第16話 白猫令嬢は一仕事する
「これは……光魔法か! こんなにも上手に操れるとは……!」
「お見事であります、ミリエル様……!」
アルフレッドとジャンは、ミノタウロス達が動かなくなったのを見るとすぐに、ミリエルとチカの下に駆けつける。
魔法を使ったミリエルは、疲れが一気に押し寄せてしまい、そのまま地面に座り込んでしまった。やってきたアルフレッドを見上げながら、へろへろの声色で報告する。
「あ、アルフレッド様……わたし、やりました。上手に光魔法を使えました……」
「ああ、しっかり見ていたぞ。魔物が近くまで迫ってきていて、恐怖もあっただろうに。本当によくやってくれた……」
「わわっ……?」
アルフレッドも腰を屈め、ミリエルの視線に合わせる。そして頭を撫でるのだった。
思いっ切り抱きしめられているような優しさが、ミリエルの中に溢れ出す。小さい頃に父に撫でてもらったことを思い出し、とても温かい気持ちになれた。
「本当に、本当によくやった。城塞に戻ったら、とびっきりの料理を振る舞おう。それから君の望むことを何だってしよう。今はこれぐらいしかできないが許してくれ……」
「……えへへ。わたし、もうこれだけで十分です……」
アルフレッドが心から嬉しそうにしている笑顔を見れただけでも、ミリエルは頑張った価値があったと思うのだった。
「……アルフレッド様! それからミリエル様、本当にありがとうございます!!」
数分程遅れて、牧場主もやってくる。どうやらミノタウロス達を撃退したという事実が信じられなくて、腰を抜かしていた模様。
「あ、牧場主さん……あの、わたし謝ります。結界を作ったのはいいんですけど、元々あったものをいじる形になってしまって。皆様が作っていたものを勝手に……」
「そんなの、あんな素晴らしい結界を構築してくださったことに比べれば、些細なことですよ……!!」
牧場主はミリエルを褒めた後、次いでミリエルが構築した結界近くまで移動する。
「私はそんなに魔法に詳しいわけではありませんが……それでもわかります。この結界は単に魔力の質がいいだけじゃない。優しさと強い意志とで、しっかりと守ってくれるようです」
「ミリエル様のお人柄が現れていますね! 素敵な方から繰り出される魔法は、やっぱり素敵なんですよ!」
チカに褒められながらミリエルは立ち上がる。そして何度も手を握っては開き、身体の感覚を確認していた。
「うん……特にしびれとかは感じません。まだ活動できそうです」
「だがここまで大きい魔法を使ったのは初めてだろう。大事を取って、今日はもう帰還しても構わないが……」
「いえ……逆に、もうちょっと結界魔法を使ってみたいです」
ミリエルの提案にアルフレッドは目を丸くする。彼はミリエルはすっかり疲れ切っているものだと思っていたからだ。
「アメリさんが言っていました。魔力量を高めるには、自分の魔力を限界まで使い切るのが、一番効率がいいんだそうです。それに結界を作る感覚も身に覚えさせたいですし……」
「……まるでアルフレッド様を見ているかのようなストイックさですね」
「えっ? ジャンさん、わたしアルフレッド様に似ているんですか……?」
「長年お仕えしてきた私が言うのだから間違いありません。それはさておき、ひとまずは休憩されることを提案いたします。魔物と対峙した恐怖は簡単に薄れませんからね」
ジャンが提案したのと同時にアルフレッドが動く。
「俺もジャンに賛成だ。ミリエル嬢、何を言おうとも一旦休んでもらうぞ。それから俺が判断したら魔法は使わせないからな」
「アルフレッド様……婚約者として立派なお姿ですね!」
「これぐらいは当然の義務だ。ミリエル嬢、疲れないように俺が抱えるとしよう」
「そ、それも義務のうちに入るのでしょうか……!?」
「はっはっは。ただアルフレッド様が抱えたいだけでしょうな」
「何も聞かなかったことにしようか」
こうしてミリエルは少し身体を休めた後、牧場内に結界を展開して回る。
「おい、何をしている! どうして柵の中に入っていかないんだ! 人間の魔法なんてどうってことは、ぎゃああああ!!!」
「ああ~注意する前に~!! もうここは諦めましょう!! 入ろうもんなら死にます!!」
展開している横から、話を聞きつけたのか、魔物が次々と現れる。そして揃って侵入しようとし、結界に阻まれ逃げ帰っていく。
「おい、これよく見たら光魔法じゃねーか!! 人間がそんなの扱えるなんて聞いたことねえぞ!?」
「でも目の前にあるのは光魔法なんですぅ~!!」
「あ、もしかしてあの猫女が使ってんじゃねえか!? だったらひっ捕らえれば解決、ぬぎゃー!!!」
結界の威力を証明するように倒れる魔物達を見て、ミリエルは光魔法の力を改めて実感するのだった。
「ま、まだちょっとしか光魔法を入れられていないのに……今後魔力が増えていったら、どうなるのでしょうか」
「それこそ大神フェレンゲルに匹敵するのでは? 神の加護を受けた属性とは言いますが、想像を超える威力ですね」
「神様かあ……」
獣臭いと虐げられてきた自分が、神に匹敵する力を秘めている。これまでの環境もあり、それが到底信じられないミリエル。
だがアルフレッドの役に立つことはできた。今のミリエルはそれだけで満たされている。
「いずれにせよ、これは素晴らしいことだ。事前に魔物の侵入を防げれば、余計な戦闘をせずに済むからな」
「ふふっ、そうですよね。これでアルフレッド様も命を削らなくていいんです」
「その言葉……まだ覚えていたのか」
「ずっと覚えていますよ。忘れたらアルフレッド様、何をするかわかりませんもの」
「全く君は……」
「……で、皆様は一体何をしているのでしょうか」
「ミリエル様が作ってくださった結界を鑑賞しております」
「鑑賞って。何だか御神体みたいな雰囲気になっていますね……」
いつのまにか牧場で働いている者達が集結し、ミリエルが展開した結界を興味深く観察している。チカは目を平らにしてそれを眺めていた。
「本当に凄いなあ……構造は普段使っている物と大差ないのに。光魔法が織り込まれているってだけで、ここまで違うんだ」
「こんな素晴らしい魔法を使う方が、今目の前にいらっしゃるんですよ! ミリエル様ーっ!」
「ちょっと! いくらミリエル様が素晴らしい方だからと言って、触るものなら容赦しませんからね!?」
何人かミリエルの所まで走ってやってくる。チカの静止が効いたのか、手が触れる直前で止まった。
「は、はいっ。皆様、この度はお世話になっております」
「おおっ……ミリエル様は魔法が上手なだけでなく、こんなにも可愛らしい方なんですね!」
「え、わたしは可愛らしいですか……? わたしは……」
「ミリエル嬢。人から褒められたことは、素直に受け入れるといい。折角の気持ちを否定されたら、君だって悲しいだろう」
「アルフレッド様……」
長年存在を否定されてきたこともあり、ミリエルは褒められることに慣れていない。誰かに褒められたとしても、何か裏があるのではないかと勘繰る癖がついてしまっているのだ。
「……変わっていくのは、少しずつで大丈夫だ。これまでの経験もあるだろうからな。とりあえずは、『獣人だから』と理由をつけてみるのを我慢してみるといい」
「はい……やってみます。えっと、わたしは魔法ができて可愛らしい、アルフレッド様の婚約者です……」
言ってみた直後、ミリエルは頬を赤らめ顔を背ける。結界魔法を使うより、自分を認めることの方が、彼女にとって一仕事かもしれない。
「ふふっ。まだお会いして1時間も経っていませんが……ミリエル様は胸を張って自信に満ちている時が、一番素敵だと思います。ここにいる皆はそう考えていますよ」
「素敵なお言葉、ありがとうございます……!」
魔法も上手に使えて、新たな自分を見出せた。今回はミリエルにとって、とても有意義な視察となったのだった。
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