第15話 白猫令嬢の結界魔法
ミリエル達を乗せた馬車は2時間ほど進んでいき、何事もなく牧場に到着する。
天気は冬にしては珍しい晴れ模様。牛や羊がのんびりと空を仰いでいる姿が目に入る。
「やっと見えてきたな。ここはシュターデン領内において、最も大きい牧場となっているんだ」
「色んな動物さんがいますね。それから、とっても穏やかな表情をしています」
ミリエルは窓を開け、新鮮な空気を少し吸い込んだ。そして少しの間、アルフレッドと共に牧場を眺める。
「きっと色んな人から優しくされているんですね。わたしがアルフレッド様にされているみたいに」
「む……俺はミリエル嬢からすると、優しいのか」
「アルフレッド様はとっても優しいお方です。今わたしの隣にいることが、何よりの証明です」
「そうか……そうか。ふふっ」
「ミリエル様、なんて素敵なことを……聞いているこちらも感動いたしました」
「チカさん、ありがとうございます……えへへ」
「アルフレッド様も、最近は自然な笑顔が増えてきましたよ。ミリエル様といる時間を、心から楽しまれているようです」
「君までそのようなことを……自分では全くわからないのだがな」
チカとジャンも会話に混ざり、穏やかな時間は過ぎていく。
馬車が停泊する場所には、牧場主の男性が待機していた。馬車が停まり降りてきたミリエル達に、すかさず声をかけてくる。
「いやあお待ちしておりました。お初にお目にかかります、ミリエル様」
「は、はいっ。アルフレッド様と婚約させていただきました、ミリエルと申します……」
挨拶をした直後に、婚約した後に平民と会うのはこれが初めてだと気づくミリエル。普段以上に背筋を伸ばして話を聞く。
「事前に説明していた通り、彼女は獣人だ。だが普通の人間と同じように接してほしい」
「はい、それは承知しておりますよ。私は普段から動物のお世話をしていますからね。獣人に対する抵抗感はそんなにないんです」
「そ、そういうものなのですか……?」
ミリエルは、しっかりとした理屈を持って獣人差別をしない人間には、初めて会った。少し考えれば納得できそうな考え方だが、珍しいことには変わりない。
「そういうものなんです。王都の人に話すと、かなり気味悪がられるんですけどね。では、早速見学して参りますか?」
「よろしく頼む。ミリエル嬢、まずは放牧地から見ていくぞ」
「動物さんに近づくんですね。ふー……何だか緊張します」
ミリエル達は放牧地内に入る。動物達は変わらずのんびりとしており、むしろ人間の方が緊張しているまであった。
「う、牛……これが本物の牛……」
「チカさんは牛も初めて見るのですか? わたしもですけど……」
「牛はずっと空想上の存在でした……それが今現実に……」
「獣は獣でも、人によって有用な家畜は、申請の上保持が許可されている……でしたか」
「その通りです、執事さん。いやあ厄介な決まりですよね、王国の獣嫌いも」
獣は嫌いだが、肉や牛乳に対する欲求は抑えられなかった模様。その結果、王都から離れた辺境では、徹底的な管理の上牧場が展開されているのだった。
そうして管理されている貴重な牛を、ミリエル達は隅々まで観察する。
「牛さんの目ってとっても綺麗ですね……純粋な感じがします」
「心が美しいと、誰でもこんな目をするものです。ミリエル様もこの子達に並ぶ、美しい目をしておりますよ」
「えっ、わたしがですか……?」
「そうだな、ミリエル嬢の瞳は綺麗だ。とても優しい心を持っているのだから、当然だな」
「アルフレッド様までそんなこと……!」
「はっはっは。すかさず入り込んできましたな」
「それは気のせいだ」
ふと別の牛も眺めてみると、ちょうど牛乳を搾られている姿が目に入る。
「わあ、ちょっと可愛いかも。牛って搾られている時、あんなに気持ちよさそうな表情をするんですね」
「人間で言うと、肩を揉んでもらうのに似ていますかな。張りが取れて気持ちいいんです」
「そうなんですね……! てっきり人間が牛を痛めつけて、文字通り搾取しているものだと!」
「知らなかったとはいえ、先入観が過ぎるぞチカ。まあ人間は何かにつけて上に立ちたがるからな……特にこの王国においては」
「支配するされるじゃあ、長続きはしませんよ。お互いにとって利がある、対等な関係が一番いいんです」
「考えさせられますね……」
ジャンがしていた話を小耳に挟み、ミリエルやアルフレッドも会話に混ざる。
「牛は普通に過ごしているだけなのにな。彼らの姿を見ていると、原点に還ったような気分になるよ」
「そうですね、いいお勉強になりました。牛乳やバターを買っておしまいと思っていましたが、思わぬ所で収穫です」
「ふむ、では牛乳の話も出てきたところで。次は牛乳の加工所に行ってみましょうか」
「加工ですか? 一体どのような――」
気を取り直して次に向かおうとするミリエルの言葉を、大声が遮る。
「おやっさーん!! おやっさん!! 大変ですー!!」
「何だ、急に叫ぶんじゃない! 今はアルフレッド様がいらしているのだぞ!」
「すみません!! でもそれどころじゃなくて――こちらに魔物の群れが向かってきているんです!!」
「何だって!?」
嫌な予感を察知したミリエル達は、牧場主と一緒に放牧地の柵近くまで移動する。そして視界に広がる荒野を眺めた。
荒野の先には、何者かの影が迫ってきている。報告にあった魔物だろう。
「距離は大体1キロ先と見た。数分後にはもう接敵するだろうな」
「流石アルフレッド様……! あいつら牧場の牛達に執着してまして、定期的にやってくるんですよ!」
徐々に魔物の姿が見えてくる。その特徴を簡潔に説明すると、二本足で立っている牛であった。
「ミノタウロスか。奴らにも同族意識があるのか……どうでもいいが。とにかく、俺にかかればこの程度造作もない」
「なんと頼もしい。逆に襲撃してきたのが今日でよかったかも――」
「……待ってください。アルフレッド様、ここはわたしに任せてくれませんか」
ミリエルは剣を構えたアルフレッドに声をかける。そして彼の言葉も待たず、チカと共に歩き出した。
「任せるとは一体……待て、まだ話は終わっていないぞ!」
「大丈夫です。危ないと思った時には、チカさんが逃がしてくれます」
「はい! 魔道具を使って瞬間移動してきます! そうなったらアルフレッド様、後はお願いしますね!」
「何故彼女はここにきて……いや、強硬するということは、策があるということか……?」
「そういうことでしょうね。アルフレッド様、しばらく様子を見てみましょう」
「……」
ミリエルはアルフレッドの傍を離れたが、それも10歩先に歩いた程度。牧場と荒野を隔てる、柵のギリギリにまで近寄る。
「げははははは!! 人間の女か!! だが馬はここの牛共を出せぇ!!」
「俺達ミノタウロスがてめえらの腐った性根叩き直してやっからよぉ~!! 感謝しやがれってんだ!!」
高圧的な叫び声が聞こえてくるが、ミリエルは深呼吸して心を落ち着かせる。
「どうか惑わされませんように。アメリさんとの訓練通りに行けば、必ずできます。あと失敗してもアルフレッド様がどうにかしてくれます」
「はい……失敗しても、アルフレッド様が……」
そうして自分を安心させるも、失敗したくないという思いは強かったミリエル。
アルフレッドが魔物と戦うことになったら、命を削るようなことになるかもしれない。誰かが危険になれば、容赦なく自分の身を差し出すことは予想できる。
数日前、それは嫌だと伝えたばかりだ。そうならないためには、自分が動くしかない。ミリエルはそう考えていた。
「――悪い魔物さんはあっちに行ってください! 結界魔法!」
両手を目の前に広げ、そこから魔力を迸らせるミリエル。
それは柵に沿って広がっていき、一枚の巨大な壁を形成した後、空気に溶けて消えていった。
「んあ? 何かしたのかあの人間?」
「結界魔法ってやつだろ? 残念だったなあ、こっちは手の内は読めてんのよ!!」
「力でごり押してやれば壊れるって、学習したからなぁー!! これがてめえらの運の尽き――」
「「「――ぎゃあああああああああっ!!!」」」
展開された壁――光魔法の結界に触れたミノタウロス達は、全員揃って絶叫を上げその場に倒れ伏す。牧場へ魔物が侵入するのを、ミリエルの魔法が防いだのだ。
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