第12話 白猫令嬢の大事なお仕事
アルフレッドの婚約者として、シュターデン領での生活が始まってから数日。ミリエルは新しい暮らしにどんどん馴染んでいく。
そんな彼女の一日は、早起きしてキャラメルを作ることから始まる。
「おはようございます……ふわあ~」
「おはようございます、ミリエル様。あら、今日は少し眠そうですわね?」
「もっと美味しいキャラメルを作るにはどうしたらいいか考えていたら、眠れなくって……ついさっきまーちゃんに叩き起こされました」
「にゃんにゃんっ」
まーちゃんとも暮らし初めて数日、彼はミリエルの良き相棒となっていた。ミリエルが時間を忘れて何かに没頭してしまった時は、尻尾で叩いて現実に戻してくれる。
「うう~。朝起きられないのがとっても恥ずかしいです……」
「大丈夫ですよミリエル様、朝は皆眠いものです。眠くないのはチカぐらいなものですよ」
「私はミリエル様の専属ですから。早起きは当然の義務です」
ミリエルと共にやってきたチカが言う。そして、手早く鍋やティーカップの準備を始めた。
「さあさあミリエル様、今日も一日頑張りましょう。朝はまずキャラメル作りから、ですね」
「はい、やっていきます。ふわあ~……それはそれとして眠いです」
「にゃあ~」
「ミリエル様、キャラメルを作る様子を見学してもよろしいでしょうか。まだ慣れていない所が多くって」
「大丈夫ですよ。何回もレシピを確認して、キャラメル作りを覚えていってください」
「ありがとうございます。では失礼しまして……」
他にも何人か、暇になったメイドがミリエルのキャラメル作りを見学する。一応レシピは一通り教えてもらっているのだが、時々こうして確認に来るのだった。
「うーん、やっぱり何回見てもすごいですね。火にかけて煮詰めていくこの工程……計量は完璧だとしても、ここで失敗しちゃいます」
「正直いくら見学しても真似できなさそうです。はあ~……」
「わたしは10年やってきましたから、差があるのは当然です。気を落とさなくても大丈夫ですよ」
「ありがたいお言葉です。少しでもミリエル様のお味に近づけるように、頑張りますね」
こうしてミリエルはキャラメルを作った後、今度はアルフレッドの部屋に向かう。
「失礼いたします……おはようございます、ミリエルです」
「ん……おはよう、ミリエル嬢。今日も朝早くからありがとう」
「大事なお仕事ですので、どうということはありません」
「だとしても俺は君を褒める。尻尾が楽しそうに動いているからな。嬉しいのだろう?」
「あっ……そ、そのっ、うう~……」
「はは、君は仕草が可愛らしいな。俺まで笑顔になってくるよ」
ミリエルが訪ねてくる頃には、ちょうどアルフレッドの着替えも終わる。そして一緒に食堂に向かうのも、慣れてきた光景であった。
「今日も魔物討伐のお仕事があるんですよね?」
「そうだ。今日こそは君と一緒にいたいと思っていたが……残念だ」
「大丈夫ですよ。わたしのお気持ちは、キャラメルにいっぱい込めておきましたから!」
「そうか……ありがとう」
程なくして食堂に到着し、二人は斜めに向かい合わせの席に着く。
座ってから一息つくのを確認して、食堂で待機していたジャンとチカが、朝食のメニューを説明した。
「今日の朝食は白身魚のムニエルとなっております」
「ふむ、魚か。悪くないな。白身魚というのがまたいい」
「目覚めたばかりの身体に重くなく、それでいてお腹が満たされます。メイド達が腕によりをかけた一品となっております」
「ミリエル様のお魚は皮をぱりっと焼いて、塩で薄めに味をつけておりますよ」
「ありがとうございます。えへへ……ここに来てからわたしが食べやすいものを用意してくれて、本当にありがとうございます」
味の濃いものや脂っぽいものでお腹を下してしまうミリエル。そんな彼女が美味しく食べられるメニューを、チカを始めとしたメイド達が一生懸命考えてくれた。
結果、脂身が少なくさっぱりとした白身魚が最適という結論に落ち着いた。それ以外ではなるべく脂身を取り除いた赤身の肉など。味つけも薄めでありながら満足感が得られるように工夫されている。
「ミリエル嬢の為ならば、この程度造作もないことだ。食事が楽しくなければ、他のこと全てが苦痛になってしまうからな」
「アルフレッド様の仰る通りです。ミリエル様はご安心してお食事を楽しんでください」
「ありがとうございます……ううっ。美味しいものをたくさん食べられるなんて、わたしは幸せです」
「ふふふ……どうぞじっくり召し上がってくださいね」
適度に会話を交えながら、楽しい雰囲気で朝食は進む。
「ミリエル嬢は、今日もまた魔法訓練かな」
「はい。いつかアルフレッド様が驚くような、すごい光魔法を使えるように頑張ります」
「ふふ……張り切るのは構わないが、程々にな。無理だと感じたら、いつだってやめても構わない」
「大丈夫です、当分やめるつもりはありません。わたし、自分がどこまでやれるか試してみたいんです」
光魔法に適性があることが判明した後、アメリから提案された魔法訓練。ミリエルはすぐにそれを受け入れ、毎日のように取り組んでいる。
今まで虐げられていた自分が、とてつもない力を秘めている。自分が何者か知りたいと思うと同時に、何か凄いことができるのではないかと、少しだけわくわくしていたのだ。
「それに訓練はひとりぼっちじゃありませんから。まーちゃんが一緒です」
「にゃにゃんっ」
話題に出てきたまーちゃんは、ミリエルの足下から返事をした。両手を揃え折り目正しく待機している。
「はは、頼もしいな。しかし魔術師のアメリはともかく……まーちゃん殿は魔法訓練の間、一体何をしているんだ。人間の訓練なんて暇なだけだろう」
「それがですね、まーちゃんは魔法が上手なんです。今わたしがしないといけない課題を、的確にやってみせてくれるんですよ」
「ふむ……? 興味深いな。マヌルネコは魔物ではないのに、魔法が使えると」
「にゃんにゃーん」
どうだすごいだろう、とばかりにまーちゃんが鳴く。どことなく態度が誇らしげだ。
「まあとにかく、訓練が順調に進むのはいいことだ。君の可能性が広がっていくからな」
「可能性……素敵な言葉ですね。わたし、どんな魔法が使えるんでしょうか」
「きっと素敵な魔法だろう。何ならもうミリエル嬢は、ここで働いている皆に魔法をかけているよ」
「えへへ……」
そして朝食の時間は終わり、武器や鎧の準備を終えた後、アルフレッドは城塞を発つ。
「アルフレッド様、いってらっしゃいませ。今日も息災でありますように」
「ああ、行ってくる。そして……」
「はい。アルフレッド様、今日もお仕事頑張ってくださいね」
ミリエルは紙袋をアルフレッドに渡す。それには今朝作ったキャラメルが入っている。魔物討伐の任務の間食べる分だ。
魔物討伐がない日であっても、アルフレッドは毎日ミリエルにキャラメルを作ってもらっていた。キャラメルだけならメイドでも作ることはできるのだが、彼は婚約者として、将来妻となる女性に作ってもらうことを大切にしていた。
「……ありがとう。では今日も頑張ってくれるよ、ミリエル嬢」
「はい、いってらっしゃいませ! アルフレッド様!」
雪がちらつく中、アルフレッドは出発し、ミリエルはその背中を見送るのだった。
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