そこにジャンが入ってきた。



「失礼いたします、アルフレッド様。貴方様に面会を求める方がお見えになりました」

「面会? 王国の使者だろうか。訪問するという連絡は受けていないが」


「いえ、その方は褐色の肌をしておりました。加えてご用件をお聞きしたら、今後商売をするにあたって、領主にご挨拶をしておきたいとのことです」

「……ふむ、バスティリアの商人か」



 アルフレッドもその国の名は知っている。近年類まれなる商才で発展を続けている、南方の大国家であった。




「初めてですよね、シュターデン領にバスティリア商人が訪問してくるの」

「先代含め一度たりともなかった。ただでさえ魔物との戦闘が激しいと言われているのに加え、『狂犬王子』が治めているからな」


「何も事情を知らない者からすると、火中の木の実を拾いにいくような感覚ですよね。裏があるのでしょうか……」

「確かめてみないことには何もわからない。時間に余裕があることだし、今すぐ会うことにしよう。貴重な商談の機会を逃すわけにはいかん」

「かしこましました。我々に取り計らってくれることを願いましょう」


「それと、先にミリエル嬢に声をかけてくる。客人には待ってもらうように伝えてくれ」

「承知いたしました」





 そういうわけでアルフレッドはミリエルの部屋を訪ねていた。



「商人さんにご挨拶を……」

「領主の隣に立ち挨拶をするのも、妻になる者の務めだ。ミリエル嬢も一つずつ覚えていかないとな」

「うう……緊張しますけど、通らないといけない道ですよね」



 ミリエルとアルフレッドが話をしている隣で、チカは颯爽とドレスの準備を始めている。



「その方って獣人差別をしない方なんですよね? ミリエル様が不快な思いをなさらないかどうか、私心配です!」

「相手は少なくとも、ガーディン王国民ではない。だから酷い差別はないと思うが……バスティリア人がそれをする可能性もある」


「アルフレッド様は、バスティリアの方に会ったことはないのですか?」

「面会したこと自体は何度かある。だが彼らは素性を語らないんだ。バスティリアは信頼できる取引相手という印象はあれど、人柄については殆ど知られていない」



 キャラメルをこまめにつまみながら、三人は会話を続ける。とろける甘味が緊張に作用し、安心感を与えてくれた。




「アルフレッド様ですら知らない方とは……かく言う私も全く知らないんですよね、バスティリア。太陽が眩しいということぐらいしか……」

「シュターデンは特別扱いを受けているからな。バスティリアの商人は揃って優秀だ。そういう人材は悉く王都を中心に活動し、王侯貴族も活動を制限する」

「嫌な特別扱いですね……魔物と接敵する可能性を恐れて、シュターデンには行かないし回さないってことですか? うーん……」

「そのような状況なのに、わざわざ来てくれたんですよね」



 ミリエルは、もしかしたらその商人は悪い人ではないかもしれないと、直感を働かせる。



「お話を聞いてみる価値はあると思います。近づいてみて真実を確かめてみれば、わかり合えることもありますから」

「ミリエル嬢が言うと説得力が違うな」

「ありがとうございます……えへへ」



 アルフレッドに褒められて、笑顔を見せるミリエル。猫耳と尻尾を動かし、その説得力をアピールするのだった。



「安心してくれ。ミリエル嬢を少しでも侮辱するような態度が見られたら、即刻追い出す。たとえ有能であったとしても、君を傷つける者とは会話もしたくないからな」

「お気遣いありがとうございます。でも優しくお願いしますね?」

「それは相手の言動次第だな。だがミリエル嬢が言うのなら務めよう」


「ミリエル様、お着替えの準備ができました。早速行っていきましょう」

「ありがとうございます、チカさん。ではアルフレッド様、わたしはここで……」

「ああ、ゆっくり着替えてきてくれ」





「……へくしゅん!! うう、寒い……」



 応接室に通された商人スコルは、城塞の様子をくまなく観察しながら、紅茶片手に思考を巡らせていた。



(貴族の屋敷はどこも魔道具が点いていて暖かかったが……ここはそうじゃないんだな。城塞だからか?)


(いやでも、全体的に調度品が少なかったんだよな。壁も石肌が露出しているのが多かったし、生活拠点を飾る余裕がない。すると、魔道具に回す金がないのかも)


(だとするとここは貧乏領ってことか? 何だか骨折り損の臭いがぷんぷんしてきたが……まだ掘り出し物が眠っている可能性に賭けるぞ)




「失礼いたします、スコル殿。領主アルフレッド様と、その婚約者ミリエル様がお話を伺いたいとのことです」

「……承知いたしました。お通ししてくださって大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。では……」



 スコルは使用人からの声に返事をした後、再び考え込む。



(今すぐに話をすると来たか。考えられる可能性は……貧乏すぎて領主が暇なのか、偶然にも城塞にいたのか、俺がバスティリア商人だと気づいて予定を巻いたか)


(まあ三番目が一番妥当か……まさか一番目ってことはないだろう。その辺は領主様の人となりを見ればわかるか)


(だがそこは『狂犬王子』。一体どんなのが飛び出してくるか……蛇じゃないことを祈るばかりだ)



 スコルがあれこれ考えていると、再び使用人の声が聞こえてきた。領主を連れてきたとのこと。



(よし、やってきたか。さあてお手並み拝見――)




(――ッ!?!?)



 スコルは衝撃を受けた。理由は領主アルフレッドが、『狂犬王子』とは名ばかりの誠実そうな青年だったから――というのが表向きの理由。


 真の理由は彼の隣にいた女性、ミリエルである。どこかあどけなさが残る顔つきはともかく、一番魅力的だと感じていたのは、白い猫耳と尻尾であった。



(ね、猫……!! それもこんな可愛らしいお嬢様に、猫要素がプラスされているだと……ッ!?)



 人生で一番の衝撃を受けたスコルだったが、彼は一流の商人である。そんな感情はおくびにも出さず、立ち上がり二人に挨拶をした。




「……突然の訪問にも関わらずお会いしてくださったこと、誠に幸甚でございます」

「礼を述べるのはこちらの方だ。シュターデン領に来てくれたこと、感謝する」



 やり取りを終えた後、スコルが先に頭を下げる。



「私はスコルと申します。バスティリアよりやって参りました。一端の商人をやらせていただいております。以後お見知り置きを……」



 スコルの後に続き、アルフレッドも頭を下げて挨拶をした。



「私はアルフレッド・ガーディン。ガーディン王国第一王子だ。現在は国王陛下の名代として、シュターデン領を統治している」

「第一王子……まだお若いのに大したものです。そして、そちらの方は?」


「は……はい。ミリエルと申します。シュターデン領主アルフレッド様の婚約者です」

「なるほど、婚約者でありましたか。とても美しい方を頂いたのですな」

「う、美しいなんてそんな……」



(いや立場上謙遜しないといけないのはわかっているけどめっちゃ美しいですわぞミリエル様!!)




 叶うものならば、スコルはずっとミリエルを見つめていたかった。だがアルフレッドから誤解されると思い、彼に視線を逸らす。


 そんなアルフレッドは、お互いに座った直後、質問を投げかけた。



「早速だが聞いておきたいことがある。見ての通り、私の婚約者は獣人だ。君は獣人に対して差別意識があるのだろうか?」

「一切ありません。大神フェレンゲルに誓いましょう」

「え……え?」



 堂々とした即答に一番戸惑ったのはミリエルであった。



「あ、あの……答えられたらで大丈夫なのですけど。一体どういう理由で差別をしないのでしょうか?」

「それは……そうですね。我々もいわれのない偏見を受けたことがあるからです。『獣に触れすぎたから肌が黒くなってしまった』と」

「そんなことを……」


「逆に言ってしまうと、バスティリアの民は獣に触れる機会が多いということだろう。よって獣人に対する偏見もないと」

「左様でございます。ご理解いただけたでしょうか、ミリエル様」

「……はい、大丈夫です。納得できました」

「ありがとうございます」



(あーっ猫耳と尻尾がぴくぴく動いているッ!! 安心していらっしゃるんですね!! まあシュターデン領を訪れたバスティリア人なんて、俺以外にいないからね――!!)




 シュターデン領には白猫の令嬢がいる。この報告だけでも、商人仲間は喜んでくれるだろうと感じていたスコルであった。

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