第9話 狂犬王子はキャラメルに親しむ
「キャラメル……」
甘い香りを嗅いで、アルフレッドは今日何も食べていなかったことを思い出す。気分が悪くて食事どころではなかったのだ。
軽くミリエルに礼をしつつ、かごに入ったキャラメルを手に取って食べる。
「……これはとても美味しいな。喫煙の影響で味覚は失われたものだと思っていたが……それでも感じられる濃厚な甘味だ」
「確かに、これを食べたら元気が出てくるな。ミリエル嬢の優しさが詰まっているようだ。俺の為にありがとう……」
アルフレッドからお礼を言われたことで、ミリエルは笑顔を咲かせる。上機嫌に猫耳と尻尾もぱたぱた動いていた。
「よかった……! キャラメル作りはわたしの唯一の特技なんです! これでお役に立てたなら何よりです……!」
「まさか、これ全てをミリエル嬢が作ったのか? とても美しい形だ……熟練の職人でないとここまではできない」
アルフレッドはかごの中のキャラメルを覗き込む。チカやアメリ、ジャンも一緒になってキャラメルを観察していた。
「ミリエル様がキャラメルを作られる様を、私とアメリは近くで拝見していたんですけどね。見事な手さばきでしたよ、もう!」
「アルフレッド様にもぜひ見てもらいたいですわ。何より、ミリエル様のことを知る貴重な機会になると思いますわ」
「そうか、そこまで言われると気になってくるが……」
「明日にいたしましょう。今日はゆっくりと休まれるべきです。構いませんね、ミリエル様」
「はい、ジャンさんの言う通りです。明日になってもっと元気が出てきたら、わたしの特技をお見せしますよ!」
「ふふ……では明日、楽しみにしているぞ」
ミリエルはとても嬉しい気分になっていた。自分がこれまで培ってきたことが、ありのままに認められたからである。
そして翌日、午前九時。ミリエル達は厨房に来ていた。この日のミリエルはロングドレスから一変、動きやすいエプロンドレスへと着替えていた。
「ふう……やっぱりこちらの方が足を自由に動かせますね。開放感があります」
「お部屋から歩いてきて、どこかきつい所はございませんでしたか?」
「特にはありません。穴もしっかり空けてくださって、ありがとうございます!」
尻尾を動かして、調子を確認するミリエル。そんな尻尾に、まーちゃんが手を出してちょっかいをかけている。
「にゃにゃにゃっ、にゃんっ」
「遊んでいるのでしょうか。何だか微笑ましい光景ですね」
「申し訳ないが、ミリエル嬢は今からキャラメルを作るのだ。まーちゃん殿は少し静かにしてもらえないだろうか」
「にゃ~」
まーちゃんは尻尾で遊ぶのをやめ、ミリエルの足下にちょこんと座る。その時声をかけてきたアルフレッドに対して、鋭い視線を向けていた。
「『お前に言われるまでもない』、という雰囲気を感じますね」
「そうなのか……俺には当たりが強いようだな」
「私にも当たりが強いので仲間ですね」
「ジャンもだったのか。男が嫌いなのだろうか……」
「まだ慣れていないだけだと思いますよ。それでは初めていきますね」
調理台の上には、ミリエルが事前に用意してもらうように頼んだ食材や調理器具が並んでいた。砂糖、牛乳、バター、鍋、そしてティーカップである。
「まずは砂糖をティーカップに山盛りにして、それをお鍋に入れます」
「ふむ……」
「次にこのティーカップに、牛乳をいっぱい注ぎます。お鍋に入れて、これを4回繰り返します。その後に、可愛らしい正方形に切り分けたバターをちょこんっと」
「可愛らしい……? ああでも、確かにこの大きさは可愛らしいですね」
「材料を入れたら、火にかけます。木べらを使ってゆっくり50回、大きくぐるっと。これを10回繰り返します」
「成程……これは作り手によって出来栄えが変わってくるな……」
「わたしはかき混ぜるのに慣れているので、その間にまーちゃんと遊んじゃいます。それそれ~!」
「にゃー!」
尻尾を動かしながら混ぜ続け、大体10分が経過した後。
「固まってきたものを紙の上に流します。それっ」
「おお……何度見ても美しいあめ色! 惚れ惚れしちゃいます!」
「えへへ……ありがとうございます。あとは冷ましてから切り分けて、紙で一個ずつ包んであげればおしまいです!」
「ふむ……材料や工程は簡単なのだな。なのにここまで味わい深い菓子ができあがるとは」
「お砂糖と牛乳ですから、美味しくないわけがないんですよ。あっ、そうだ……」
ミリエルは器に移し替えたキャラメルを運ぶ前に、両手をかざして力を込める。
「それもレシピの一部か?」
「はい。お母様から教わったんです。どのタイミングでもいいから、両手からぎゅーっと力を送ってあげてねって。美味しくなあれのおまじないです」
「一連のレシピも、お母様から教わったのでしょうか」
「そうなんです、わたしが6歳の時でした。まだ小さかったわたしにもわかりやすいようにって、わたしの知っているもので作れるように教えてくれたんです」
「ティーカップで作っているのはその名残か。ならば今更計量カップで作れと言われても、変えられないな」
「そうですね、わたしはこれで10年もやってきましたから……」
ミリエルが両手をかざしておまじないを込める様子を、アメリは注意深く観察している。彼女の肩に乗ってきたまーちゃんも同様だった。
「……っ、重たいっ!? まーちゃんったらいつの間に!?」
「にゃー」
「まーちゃんはともかく、アメリさんはどうしたんですか?」
「いえ……少し気になっただけです。おまじないは終わりましたか?」
「はい、これでばっちりです。今から氷室に持っていきますね」
こうして一連の工程を終えたミリエル。普段のキャラメル作りとは違う、かつてない達成感が彼女を包み込むのだった。
「提案がある。俺もミリエル嬢のレシピを真似して、キャラメルを作ってみてもいいだろうか?」
「殿下が料理をされるのなら、私もお供いたしますよ。純粋に興味がありますしね」
「あっ、それなら私もやりたいです。メイドの腕前見せてやりますよ!」
「私もやらせていただきますわ。腕は……期待しないでほしいのですけど」
チカやアメリにジャンに加え、他でもないアルフレッドが乗り気な様子を見て、ミリエルはますます笑顔になる。
「はい、皆様大丈夫ですよ! でもアルフレッド様……服が汚れてしまいませんか?」
「そのように仰られると思いまして、殿下用のエプロンをしっかり準備しております。どうぞこちらを」
「いや自分で着れるからいい……のだが」
ジャンの手際のいい所作によって、アルフレッドはエプロン姿へと様変わり。家庭的な雰囲気が一気に彼を包み込む。
「とっても似合っています! 料理をするって雰囲気が溢れてきています!」
「そうか……ありがとう」
「アルフレッド様、鎧だけじゃなくってエプロンも似合うんですね。意外な一面を知れて、わたし嬉しいです!」
「……そうか……」
ミリエルに褒められて、満更でもない様子のアルフレッドであった。
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