第18話 白猫令嬢は子どもと触れ合う

 その後とんとん拍子で物事は進んでいき、一週間後にはミリエルが初めて結界魔法の仕事をする日がやってきた。


 最初は城塞より北にある小さな村で行うことなった。住んでいる数こそ少ないが、人目があることには変わりない。ミリエルはとても緊張していた。




「お待ちしておりました、アルフレッド様。そして、そちらがミリエル様ですね」

「はい……今日はよろしくお願いします」



 村長に出迎えられながら、ミリエルは尻尾を盛んに動かす。緊張が一周回ってしまって、逆にわくわくしているのだ。



「は、早く結界魔法をやってしまいましょう。ふう~」

「ミリエル嬢、緊張しているのはわかるが落ち着こう。焦っても良い魔法はできないぞ」

「その通りでございます。まずはわしの家に上がって、お茶を飲んで一息つきましょう」

「は、はい……そうします。落ち着くように頑張ります……」




 村長の計らいもあり、どうにかミリエルは落ち着くことができた。そして結界を展開する場所まで移動する。




「ここを中心に、直径約20キロメートルを……改めて考えると結構広いですね」

「でもアメリさんに任せれば楽々ですよ。そうでしょ?」

「はい、只今準備いたしますので少々お待ちを……」



 チカにも協力してもらいながら、アメリは魔法を組み立てていく。柵に沿って術式を起動させ、大気に溶けて見えなくなったら準備完了。



「今展開した結界には、魔力が込められていません。ミリエル様が魔法を使うことで、初めて起動するのです。ですがこれは訓練であることをお忘れなく」

「自分の中に眠る魔力を引き出すように、とのことでしたね。どうですか、引き出しはパカパカ開きそうですか」


「チカ、たとえが雑よ。貴女それでも私の妹なの」

「姉妹だろうが似ないこともあるんですぅー!」



「ふふっ……今のチカさんとアメリさんを見ていたら、何だか安心してきました」

「本当ですか! お役に立てて何よりです!」


「では早速やってみますね……アメリさん、ご指導お願いします」

「任せてくださいな」



 ミリエルは空の結界に向かって手を伸ばし、そして魔法を使う。



 彼女から放たれる魔力が結界に注がれていく。それはほんのりと輝きを帯びていて、魔法に詳しくなくても目視できた。



「ここに住んでいる皆様を、悪い魔物からお守りします……」



 自分の結界が形を作り、そして魔物を退ける様をイメージする。途中で集中しすぎて魔法が途切れそうになるが、その時はアメリが声をかけて引き戻した。



「ミリエル様、魔力が強くなっております。このままでは息切れしてしまいますよ」「わっ、ありがとうございます。ふうー……均等にするというのも、結構気を使いますね」

「実は最大出力を出すことより難しく、そして重要なことだったりします。引き続き頑張っていきましょうね」

「はい、よろしくお願いします!」





「いやあ……素晴らしいですな。お話を最初聞いた時はまさかと思いましたが、実際目の当たりにできるとは」



 アルフレッドは一歩離れた場所から、村長と共にミリエルの様子を見ていた。同時に結界が広がっていく様も見上げて、感嘆している。



「……あまりミリエル嬢にしたくない話をしてもいいか?」

「はい、わしでよければ聞きますよ」

「ありがとう。正直言って俺は喜んでいるんだ。ミリエル嬢が結界を張ってくれることで、結界魔法に割いていた予算が浮く。それで財政が良くなるだろうからな」

「ああ……シュターデン領にとっては、喫緊の問題ですからなあ」



 長年続く魔物との戦闘により、シュターデン領は赤字ギリギリの財政状況が続いている。しかし国防の要であることには変わりないので、王国が予算を割いて何とか維持しているのが現状だった。


 だがその額もかなり大きく、国政の負担となってしまっている。アルフレッドはその負担を申し訳なく思っており、予算を削減できないかと悩んでいた。



「次の報告書には、良い内容を書くことができそうだ。こちらに回す予算が減れば、父上も動きやすくなるだろうからな」

「本当に父上思いですな、アルフレッド様は。たまに自分を労わってもいいとは思いますが……」

「父上は俺を信頼して、このシュターデン領を託してくれたんだ。それを裏切るわけにはいかないよ」

「左様でございますか。どうか無理だけはなさらぬように……」



 村長は咳払いをした後、気になる話だと前置きして違う話を持ち出す。




「実はアルフレッド様。ミリエル様が光魔法を使えるという話は、わしが知っているだけでも、結構皆の間に広がっているのです」

「そうなのか……人の噂は早いと言うが、その通りだな。牧場で使った時に言論統制をすべきだったか……」


「ですが不思議なことに、その話を信じる者はほとんどいません。だからわし達の生活には、特にこれといった変化はありませんよ」

「……ふむ、一理あるな。稀にしか生まれない獣人に加え、これまた稀にしか出現しない光属性だからな。できすぎた話だと思わなくもない……」



 光魔法を使える者として、ミリエルが外部から狙われる危険性を考えたアルフレッド。しかし信憑性のない話として出回っているのなら、そこまで厳しく警戒する必要はないと思い直す。




「だが今後結界を多く張っていけば、噂の信憑性が増して、変な行動を起こす者も出てくるかもしれないな……」


「警戒しておくに越したことはないか。近衛を増やす、いや俺自身が近衛になればいいのでは」

「ミリエル様が心配なのはわかりますが、無茶なことを仰らないでください」



「……ん? あっ、こら待ちなさい!」



 村長とアルフレッドの前を、子どもが走って通り過ぎていく。村長の制止も聞かずに行ってしまった。



「今の子は?」

「わしの孫娘ですじゃ。ミリエル様がいらっしゃるから、今日は外で遊んでいなさいと言っていたのですが……やれやれ」





 その孫娘はと言うと、ミリエルに近づいていき、彼女の猫耳や尻尾を興味深そうに眺めている。



「……あら、子どもさん……? こんにちは」

「この方はガーディン王国第一王子アルフレッド様の婚約者、ミリエル様ですよー。とっても素晴らしい方なんです」



「……頭のお耳に、細長いしっぽ。獣人、初めて見た」

「そ、そうなんだ……」



 ミリエルは様々な人との接触を想定してはいたが、子どもは一切考えていなかった。そもそもあまり子どもと関わる機会がなかったので、想定しようにも情報不足だったのである。


 純粋なのか嫌味なのかよくわからない反応をされて、ミリエルは戸惑う。しかし次の瞬間、孫娘はにこっと笑ってみせた。



「お耳もしっぽも、お顔も可愛い。獣臭いとか汚いとか、そんなのデタラメだね!」

「……!」



 笑顔でそう語ったかと思えば、今度はむすっとした表情で家の裏手を睨む。




「ほら、何してんの。あたしはここまで近づいたよ。あんたはまだそんなとこでこそこそしてんの?」

「いっ……!」



 視線の先には少年が一人いて、家屋に隠れ必死に様子を伺っていた。


 だが孫娘は、そんな少年を強引に連行し、ミリエルの前に連れてくる。



「さあどうなの? あんた、光魔法は見てみたいけど獣臭いのは嫌だって、そう言ってたよね。そんなの実際に近づいてみないとわからないでしょ? どうなの?」

「……」



 少年はかなり嫌そうな顔をしていたが、ミリエルのそばに何秒か立つと、徐々に表情が和らいでいく。



「……いい、匂いがする。お菓子みたいな甘い匂いで、おれこういうの好きかも……」




「色目使ってんじゃないわよバカーッ!!」

「うげえーっ!? ……感想を言ったのになんで蹴られんだよ!!」



 子ども特有の純朴さが混ざったやり取り。ミリエルはそれを見て、張り詰めていた心がほぐれていく。



「ふふっ……いい匂いがするって言ってくれてありがとう」

「いっ!?」



 ミリエルはあえて少年と距離を縮め、目を合わせてお礼を言った。少年はもっと顔を赤らめ、緊張から汗が止まらなくなる。



「あああああっ、あのっ、そのっ……!」

「うん、どうしたの?」



「……獣臭いとか言って、ごめんなさい……ミリエル様、とっても素敵だ……」

「えへへ、ありがとう。本当にありがとう……」



 少年はたった今獣人への誤解が解けたところだが、それもミリエルがこの村に来なければ、叶わなかったことである。


 恐れずに前に出てみれば、自分の境遇は変えられる。ミリエルはそんな勇気を胸に抱くのだった。




「少年よ。彼女は俺の婚約者だ。将来俺に妻になる女性に対し、色目を使ったと言うのは本当か」

「何で子どもの冗談を真に受けているんですかアルフレッド様」


「わたしの一番はいつでもアルフレッド様ですよっ」

「……そうか。そうか、ありがとう」

「そしてミリエル様の素敵な返し方である……!」

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