第11話 幕間:実家は見るに堪えない有様

 一方ここは、ミリエルの実家であるレーシュ家。ミリエルがいなくなった後、従妹であるサマンサはとても清々とした気分になっていた。



「ふふふ……気分がいいわ! これまであの獣に配分されていた食事、服、そしてお金! ぜーんぶ私が使い放題よ!」



 レーシュ家令嬢を名乗れるのは自分だけになったので、特別であるという実感が強く沸いてきたサマンサ。そこに使用人が訪ねてきた。



「失礼します、サマンサ様。間もなくお茶会の時間が近づいてきております」

「あら、もうそんな時間なのね! じゃあミリエルを呼ばなくっちゃ!」


「……ミリエル様はシュターデン領に行かれてしまいましたので、いらっしゃいませんが……」

「あっ……? ああそうだったわね! もうあれはいないんだったわ!」



 普段茶会に出る時はミリエルを連れていっていたので、その癖が抜け切っていなかったらしい。



「では今日は私一人だけとなるのね。まあ、ミリエルがいない分、これで皆もーっと私を見てくれるはずだわ!」




 そして茶会が始まる。複数の男性貴族が中庭に招待されており、始まるのを今か今かと待ちわびていた。



「皆様~! お待たせしました~! 今日も私の茶会にお越しくださり、ありがとうございますわ~!」



 サマンサが姿を見せると、貴族達は拍手で出迎える。だがその中の一人が、すぐに彼女に対し疑問を投げかけた。



「おや、サマンサ様。普段連れられていた、あの獣はどうされました?」

「あら、ご存知なくって? あれは『狂犬王子』との婚約を押し付けて、レーシュ家から追放させましたの! 獣には当然の末路ですわ! 獣に裁きを下した私は素晴らしいでしょう!?」

「ああ、そういえばそうでしたね……はあ……」



 話しかけた男性は、それとなく後ろに引いていく。気持ちも引いている様子だった。



「あら、どうされました? せっかく私と話せる貴重な機会なのに、もう終わりにしてしまうの?」

「そうですね、今日は他の方を優先していただければと……」



 男性は周囲に視線を向けるが、向けられた側もぎこちない笑顔を浮かべている。今にもこの場から逃げたそうだ。



「さあ皆様、私にいくらでも話しかけていいんですのよ? 何せ私は、あの獰猛な獣を従えていた秀才ですもの! 話せるだけありがたく思いなさい!」

「はいいっ!」



 離れようとした男性を捕らえ、サマンサは甲高い声で詰め寄る。そしていかに自分が素晴らしいか自慢話を始めていく。



「私が作ったお菓子も、ぜーんぶ食べてくださいまし! 今日は腕によりをかけて作りましたのよ! 美味しくないわけがありませんわ!」

「ひいい……そうですね、サマンサ様のお菓子は世界で一番です……」



 サマンサが作ったお菓子を食べた男性は、みるみるうちに顔色が悪くなり、苦しそうに下腹部を押さえる。そんな態度に気づいていないのか、サマンサはしきりに感想を求めていた。




「……いや、その獣本人がいないのに威張られてもなあ」



 最初にサマンサから距離を置いた男性が、様子を見ていた別の男性に耳打ちする。



「この茶会に招かれて、初めて自覚したよ……サマンサ様はあの獣、ミリエルに飾り立てられていただけの存在だったんだな」

「むしろ謙虚だった分、ミリエルの方がマシな可能性もあるぞ。どんどん人に突っかかっていくし、些細なことで怒るし、扱いに困るな……ミリエルがいたことで、矛先が向かっていたのか」


「あとこのお菓子も……正直美味しくないし。キャラメルだけは何故か美味しかったけど、それもないもんな」

「というかあの人お腹下してないか……? サマンサ様の料理下手もここまで来てしまったか……精神的に不快なだけならまだしも、命に関わるのはまずいでしょう」


「伯爵家とは繋がりを持っておけって言われていたから、何とか来たけど。ここまで辛いともう断ち切った方がいい気がするな……」

「僕も正直、あの獣人が物珍しいから見に来ていたようなものだし。それがいないなら、もう関わりにいく価値がない……」




「ちょっと貴方達!! さっきからこそこそと、一体何の話をしておりますの!!」

「「はっ、はいっ!!」」



 サマンサに呼び止められ、男性二人は冷や汗をかく。それを見たサマンサは、不機嫌



「今は私が開いた茶会の真っ最中! つまり私が主役も当然! 貴方がたも会話に加わってくださいまし!!」

「こ、これは……あの、お菓子でしょうか?」


「そうよ、私が作ったとっても美味しいお菓子なのよ! これを食べて感想を言いなさい! さあ!!」

「ひっ、ひいいいいっ……!!」



 お菓子と呼ぶにはあまりにも色が淀んでいて、今にも腐り落ちそうな物体を、二人は食べさせられてしまう。





 こうして招いた男性全てに避けられるような形で、サマンサの茶会は幕を閉じた。



「どういうことですの!! 皆揃って態度が白々しく……!! 私はあのミリエルを従えていた天才ですのよ!!」



 数日前までは、ミリエルを従えている自分をちやほやしてくれた男性達が、今日になって態度をおかしくしている。サマンサはその理由に見当がつかなかった。



「仮にも伯爵令嬢たる私になんて仕打ち!! お父様に頼んで、訴えてもらわなくっちゃ!!」



「ねえ聞いてお父様――きゃあっ!?」



 ミリエルが父ザクセンの部屋に入った瞬間、人間が壁に叩きつけられた。それは使用人の一人であり、かなり血を流している。


 だがサマンサにとっては自分のことが第一優先なので、使用人の心配をしている余裕がなかった。



「……ん!? な、なんだサマンサか……!! 驚かせるな!!」

「お、お父様……どうされましたの!? 手が血だらけですわよ!?」


「こ、これは血豆が大量にできてしまっただけだ!! 大丈夫だからさっさと部屋から出なさい!!」

「わかりました――じゃなくて!! 今日茶会に来た連中、私に冷たい態度を取ってきましたのよ!! 訴えてちょうだい!!」


「わかったわかった後でやっておくから!! 今はとにかく部屋を出ていけ!!」

「やったあお父様だ~いすきっ! おーっほっほっほ!」




 お願いを聞いてもらったサマンサは満足そうに部屋を出ていく。その影響で、ザクセンが何をしていたかは全く理解できていない。




「くそーっ!! サマンサが無下に扱われるようになったのも、お前の責任だ!!」

「そっ、そんな……ひどい……」



 ザクセンは使用人を拘束し、顔や身体を殴り続けていた。気絶したら他の使用人を呼んできて、入れ替えつつ絶え間なく暴力を振るう。


 彼は常日頃から獣人であることを理由に、ミリエルに虐待行為を続けてきた。それで優越感が簡単に得られるからである。しかしそのミリエルはレーシュ家を去ってしまった。



 これまでミリエルを虐げることが習慣になってしまった彼は、誰かを虐げないと不調をきたす身体になってしまったのである。今は使用人を相手に発散しているが、何人殴り倒しても衝動は収まらない。



「これでは仕事にならん……!! それもこれもミリエルが全部悪いのだ!! あの獣が殴りたくなるような下等存在だからいけないのだ!! 私は何も悪くない……!!」



 結局ザクセンの衝動は収まらず、机の上には未確認の書類が山のように積まれていく。そのような日々が何日も続いていくのだった――

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