第6話 白猫令嬢とメイド達
そして翌日。ミリエルはジャンの案内で、シュターデン城塞を見学することになった。本来ならアルフレッドも同行する予定だったが、魔物の襲撃という急用が入ってしまった。
「全く、魔物というのは本当に空気を読んでくれませんね。よりにもよって今日襲撃することはないでしょう」
「騎士団の皆様だけでは対処できないのですか?」
「魔物の襲撃頻度に対して、騎士団の補給や回復が追いついていないのです。こちらの損害が癒えないうちに、新手がやってくる。殿下が直々に出ていかないと、手に負えなくなってきているのが現状です」
ジャンは悩ましい表情で、ミリエルに現状を伝える。
「ミリエル様……アルフレッド殿下の婚約者になるにあたって、どうかシュターデン領の現実を知っていただきたい。少なくとも王都にいた頃より優雅な暮らしはできないでしょう」
「平気です。王都にいた頃も、優雅な暮らしなんてさせてもらえませんでしたから。それに何があっとしても、アルフレッド様のおそばにいたい気持ちは変わりません」
「……失礼いたしました。貴女様のお気持ちも考えず、勝手なことを言ってしまって……」
これまでやってきた婚約者は、全員がシュターデン領に馴染めず嫌がった。そのためジャンは、前もって説明することで相手の反応を見ていた。
その癖が抜けていなかった。ミリエルは疑うことなく優しい人物であるのに勘繰ってしまったと、ジャンは反省する。
「ただいま戻りました! ジャン君、私の代わりにミリエル様のお側にいてくれてありがとう!」
「ふしゃあー!」
「気にしなくていいよ、チカ。ぼくもミリエル様とお話する時間ができたからね」
「チカさん、それから『まーちゃん』もお帰りなさい。いいカーテンは見つかった?」
「にゃ~」
「ばっちりって言いたそうな顔をしていますね。もちろんその通りで、白くて上品なのを見つけてきましたよ~!」
ミリエルはマヌルネコの名前を呼びながら膝に誘導する。昨晩チカと二人で考えてつけた名前だ。
「にゃおんっ」
「この子が昨晩殿下が話されていたマヌルネコですか。図鑑で見るより毛がもさもさしていますね」
「とってもあったかいんですよ。ジャンさんも抱っこしてみます?」
「にゃっ……」
まーちゃんはミリエルの膝上で固まり、抱っこに拒否の姿勢を見せている。
「そ、そんな顔をしなくても……もしかして、私に抱っこされるのが嫌だとか……?」
「にゃんっ」
「ん~と……『今はそんな気分じゃない』、でしょうか?」
「言葉がわかるのですか、ミリエル様?」
「完全にってわけじゃないですけど、何となく……同じ猫だからだと思います」
「でもねまーちゃん、わたしこれからジャンさんと城塞の見学に行くの。このまま膝に乗られていたら動けないよ……」
ミリエルがそう言うと、まーちゃんはするりと降りていく。
「なんと言う物わかりの良さ……やはりミリエル様に対しては態度が違いますね。猫という共通点がある以上、当然ではありますが」
「そうだ、まーちゃんも一緒に来る? 皆に挨拶しておくのもいいんじゃない?」
「にゃにゃー」
まーちゃんは返事をした後、ミリエルのベッドまで向かい、その上丸まってしまった。どうやらまだくつろいでいたいようだ。
「まーちゃん様は行かれないということで……チカはどうする? そのまま作業を続けるのか?」
「ん、いや私も行きますよ! 他のメイド仲間に、ミリエル様のこと紹介したいと思っていたんです!」
チカはカーテンを広げる作業を一旦止め、ミリエルの隣にやってくる。
「よし、皆揃いましたし行きましょうか」
「よろしくお願いします!」
王侯貴族においては、寒くなったら屋敷全体を温めるのが常識となっている。金に物を言わせて魔道具を稼働させ、廊下の隅まで快適にするのだ。
しかしシュターデン城塞は、主要な部屋にしか魔道具が置いていない。廊下に出ると冷たい空気が肌を襲ってくる。
「ひゃあっ、風が……」
「隙間風ですかねー。うーん、壁を直しても直しても出てくるなあ……」
「なら一刻も早く暖かい部屋に入るとしましょう。こちらへ」
ジャンはある部屋の前で立ち止まる。そこの掛け看板には『使用人控え室』と書いてあった。
「ここにはチカの同僚が待機しています。昨日は早々に休んでしまったので、今日改めて挨拶をしましょう」
「ごくり……緊張します……」
「そう肩肘張らなくても、全員ミリエル様の家臣なんですから。大丈夫ですよー!」
チカが率先して扉を開き、ミリエル達はそれに続く。中にはチカと同じ服装をしたメイド達が多数いたのだが――
「み、皆様お仕事中でしたか……? 失礼いたします……」
「あっそれ……ミリエル様のドレスじゃないですか! 私一人でやろうとしたのに!」
「えっ?」
「こんにちは、ミリエル様。それとチカもお疲れ。貴女がやろうとしていた仕事、今やっておいたよ」
「本当はさりげなくやっておこうとしたのに。でも大丈夫です、見られた物は仕方ありません」
メイド達は中央にあるテーブルを囲んで、はさみと針を手に縫い物の真っ最中。
服に穴を開けそれを補強する工程を黙々と行っていた。その服は紛れもなくドレスであり、穴の場所もミリエルの尻尾の位置と一致する。
「こんなたくさんのドレス全部に……わたしの尻尾の穴を……」
「本当は最初から穴が空いているのがいいんですけど……今のシュターデン領ではこれが精一杯なんです」
「いいえ! わたし、穴を開けてもらえるのでも、十分幸せです……! ぐすっ……」
思わず泣き出してしまったミリエルに、チカはそっとハンカチを差し出す。
「ぐすっ、すみません……めそめそ泣いてしまって……」
「いいんです、感情を存分に発散させてください。ここでは誰もそれを咎めませんよ。ねえ皆?」
「ふふっ……そうですね。私達はミリエル様に誠心誠意お仕えします」
「チカからお話は聞いていますよ。アルフレッド様のお傍にいたいと言ってくれたと……あの方にここまで寄り添ってくれたの、貴女が初めてなんです」
「そ、そうなんですか……?」
「はい。だから私達、ミリエル様には感謝しているんです。アルフレッド様のお傍にいてくださり、本当にありがとうございます!」
「そんな……感謝するのはわたしの方なのに。獣人のわたしを受け入れてくださって……」
「ミリエル様、こちらで涙をお拭きになってください。大丈夫です。ここでは誰も獣人であることを咎めませんから……」
「ひっく……あ、ありがとうございます……」
それからもミリエルはメイド達に話しかけ、楽しく交流を深めるのだった。
その間、ジャンは年配のメイドに近づき話を聞く。
「今回は皆活き活きとしているな。普段は婚約者がいらしても、上辺だけ取り繕っているのに」
「最初は皆そうだったんですよ。どうせ今回も同じだろうって。でもチカがアルフレッド様との出来事を話してくれて……それで思い直したんです」
「なるほど……」
ミリエルの優しさにアルフレッドが惹かれたのと同じく、メイド達もまた衝撃を受けたということだろう。
「ミリエル様は気にしておられますが、性格の良し悪しに獣人かどうかは関係ないです。我々はミリエル様の人となりに感銘を受けたのですから」
「アルフレッド様もそう仰られていた。ミリエル様はやはり、とてもお優しく人を惹き付ける性格をしていらっしゃるのだろう……」
「それに、話を聞いた途端メイド長が張り切っちゃって。メイド長を元気にしていただけた感謝も含まれているかな……って思いますね」
「そうか、あの方が……だが今は姿が見られないようだが」
「ミリエル様は味の濃いものは苦手というお話を受けて、お口に合う食材を買い出しに行きました。昨日までの仕事全部投げ出してまでですよ?」
「そうだったか。考えれば、あの方はそういう性格だったな……ふふっ」
ミリエルがやってきただけで、メイド達に活力が戻ってきたらしい。ジャンはそれを実感すると、思わず微笑みがこぼれてしまうのであった。
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