第14話 白猫令嬢は狂犬王子をたしなめる

 ミリエルがキャラメル作りや魔法訓練に取り組むようになってから数日が過ぎた。


 そんなある日の夜、彼女はアルフレッドの部屋に呼び出され、話を持ちかけられていた。




「領地視察……ですか?」

「そうだ。ミリエル嬢もある程度生活に慣れてきた頃だろう。人々の暮らしをぜひ見てもらいたいと思っているのだが……」

「うーん……正直城塞の外に出るとなると、怖いです」



 王侯貴族のみならず、王都の住民からも冷たい視線を向けられてきたミリエルは、人目の多い所に行くことに抵抗感があった。だがアルフレッドの提案ということもあり、その気持ちは揺らいでいる。



「でもアルフレッド様が一緒なら、ぜひ行ってみたいです。次はいつお休みが取れるかもわからないんですから」

「ありがとう。当然俺も一緒に向かうよ。ではこういうのはどうだろう……事前に行きたい場所を指定しておいて、説明をしておくんだ」

「行きたい場所……」



 アルフレッドはシュターデン領の地図を持ち出しながら話を続ける。そして二人揃って地図を覗き込んだ。



 ミリエルがぱっと見たところ、面積こそそれなりにあるが、人が住んでいそうな町は両手で数えられる程度しかない。



「何だか閑散としていますね……自然が少ないみたいで、寂しい雰囲気です」

「侵入した魔物に縄張りにされた土地があるんだ。少しずつではあるが、年々その面積は広がってる……対処が追い付いていないのが現実だ」



 アルフレッドは自虐のように笑ってみせる。その表情はどこか寂しいものがあった。



「そのうち俺の命を削ってでも、奴らを殲滅する時が来るだろうな。シュターデン領が落ちるようなことになれば、次は王都が危ない」

「アルフレッド様……」



 次の瞬間には、真面目な声色になるアルフレッド。ミリエルはその言葉から、狂気にも似た愚直さを感じ取った。



「……命を落とすなんて、あっさりと言わないでください。わたしはアルフレッド様がいなくなったら悲しいです」

「だが俺はシュターデン領の統治を仰せつかっている。有事の際には身を投げ打たなければならん。勿論それには、君の命が狙われた時も含まれるんだ。婚約者として、どうか理解してほしい」


「婚約者じゃなかったとしても、理解できません! えいっ!」

「むぐっ!?」



 このままでは埒が明かないと感じたミリエルは、アルフレッドの口に無理矢理キャラメルを押し込んだ。




「アルフレッド様、急に話を暗い方向に逸らさないでください。今は視察でどこに行こうかっていう話だったはずです」

「……視察は領地の現実を知る為の公務だ。そして今話したこと全ては、シュターデン領の現実だ。今のは事前に必要な情報で……」


「だからその、現実を知るなんて真面目な雰囲気じゃなくって……お出かけするような感じで、楽しく行きたいです!」



 ミリエルは地図を手に取り、ある一ヶ所を差しながら声を荒げる。



「わたし、この牧場に行ってみたいです。そしてキャラメルに使う牛乳とバターを買ってみたいんです」

「……牧場か。周囲には魔物の縄張りが多数存在するだろうが……」

「それでもです。今のお話で、シュターデン領の色んな所が危険だってことは、よくわかりました。でもそれ以上に、アルフレッド様と好きな場所に行けることの方が大切なんです」



 猫耳と尻尾を動かし、笑顔で伝えるミリエル。アルフレッドと一緒にいたい気持ちを、全身を使って表現していた。



「魔物に襲われても、アルフレッド様と一緒ならどうにかなると思います。あ……でも命を削るようなことしたら、今度はキャラメルを10個一気に詰め込みますからね!」

「それは厳しいな……虫歯になってしまうよ」



 ミリエルの冗談を笑い飛ばすアルフレッド。今度の笑顔には寂しさではなく、嬉しさが混じっている。



「とにかくミリエル嬢、君の思いは十分に伝わった。まずはこの牧場に話をしておこう。日程は決まり次第連絡する」

「はい! 当日を楽しみにしていますね!」





 そして数日後、視察の日がやってくる。今日のミリエルは、上半身をすっぽりと覆う、厚手のコートを着ていた。



「えへへ、とっても温かいです。チカさん、今回もありがとうございます」

「いえいえ! ミリエル様はどうしても尻尾が外に出ちゃいますからねー。それを補うべく、このコートには魔法繊維を使用しているんですよ」


「そんな高級品を……加工するのも大変だったんじゃないですか?」

「今回ばかりは仕立て屋さんに手伝ってもらいましたね~。でもそのおかげでこんなにも素敵な仕上がりに……」



 ミリエルとチカが話をしていると、そこにアルフレッドとジャンも合流してくる。



「先に来ていたか。待たせてしまってすまなかった」

「いえ、わたしが落ち着かなくって先に出ていただけなので……」


「ふむ……とても似合っているぞ、ミリエル嬢。君が着ると温かさが増して見えるな」

「本当ですか? ありがとうございます……!」



 アルフレッドに褒められ、尻尾が大きく動くミリエル。その間にジャンが馬車の準備を終わらせていた。



「アルフレッド様、ミリエル様。早くお乗り下さい。こちらは暖かいですよ」

「ああ、今すぐ行く。ミリエル嬢も一緒に」

「はい……!」



 アルフレッドは自然な流れで、ミリエルの手を取る。そして二人並んで歩き出した。



「えへへ……アルフレッド様の手、とっても温かいです」

「ミリエル嬢も温かいぞ。優しさが手を通じて伝わってくるようだ」

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