第19話 幕間:国王は狂犬王子が煩わしい

「何……防衛費の削減だと?」



 ガーディン王国現国王マッカーソンは、シュターデン領から送られてきた報告を受けて、顔をしかめていた。



「主に結界魔法関連について書かれています。今月以降は領内で調達するから、購入費用を回してもらう必要は一切ないと」

「一切とは強気に出たものだな。一体どんな小細工をしたのか……そもそも、あの地に削減するような余裕があったとは思っていもいなかったが」


「報告書にはミリエルの名が書かれていますね。今後は彼女が結界を張っていくのだそうです」

「ミリエル? ああ、あの獣人か! これまた驚いたな……」



 驚いたと同時に眉をひそめる。見下している獣人が目を見張るような成果を挙げているという事実が、マッカーソンには信じられなかったのだ。



「レーシュ家から捨てられたあの獣人が、予算を賄える程の結界魔法を使えるだと? 嘘だな……嘘に決まっている。よくもここまで見え透いた虚勢を張れるものだ」

「獣人は魔法は一切使えませんのにね。虚勢を張ってでも陛下に忠誠を尽くしたいのでしょう」

「ふん、愚かなことだな。自分の身を滅ぼしていることに気づいていない――さっさと滅んでほしいものだが、中々しぶといものだ」



 あまり進展が見られていない結果となったが、マッカーソンは満足そうに笑った。



との交渉も順調に進んでいる……もう少し飴を与えてもいいだろう。防衛費は言われた通りに削減しておけ」

「承知いたしました。他の分野において金を出しておりますので、まだ影響力はあると考えられます。それに本当に虚勢だったとしたら、破滅することは間違いないかと」

「むしろこの件で、王家の後ろ盾が必要であることを思い知らせるのも悪くない。忠誠心がより強まったら、その時は自死を命じてやろう……はははっ」



 マッカーソンは、大臣から受け取った報告書をくしゃくしゃに丸める。そして部屋の隅に投げ捨てた。



「では陛下。この後の予定ですが、『バスティリア』商人との商談が入っております」

「ああ、わかっている。連中は獣にかぶれた野性的な国家だが、金はあるからな。有益な話をしたいものだ」





 マッカーソンは第一王子アルフレッドが嫌いだ。理由は嫌いな正室との間に生まれたから、それだけである。側室の間に生まれた第二王子は好きなので、彼にどうにか王位を継がせたいと常日頃から考えているのだ。


 とはいえ彼は表向きは有能とされているので、自分の感情だけで第一王子を殺すわけにはいかないことを、十分に理解している。そこでシュターデン領を利用することにした。アルフレッドを熾烈な戦場に追いやり、名誉の戦死という形で始末しようとしているのである。



 元々アルフレッドは武術に秀でており、その上で父や王国のために尽くす忠誠心に満ち溢れていた。その心をマッカーソンは利用し、魔物と戦ってほしいと頼み込んだのだった。アルフレッドは父の野心を疑うことなく、それを承諾したのである。


 そしてアルフレッドがシュターデン領を統治してからは、防衛費という形で金を送り込み、彼が自由に動けないように仕向けてきた。国から金を出していると、その使い道を通して支配することができる。


 そのようにして死を望まれているとも知らず、アルフレッドがシュターデン領を統治を始めてから、かれこれ4年が過ぎていたのであった。





「はっはっは。今日はよく来てくださったな。スコル殿と仰いましたかな?」



 マッカーソンは近衛を連れて応接室に入り、座って待っていた男性に声をかける。



「……これはこれは、国王陛下自らお目見えになるとは。このスコル感服であります」

「何、こちらとしても貴重な機会だ。世界有数の商業国家であるバスティリアと繋がれることは、我がガーディン王国にとっても利益になる」



 スコルと名乗った男性は、緑が鮮やかなローブに加え、褐色肌が特徴的だった。顔つきはまだ若いが、鋭い目をしている。間違いなく彼は一流の商人だ。



「では早速ですが、我々に卸していただきたい商品を見せていただいてもよろしいでしょうか」

「そうだな、話は早く済ませるとしよう。少し歩きますが、構いませんかな?」

「お気になさらず。今日はよろしくお願いします」





 マッカーソンがスコルを連れていったのは、王都で最も規模の大きい魔術工房。ここでは最先端の魔道具が開発されている。




「素晴らしい……四方八方から響く魔法の音! 流石は世界最大の魔道国家と呼ばれているだけありますね」

「魔法は我々の誇りであり全てだ。大神フェレンゲルの慈愛を受け取ったその時からな」

「……」



 スコルは工房の入り口に置いてあった、大神フェレンゲルの石像を見遣る。全てを包み込んでくれそうな、とても美しい女性だった。



「……では、そんな大神フェレンゲルの慈愛を受けた方々による、素晴らしい魔道具の数々をお見せいただいても?」

「そう焦らなくても、魔道具達は逃げていかんよ。こちらに用意してある」




 スコルが案内されたのは応接室。そこにはマッカーソンが事前に用意していた、珠玉の魔道具の数々が取り揃えられている。




「ふむ……構造が複雑になるのは仕方ないことでありますが。一見しただけでは、用途がわからない物が多いですね」

「日頃から魔法に親しんでいる、ガーディン王国の者でないと把握は不可能だからな。だがこの場においては、私が説明するので心配は不要だ」


「国王陛下に直々に説明されるなんて、ありがたいことです。そして陛下は商品の詳細を把握されている、ただ玉座に座っているだけの王ではないのですね」

「非常に口が回るのだな。相手をおだてるのが上手いと見た……さて」



 マッカーソンが持ち出してきたのは、滑車がついている箱である。




「バスティリアの商人と聞いて、真っ先に紹介したかった魔道具がこれだ」

「滑車がついているということは、走るのですね。一体何に使う魔道具ですか?」

「倉庫に入る侵入者を排除するのだ。泥棒は勿論、鼠も退散できる。巣まで潜り込んで殲滅するぞ」



「……ああ、鼠ですか。巣まで殲滅するとなると、相当な攻撃力ですね」

「ガーディンでは全ての食料庫にこれを配備し、あらゆる被害から守っている。既に実績もある素晴らしい魔道具だ。バスティリアでは鼠の被害に悩まされていると聞くぞ?」

「そうですね、確かに鼠は厄介です……」



 その後に続く言葉をスコルは飲み込んだ。何故ならそれを言おうものなら、マッカーソンの気に触れることは明白だからである。



「……確かに厄介ですが、民が知恵を振り絞って対処していますよ」

「この魔道具を配備しておけば、苦労することなく対処できるぞ。効率は何事においても重要だろう」

「仰る通りです……まあ自国においても、労力を節約したい者はいるでしょうし。一つ持ち帰った上で検討しても構いませんか?」

「よろしく頼むぞ。ちなみに、値段は6万ゴールドとなっている」

「……」



 用途が限定されている割に高い――スコルはすぐにそう判断したが、声には出さない。



「……良心的な価格ですね。ガーディン王国の素晴らしい魔道技術が、たったの4万で堪能できるなんて」

「はっはっは、その通りだ。バスティリアにおいても、魔法を使える者は僅かだと聞く。魔法で生活が便利になる感覚を堪能してほしいものだな」


「そうですね……確かに我が国には魔道技術が浸透しておりません。少しでも恩恵を受けられればと思って、今回商談を提案させていただいたのですから」

「互いに益となる結果になることを願おうよ。では次に移ってもいいかな?」

「承知しました。次は一体どのような魔道具が登場するのやら」



 この後もマッカーソンとスコルの商談は進んでいく。その最中、スコルはかなり気を張り詰めており、マッカーソンの機嫌を損なわないように必死だった。

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