第2話 白猫令嬢の専属メイド

 こうしてミリエルはアルフレッドに抱きかかえられ、乗ってきたものとは別の馬車までやってくる。そこで待機していた人物が、彼の姿を見ると一目散に駆けつけてきた。



「アルフレッド様、そちらの方ですね! 私が今後お世話をするのは」

「その通りだ、チカ。早速だが彼女は怪我をしている。治療をしてくれないか」

「承知いたしましたー!」



 アルフレッドはミリエルを馬車内に横たわらせながら、レッドダビーのショートカットが特徴的なメイドに話しかけていた。




「改めまして、私はチカと申します。これから先ミリエル様のお世話を担当させていただきますので、よろしくお願いしますね!」

「よ、よろしくお願いします……?」



 ミリエルはチカに対して、強い警戒心を抱いていた。レーシュ家にいた頃も使用人に世話をしてもらっていたのだが、誰もが揃ってミリエルに近づきたくない態度を見せていた。


 しかしチカはそのような様子がなく、好意的に接してくれている。裏表が見えないからこそ、逆に勘繰ってしまう。



「では早速治療をば! どの辺りを怪我されているんです?」

「到着して早々、尻もちをついてしまった。加えて御者から、腹に鞄を投げられている」

「ちょっと、女性はお腹を大事にしないといけないんですよ! 何考えてんですかその方!」

「女性……」



 チカの発言一つひとつを、瞬きしながら聞き入るミリエル。



「ていうかお腹を診るにあたって、一旦ドレスは脱いでもらわないといけませんね。アルフレッド様は空を見ていただけると助かります!」

「ならばミリエル嬢の荷物を取りに行ってこよう。加えて御者が逃げていったせいで馬車が取り残された。その処理もしなければ」

「まさか、アルフレッド様に恐れ慄いたんですか? ことごとく無礼な輩が担当になったんですね」



「何よりも不幸だったのは、そいつに連れられてきたミリエル様ですよね……でも大丈夫です! ここから先はアルフレッド様に加え、私も一緒ですから!」



 チカは馬車のカーテンを閉め、手際よくミリエルの処置を進めていく。その間、ミリエルは緊張から固まってしまい、呼吸もかなりの頻度で止まっていた。



「うえっ、けほっ……」

「ああっ大丈夫ですか!? 軟膏が染みましたか!?」


「いえ、そうではなく……とてもドキドキしてしまって……」

「あはは、それもそうですよね! 初めての人に初めての場所ですもん!」



 チカが処置をしてくれたおかげで、ミリエルの痛みは引いていった。同時に温かいものが心に溢れていく。



「あの……さっき、わたしのこと女性って……」

「ミリエル様はどこからどう見ても可愛らしく美しい女性ですよ!?」

「でも、わたしは獣人です……耳と尻尾が生えています……」


「ああ、王都の獣人差別を気にしていられるのですか? あれ本当嫌になりますよね~。でもここは王都ではないので、そんな差別はないですよ! あったとしてもアルフレッド様や私がどうにかします!」

「……」



 ここまで力強く差別を否定してくれる人物に、ミリエルは初めて出会った。自分が認められていく嬉しさから、白い尻尾が無意識にぶんぶん動く。



「きゃっ、尻尾が……」

「ふふ、尻尾が動くのもまた可愛らしい……ん? 尻尾? そうだ尻尾があるから……失礼いたします!」

「きゃあっ!?」



 何かを閃いた様子のチカは、ミリエルの腰上部にある、尻尾の付け根を触る。それからミリエルが着ていたドレスも触れていく。



「ど、どうされたのですか……?」

「いやね、尻尾がちょっと不自然だなと思いまして。本当は真っ直ぐなはずなのに、何だか直角に曲がっているようで……とうっ!」



 チカは下げていたポシェットからはさみを取り出し、そしてミリエルのドレスに躊躇なく切り込みを入れた。



「これでばっちりなはずです。さあ着替えましょう!」

「は、はい……!」




 てきぱきとチカに手伝ってもらい、ミリエルは再びドレスに身を包む。王城に行った時から変わりない、地味な印象を与える白いドレスだったが――




「わあ……!」



 チカが切り込みを入れてくれたおかげで、ちょうど腰上部に穴が空いた。そこから尻尾を出すことができ、これで自由に動かすことができる。


 ミリエル一旦馬車から降り、軽やかに動いて尻尾が自由に動かせる喜びを堪能していた。それほどまでに嬉しかったのである。



「まあ今できる応急処置って感じですけど……でもスカートで圧迫されちゃうよりは、遥かにいいと思うんです!」

「はい、とっても苦しくないです……! ありがとうございます! ううっ……」


「ミリエル様、こちらハンカチになります。お使いください!」

「ありがとう……ございます……」



 今まではわざと大きいスカートのドレスを着せられ、尻尾を隠すことを強要されていた。しかし今は尻尾を出しても許される。


 このような優しさを向けてくれたのは、両親以外に存在しなかった。初めて両親以外からの優しさを受けて、ミリエルはとても幸せな気持ちになったのだった。




「おや……治療は終わったのか。とても元気なようで、何よりだ」



「アルフレッド様! お帰りなさいませ!」

「わっ……アルフレッド様っ」



 チカが元気よく挨拶をした後に、ミリエルもおずおずと頭を下げる。



「ミリエル嬢、目が充血しておられる。何かあったのか?」

「えっと……チカさんが、ドレス尻尾の穴を空けてくれたんです。それが嬉しくて……」

「そうか……それは何よりだ」



 アルフレッドはぎこちない笑顔を浮かべて頷く。そして彼は馬車の扉を開け放ち、ミリエルに先に乗るよう促す。



「お先にどうぞ、ミリエル嬢。今からこの馬車は領主館へと向かう。そこが今後生活していく場所となる」

「は、はい……よろしくお願いします」



 かしこまった物言いに、思わず生唾を飲んでしまうミリエル。不安は全て拭いきれてはいないが、少しは安心に変わっていた。

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