第13話 白猫令嬢は光魔法を頑張る

「……ミリエル様。毎日アルフレッド様の為にキャラメルを作っていただき、感謝しております」



 見送りの後、ジャンはミリエルに深々とお辞儀をする。城塞内部に戻りつつ、二人の話は続く。



「いいえジャンさん、これはわたしの大事なお仕事ですから。何よりアルフレッド様からも頼まれましたし」

「そのアルフレッド様には、私の方から進言したのです。ミリエル様にキャラメルを作ってもらうのはどうかと」

「そうだったのですか……?」



「はい。アルフレッド様はかなりの頻度で、酒とたばこを嗜まれています。放っておいたら命に関わる量でした。先日城塞に戻られた際に暴れ出したのは、それらを摂取しなかったことによる、禁断症状だったのです」

「そんな……アルフレッド様はそのようなこと、お話ししてくれませんでした」



 ミリエルはアルフレッドがそこまで酒とたばこに依存していることも、断じようとしたことも、今この場で初めて聞いたのである。




「禁酒禁煙に務めようと思ったのは、他でもないミリエル様が理由ですからね。婚約者である貴女に少しでも不快感を味わってほしくないと、自らの臭いを軽減されようとしているのです」

「わたしのためにそこまで……」

「ミリエル様が気にされることではありません。アルフレッド様も薄々やめなければと気づいていたのですが、決定的な理由がなくて踏み切れなかった。それが貴女だっただけのことです」



「それにミリエル様には多大なる協力をしてもらっていますから。気にしなければならないのはこちらの方です」

「協力……? あ、それがキャラメルってことですか?」


「はい、そういうことになります。酒やたばこを少しずつキャラメルに置き換えていけば、いつかはやめられると思いまして」

「キャラメルがお酒やたばこの代わりに……」



 実家にいた頃は、キャラメルの可能性なんて考えたことがなかったミリエル。ジャンの表情からは、それを本気で信じていることが読み取れる。


 それなら全力で応えないと、とミリエルは決意を新たにした。



「……わかりました。アルフレッド様のために、もっと美味しいキャラメルを作れるように頑張ります!」

「ありがたいお言葉です……これからもよろしくお願いします」



「……でもアルフレッド様も仰ってくだされば、わたしは早い段階からもっと頑張れましたのに。命に関わっていることで、意地を張らなくても……」

「男性というのは女性に対して、いつだって意地を張りたいものなのです。ですから今私が話したこと……アルフレッド様には秘密ということで」

「はい、もちろんです!」





 自分の作ったキャラメルが。アルフレッドの役に立っていることを知って、自信を持つミリエル。同時に今から行う魔法訓練にも身が入っていく。



「ふー……今日も頑張ります。頑張っちゃいます」

「ミリエル様、今日はいつにも増して気合が入っておられますね。尻尾が元気でおられます」

「あっ……えへへ。尻尾に出ちゃいました」


「先程ジャンと話していたようですが、そこで何かありましたか?」

「そうですね、話の中でやってみたいことを閃きました。あとはチカさんに新しい服を用意してもらったのもあります」

「まあ、お褒めいただきありがとうございます」



 今まではスカート丈の短いドレスで訓練を行っていたが、今日はチカが準備したワンピースを着用している。これは魔術師のローブをアレンジしているため、魔力が通りやすい構造になっているのだ。



「これを着れば今までより魔法が使いやすくなるんですよね」

「その通りです。デザインの可愛らしさも同時に追求した、渾身の一品となっておりますよ!」

「にゃー!」

「まーちゃん様も似合っていると仰られています!」



「ふふっ、ありがとうございます……よしっ」




 チカやまーちゃんと一緒に、研究棟にあるアメリの部屋に到着。扉を開けると、すぐに彼女に迎え入れられた。




「お待ちしておりました、ミリエル様。まずは席におかけいただいて、一息つきましょう」

「ありがとうございます。あの、わたし光魔法でやってみたいことがあるんです」

「いかがされました?」



 ソファーに座りながら、アメリに提案するミリエル。紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせ、早口になりそうなのを抑えつつ話をする。



「光魔法を使えば、依存性を和らげることも可能なのでしょうか?」

「依存性ですか……そうですね、可能ではあります。依存は悪い状態に区分されるので、そこから回復させると解釈できます」

「ふむふむ……少しひねった考え方になるんですね」



 ミリエルが扱う光魔法は、癒しと守護を主な効果とする。回復魔法や結界魔法は様々なものが出回っているが、光魔法を含んでいるものが最も強力とのこと。


 アメリからそう説明を受けていたことを思い出し、ミリエルは提案したのだった。



「ひねった考え方というのは、重要なポイントですね。シンプルに回復と解釈できないと、イメージが上手くできず、魔法が失敗します。ですが今お話してくださった程度なら、魔力が豊富であれば、失敗することはないでしょう」

「そうなのですね。やっぱり魔力って大事なんですね……」


「魔法の基礎ですからね、ミリエル様。では早速やっていきますか?」

「はい、よろしくお願いします!」

「では準備をいたしますね!」




 返事をしたミリエルの前に、チカがキャラメルが乗せられた皿を置く。今からこれに光魔法を込める訓練を行うのだ。




「はあ……何度説明されても、実感が沸きません。わたしがキャラメルを作っていた時にやっていたおまじないで、光魔法がちょっぴり込められていたなんて」

「ミリエル様のご両親が、気づいていたかどうかはわかりませんが……対象に手をかざし力を込めるというのは、最もシンプルな魔法形態ですからね」



 キャラメル作りを何度か見学し、無自覚に光魔法を付与しているという事実に気づいたアメリ。


 彼女が言うには、ミリエルの内部にある魔力は、今は凝り固まっている状態とのこと。それこそ料理のおまじない程度の魔法しか使えないのだ。



 そこでまず、力を込めた際に放出する魔力量を増やし、身体を魔法に慣れさせることとなった。訓練方法はミリエルに馴染みのある、キャラメルにおまじないをかける方法を採用している。




「えっと……手のひらだけじゃなくって、指先からも放つように……」

「にゃあ~」



 ミリエルがキャラメルに手をかざすと、すかさずまーちゃんが隣にやってくる。


 そしてソファーの上に、彼の分のキャラメルに手をかざし、光魔法をかけた。ミリエルよりも手際がいい。



「はあ、まーちゃんはいつもわたしより上手だなあ。一体何が足りないんだろう」

「にゃんっ! にゃにゃんっ!」

「ええっと、肩の力を抜くの……? そんなこと言われても、力入っちゃうよ……」


「にゃあ~……にゃあ~」

「そっか、深呼吸を繰り返せばいいんだね。すぅ~……」



 順調に訓練を続けるミリエルとまーちゃんを見ながら、チカはアメリに耳打ちする。



「……あのさお姉ちゃん。もうまーちゃん様が光魔法を使えるという点は、一旦スルーするんだけど。二本足で立つのはどうなの」

「それはマヌルネコだからとしか言いようがないわ……情報が少ない以上、マヌルネコなら何をしても不思議じゃない……」

「なるほど、マヌルネコだからか……今後何があってもそういうことにしておこう」



「わっ! チカさん、アメリさん! 今の見ていてくれました?」

「はいっ! ばっちり見ていましたよ! やりましたねミリエル様!」

「キャラメルがこんなにも輝いている。魔力がしっかりと浸透している証拠ですわね。確実に魔法が上達していますよ、ミリエル様」

「にゃー!」



 成果を実感しつつ、楽しい雰囲気で魔法訓練は進んでいくのだった。

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