第7話 白猫令嬢と光魔法
メイド達への挨拶回りが終わった後、今度は演習場へ向かう。そこでは騎士達が訓練に勤しんでいた。
「魔物と戦えるように、日々訓練を重ねているのです。もっとも手慣れの騎士は、現在アルフレッド様と共に出陣しておりますが……」
「す、凄い気迫ですね。壁越しからでも声が聞こえてきます……」
重い鎧を身に着けながら、剣の素振りを何回も行う。想像以上に大変そうな訓練風景を前に、ミリエルは思わず手を合わせて感謝を示す。
「シュターデン領を突破されたら、王都にまで魔物が攻め込んできちゃうんですよね」
「その通りです。ですが我々の力に対し、魔物の力が上回っているようで……侵入を許してしまうことも、最近は増えてきました」
「ミリエル様が昨日遭遇された、ワイバーンに連れられてきた魔物共とかですね。空を選ぶならシュターデンより北を通ると思っていたんですがねえ~……」
「魔物達は村を襲ったりしないのですか?」
「村などには結界魔法を展開していて、それが侵入を防いでくれています。あと王都近辺にも結界は張ってあるので、そう簡単に人間を襲うことはできませんが……油断はなりません」
「集落をつなぐ道には張られていないことが多いですからね。攻撃され続ければ壊れちゃいますし。益々魔術師達には力が求められるってわけですよ」
チカは演習場から少し離れ、奥に続く扉の前まで移動する。
「ここから先は、そんな魔術師達の研究棟となっております。こちらも見学してまいりましょう」
「研究棟……一体何があるのでしょうか」
研究棟に入った瞬間、ミリエルは肌にぴりっとしたものを感じる。魔法を日常的に扱っているからか、空気感からして違うようだ。
「はあ……この場所には魔力が結構立ち込めているんですね」
「えっ? ミリエル様、魔力を肌で感じられているのですか?」
「そ、そうなるんでしょうか……? とにかくピリピリしています」
ジャンがミリエルの発言に目を丸くしていると、研究棟の奥からローブ姿の女性が姿を見せる。
「こんにちは。お噂は聞いておりますよ、ミリエル様。私は『アメリ』、シュターデン軍で魔術師をやらせていただいています」
「アメリさん……よろしくお願いします。わたしはレーシュ家よりやってきました、ミリエルと申します……」
ミリエルはスカートの裾をつまんでお辞儀をする。アメリはその様子を微笑ましく見守っていた。時々視線が猫耳や尻尾に向かっていたが。
「ふふふ……耳と尻尾がぴょこぴょこ動いていて、とっても不思議。一体どのような仕組みなのか……」
「あ、あの……?」
「ストーップ! お姉ちゃん、ミリエル様はまだまだ緊張してらっしゃるんだから! 獣人の研究だなんて物騒なことはしちゃだめだよ!」
「あらあら、考えを見抜かれてしまったわ。流石私の妹ね」
「チカさんのお姉様……」
言われてみると、アメリもチカと同じレットタビーの髪色をしている。ロングヘアーとショートカットという違いはあったが。
「えっと、チカさんにはとっても良くしていただいています。ありがとうございます」
「まあ、私は何もしていないのにお礼を言われるだなんて。聞いていた通りの優しい方なのですね」
「そうなんですよ! ミリエル様は私の素敵なご主人様です!」
「ふふふ……」
アメリは笑っていたが、周囲を見回すと真面目な顔つきになる。
「それで、研究棟には見学というところでしょうか。でも大半が部外者立ち入り禁止になっていて、ミリエル様にお見せできるようなものは何も……」
「いや、アメリ殿。魔力検査をミリエル様に行っていただくことは可能でしょうか」
ジャンは割り込むようにしてアメリに提案する。彼女は目を丸くした。
「それぐらいならできるけど……レーシュ家は伯爵位でしょう? もう終わらせているのではなくって?」
「それはその……検査をする前に両親が亡くなってしまって、結局やっていません……」
「なんてひどい……それなら今すぐやってしまいましょう。でもジャン、一応提案した理由を聞いてもいいかしら?」
「はい……ミリエル様は先程、この場所には魔力が立ち込めていると仰られました。大気中の魔力を五感で感じ取れるのは、魔法の適性が高いことを示しています」
「えっ?」
「ジャンの言う通りね。これはますます検査に身が入るわ……」
ガーディン王国では、10歳になると魔力検査を行う。魔法を扱う適性や属性の傾向など、個人に宿る魔力の質を調査するのだ。
しかし獣人は10歳になったとしても、検査を受けられない。魔法は神からの賜り物という考えを前提に、獣に近づいている獣人は神から見捨てられているので魔法が使えない、というのが検査を拒否される根拠となっている。
ミリエルの両親は検査を受けさせようとしていたが、その前になくなってしまったため、彼女もその常識に囚われることとなってしまった。
「ではミリエル様、こちらにどうぞ」
「は、はい……緊張します」
「難しいことはいたしませんので、ご安心ください。よろしければ私が手を握っていましょうか?」
「はい、お願いしますチカさん……」
アメリの研究室に案内されたミリエル達。ミリエルはソファーに座ると、アメリから大きい鏡を見せられる。
「検査方法は簡単で、この鏡に手を押し当てるだけです。数秒待つと波紋が現れるので、その色と波の大きさで適性を判断します」
「わかりました。よ、よーし……」
深呼吸をして間を置いてから、ミリエルは右手を鏡に押し当てる。
数秒後、鏡面に波紋が現れる。目を凝らさないと確認できないほど小さい波だったが、色は美しい白であった。
「綺麗な白色……これがわたしの適性なんですね。属性は何になるんですか?」
「……光属性。大神フェレンゲルの加護を受けた者しか操れない、特別な属性であります」
「へっ?」
ジャンは動揺した様子で、アメリやチカに尋ねて回る。口調は早口で声量は少し大きい。
「神の加護を受けている時点で、魔力量が低いなんてことはありえないはずだ。なのにどうしてここまで波が小さいんだ……!?」
「ひどい扱いを受けてきた、というのが原因だと思う。魔法の訓練を受けられなかったのと、自分は魔法は使えないという思い込み。二つが合わさって、自分の力を制限しているのだわ」
「それなら今からでも訓練すれば、ミリエル様は光魔法が使えるってこと!?」
「その通りよ、チカ。獣人は魔法が使えないっていうのは、全くの嘘だったってことね」
「聞きましたかミリエル様! すっごい魔術師のお姉ちゃんが言うんだから間違いないです!」
チカは興奮冷めやまぬままに、ミリエルに近づき両手を包み込む。しかし当の本人は、事の大きさがあまり理解できていない様子だった。
「そ、そんなにすごいことなのですか? 魔法は勉強さえしていけば、どんな人でも全ての属性を扱うことができると聞いています……」
「そうなんですけど光魔法だけは例外です! これはどうしても資質が必要なんです! その資質を持っているミリエル様は素晴らしいお方です!!」
「その資質というのが大神フェレンゲル様のご加護、ということですよね……」
「この世界を造られたとされる偉大なる神であります。獣人は神に見放されたと言われていますが、現実として獣人のミリエル様には、神に最も近い光魔法の適性がある」
「あまりにも両極端すぎる内容……誰かがわざと噂を広めたようにも思えてくるわ」
「……」
自分の存在を肯定してほしいとは常々思っていたが、まさか大神にまで肯定されるとは考えもしなかった――
そう考えるミリエルだが、扉を勢いよく開ける音を聞いて現実に戻った。
「ちょっ、ノックぐらいしてから開けなさい!」
「申し訳ありませんでした!! ですが今は緊急事態でして!! ジャン、いますぐ広間に来てくれ!! アルフレッド様が大変なんだ!!」
「アルフレッド様が……!?」
飛び込んできた情報に、ミリエルの心臓が止まらない。せっかく自分を受け入れてくれた婚約者を、失うのではないかという恐怖が襲ってきた――
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