第10話 白猫令嬢はキャラメルを振る舞う
こうして数十分程かけて、各自キャラメルを作っていく。
「うわぁ! 鍋底にべったり張り付いてるぅー!」
「チカさんは砂糖の量が多すぎたようですね。山盛りといっても、小さな丘ぐらいの山です」
「確かに大霊峰並みに盛っていました! 以後気を付けます!」
「中々固まらない……ミリエル様の工程を、しっかりと真似しているはずですが」
「ジャンさんは牛乳の量が多いみたいですね。様子を見ながら砂糖を増やしちゃうのも大丈夫ですよ」
「その手がありましたか……料理にはとっさの対応力も必要なのですね」
「50回かき混ぜる前に固まってきたのだけど……」
「アメリさんのかき混ぜる早さが、わたしのよりも早いかもしれません。一呼吸置いて落ち着いてみましょう」
「落ち着いているつもりなのだけどね。魔法と同じぐらい、料理って繊細だわ」
「そしてアルフレッド様は何をされているのでしょうか」
「ミリエル嬢のレシピの分量を、計量カップに換算している。君の作るキャラメルを完璧に再現できる比率が存在するはずなんだ……!」
「にゃー」
「『それもいいけど早く作ってしまえ』ってまーちゃんが言っていますね」
手順こそ簡単だが出来栄えはそれぞれ。たくさんのキャラメルを入れたかごが並ぶのだった。
「こ、これがキャラメル……簡単だけど難しくて、奥深い……!」
「店に並んでいるものは揃って美しい形ですけど。その裏では並々ならぬ努力を重ねているということが、よくわかりました」
「俺のは焦げかかっている上、量が少なくなってしまった……」
「大丈夫ですよアルフレッド様。わたしも最初はこんな感じでしたから」
「ミリエル嬢が……想像つかないな」
「わたしは10年も続けてきましたから。アルフレッド様だって、それと同じ期間剣を振り続けてきたはずです。だから誰よりもお強いんですよ」
「……そうか。そういうものか」
芳醇なキャラメルの匂いを堪能しつつ、ミリエルはアルフレッドに提案する。
「さて、せっかく作ったキャラメルですから。わたし達以外の誰かに食べてもらって、感想をいただいてきましょう!」
「それなら、今演習場で騎士達が訓練をしているはずだ。差し入れに持っていこう」
「わかりました!」
ミリエル達はそれぞれかごを抱え、演習場に向かう。騎士達は姿を見ると、すぐに訓練をやめて集合した。
「ミリエル様、この度は訓練をご覧いただき誠に感謝申し上げます!」
「わわっ! え、えっと、わたしの名前……」
「俺が紹介しておいたんだ。だが、姿を見せるのは初めてだな。改めて挨拶をしてもらってもいいだろうか」
「は、はいっ! この度アルフレッド様の婚約者となりました、ミリエルと申します……」
ミリエルが丁寧にお辞儀をすると、騎士達は揃って敬礼をする。鎧や靴の擦れる音が整然と鳴り響いた。
「とても訓練されているんですね。佇まいからも伝わってきます」
「お褒めに預かり感謝申し上げます」
「ふふっ……」
「さて、君達を呼び止めた理由は他にもある。実は先程ミリエル嬢と一緒にキャラメルを作ったんだ。たくさんあるからぜひ食べていってほしい」
「キャラメルですか? それはまた難しいものを……」
「ミリエル様はですねー、そんな難しいキャラメルを作る達人なんですよ! どうぞこちらを!」
「あら……とても美味しそうな香り。いいんですか? いただいちゃって」
「もちろんです! キャラメルは食べてもらうためにあるんですから!」
一人、また一人と騎士達はキャラメルを食べていく。そして全員揃って笑顔になった。
「こ、こんなに美味しいキャラメルは初めて食べました!お店で売っている物より美味しいですよ、ミリエル様!」
「えへへ……ありがとうございます!」
「こちらのキャラメルは少し甘みが強いですね。凄く勢いのある風味、多分チカが作ったのかな?」
「その通りです。私の性格がキャラメルにまで出ているとは……!」
「にゃーにゃー、にゃにゃんっ」
「おおっ、マヌルネコ殿ではありませんか。尻尾にかごをぶら下げて……器用ですね!」
「にゃー!」
「嬉しそうに尻尾を動かしている……本当に仕草がミリエル様と似ておいでですね」
「俺の作った物はかなり焦がしてしまったが……それでもよければ食べてほしい」
「アルフレッド様がこちらを!? なんと素晴らしい……」
「ミリエル嬢の姿を見ていたら、俺も作ってみたくなったんだよ。キャラメルを作っている時の彼女は……とても輝いていた」
冗談でもなくアルフレッドはそう思っていた。あの時の笑顔を何度でも見たいと、心の底から感じていたのである。
「……アルフレッド様。キャラメルって砂糖と牛乳とバターでできているんですよね」
「そうだが……」
騎士の一人が手に持ったキャラメルを眺めながら、アルフレッドに話しかける。
「砂糖は疲労回復に適しています。バターは素早くエネルギーに変換され、牛乳は栄養が豊富。これ、携帯食糧にぴったりではないですか?」
「言われてみれば確かに……それによく見たら、手頃な形状でかさばらないな。持ち運びが楽だ」
ミリエルの猫耳がアルフレッドの会話を察知し、彼女は会話に混ざってきた。
「えっと、携帯食糧って聞こえてきたのですけど……つまり、アルフレッド様達が、魔物討伐の最中に、わたしのキャラメルを食べるということですか?」
「そうなるな。というか、ぜひともそうさせてもらいたい。ミリエル嬢のキャラメルを食べたら、皆元気が出て頑張れると思うんだ」
「ええ~……!」
最初はアルフレッドだけを元気にしようとしていた。その結果、今度は騎士達も元気にすることに。
自分の特技が様々な人に広がっていく。ミリエルはその実感で嬉しく、くすぐったい気持ちになった。
「はいはい、メイドのチカから提案です。流石に騎士団全員分のキャラメルを、ミリエル様お一人で作るのは無理ですよ。他のメイドにもレシピを教えて、大量生産するのはどうでしょう」
「言われなくてもそのつもりでした。でもできれば、ミリエル様に何かしらしてほしいんですよね……」
「ミリエル様に作ってもらいたいと? その理由は何でしょうか」
ジャンは会話に混ざってきた騎士に尋ねる。
「何と言うのでしょうか……ミリエル様のキャラメルだけ、回復が促進させるようなものが、上乗せされていた感じでした。それがあると嬉しいなって」
「回復かぁ。アメリさん理屈わかったりする?」
チカがアメリに尋ねると、彼女は真っ直ぐ頷いて答えた。
「わかるのだけど……今は言わないでおくわ。ミリエル様、かなり考え込んでしまっているから」
「あ、本当だ……流石に話が大きくなりすぎたかな」
心配したチカは、ミリエルの隣に移動し声をかける。彼女を猫耳と尻尾をしきりに動かし、興奮している様子だった。
「ミリエル様、皆色々なことを申していますけど。無理だと思ったら断ってもいいんですからね。まだここに来て日も浅いんですから」
「……いいえ。わたし、やります。やらせていただきたいです」
ミリエルは一歩前に出て、全員に猫耳と尻尾が見えるような場所から話しかける。
「皆様、見ての通りわたしは獣人です。獣人だからという理由で、これまでわたしには居場所がありませんでした……」
「でもアルフレッド様を始め、シュターデン領の皆様は、そんなわたしを受け入れてくださいました。わたしからすると、それはとってもありがたいことだったんです」
「だから、わたしのキャラメルで少しでもお役に立てるなら……喜んでお作りします。皆様に恩返しができるように、頑張ります……!」
ミリエルは笑顔で宣言する。温かい拍手がそれを迎え入れた。
そしてアルフレッドはミリエルの隣に行き、目を合わせながら声をかけた。
「……礼を言いたいのはこちらの方だ。ミリエル嬢の健気さに、俺も良い影響を受けている。シュターデン領に来てくれて、本当に感謝する」
「アルフレッド様、ありがとうございます……!」
素直に感謝された経験もほとんどなかったミリエルは、アルフレッドの言葉を大切に受け止めるのだった。
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