〈13-2〉
この気まずい空気を含めて、誠は既に熱くはない紅茶をゴクッと飲み干した。
「それで、この世界の神様がその勇者の1人って話なんだよね…シノノメから聞いたんだ」
「ああ、だから…会いたいなんて思うのはとても危険なんだ」
「父さん、僕は」
「―――ッウェイン!」
サイラスは大声で興奮気味に立ち上がる、驚いてかたまってしまった息子を視界に入れるとハッと我に返った。困ったように眉を潜め、ごめん、と呟く。コーヒーを少し残したまま、マグカップはテーブルに戻された。静かに腰を降ろす。
「…私達の暮らしぶりを見たらわかるだろう、人間を極力避けている。もちろんここには人もいる…だが種族関係なく皆、ひとりひとりを家族だと思って一緒に過ごしているんだ。もう、誰も失いたくない。お前の事も、もう二度と、あんな」
互いに顔を上げる、二人の視線が絡み合った。
「ウェイン?」
「教えたくない、つまり…神様にあえるって事だよね」
「それは」
「父さんの気持ちは、不安は、凄くわかる…だけどっ――――」
誠は飛び掛かるようにサイラスの両腕を力強く掴んだ。ガラン、とついさっき座していた椅子がひっくり返る。互いに見開かれた黄金の瞳が、真っ直ぐそれぞれの感情を乗せたままかち合う。
「―――僕はっ…どうしても!神様に、会わなきゃならないんだ!」
そうしなければ、自分がどうなってしまうかわからない。
だって、明らかにこの転生はおかしいじゃないか――誠として記憶を引き継いだまま、このウェイン少年の体に入ってしまった。周りにどう接したらいいかわからず、さらには魔族という立場はここでは迫害されている。また怯えながら暮らさなければならないこの現状は前世と全く変わらないのだ、息苦しい不穏の圧を感じた誠は切迫していた。
「ウェイン…お前…どうしたんだ」
サイラスは狼狽え、自身の息子であるウェインの頭を静かに撫でた。
「理由は…今は言えない」
きっとサイラスの人柄から転生の経緯を伝えても、ネガティブな展開にはなりにくいかもしれない。でも、きっとガッカリさせてしまうだろうとも考えた。
「神様はどこにいるの?…お願いだよ、教えて欲しいんだ」
ハッキリした口調で、視線を逸らすことなく懇願した。
「―――うん…まいったな」
サイラスは沈黙後に肩を竦め、困ったように笑う。そして息子の両手を掴んでゆっくり体ごと引き離す。
「こんな風にお前が…必死にお願いをするだなんて。長い間では初めてだ」
サイラスは言いながら立ち上がり、散らかったテーブルを片付けながらメモ帳や資料を端に寄せていく。下敷きになって潰れた若草色の煙草のパッケージが発掘される、形を整えながら手に取り底を指で叩く。1本を引っ張り出すとそれを咥えた。自身と同じアイカラーのジッポで先っぽに火が灯り、肺が膨らみ煙が吐き出される。甘ったるい匂いがした。
「目を覚ましたかと思えば記憶がないという…雰囲気まで違った。正直息子と話しているというよりは、まったくの別人のように感じていた」
誠は核心に迫るその言葉に一瞬目を泳がすが、黙って冷静にサイラスを見据えた。
「でもやはり、お前は私達の息子だな…一度何かを決めたら絶対に折れようとしない。その感じはシャーロットにそっくりだ」
人差し指と中指に挟まれ煙草は緩やかに煙りを揺らした、机上に地味に存在していたクリスタル灰皿をもう片方でたぐり寄せると中心で一気に擦る。
「私が喋らなくても、お前は探し出してしまうんだろう?それで無茶な事をされても困る」
「父さん」
「アレの居場所は教えよう。だが、絶対に1人では行くな…約束しろ」
サイラスは真顔で、念を押すように誠の胸を指し示す。誠はそれに深く頷いて、承諾した。それからサイラスは戸棚の方へ歩き出す、そこから引き戸を開けると表紙が色褪せ劣化した分厚い本が取り出される。埃はかぶっていないようだった。
「冒頭が…場所に関する記録の一部だ」
サイラスは椅子に座り直すと厚みのある表紙をめくってき、誠はコケた椅子を立て直すと同じように腰掛けた。サイラスは主要なページを開いて手渡した。
「少し無駄な事も書いてあるが…知りたい事は全て書いてある」
誠は記録ページに視線を走らせる。
◆サイラスの記録
――――――――――
No.1
タチキリ草の花が咲き乱れる緑の丘で偶然見かけた、あの勇者の男を。彼は仲間を従わせながら神だと名乗る少女から巨大な光を奪い取ったかのように見えた。いや、力?そして彼は地上に仲間を残したまま、忽然とその姿を消し去った。残された仲間達は抜け殻のようにずっと空を仰いでいた、喪失状態の少女はいつの間にか居なくなっていた。恐ろしい、とんでもないものを見てしまった。
――――――――――
No.2
あれから幾年か経つ、人間と魔族との間に和平も一応結ばれたが…数の減った魔族達は相変わらず息を潜めている。そしてそれぞれ使役していたはずの人間達に紛れて怯えながら暮らすようになった、大人しくしていれば勇者達から狙われる事はないと学習したのだろう。だが、元々平和に暮らしていた我々からしたらとても残酷で理不尽な仕打ちを受けたのだ。この悲劇は、この先ずっと忘れられない。
しかしこうやって、外の空気をまともに吸えることに喜びを感じる。今日、久しぶりにあの場所を訪れた。あの日あれを見なければ、そこはただの美しい景色でしかない。湖もみえる。丘の上には勇者を称える3メートル程の石碑が造られていた。恐る恐る近付いて確認すると、花や菓子などの供物が置かれていた。どれも新しい、定期的に誰かが来ているのだろう。
――――――――――
No.3
もうここまでくると半分は好奇心だ、今度は夜に来た。そして驚いた、あの男の勇者があの時とまったく同じ姿で石碑の前で突っ立っていた。背を向けて顔はよく見えなかったが。大木に隠れながら様子を窺った。周りに飛び交う光は夜光虫か?目を凝らすともう1人いる、あれはあの時の少女だ。青白く光っていて不気味だった。手を繋いで並んでいる、仲違いしたように思えたのは気のせいだったのか?
――――――――――
No.4
暫く観察した結果報告。
あの男は、星の多く降る夜に現れているようだ。
私の大嫌いな冬の夜だ。
この前、目が合った気がしてすっとんで逃げた。これ以上の深入りは危険だと判断した。薬屋として人に紛れ、家族を養おう。平和に暮らせればそれでいいんだ。
――――――――――
サイラスは物思いにふけるかのように2本目の煙草を吸っていた、きっと普段あまり吸わないのであろう。途中むせて、咳き込んだりしていた。ウェインは最後まで目を通すと、顔を上げてサイラスを見つめた。それは期待に満ちた、シャンパンゴールドのような瞳だった。
――――流星群の日、この場所へ行けば、神に会える!
「この場所、どこにあるの?!」
サイラスは目頭を揉みながら、それはそれは深い溜息を吐いた。
「場所は案外近い、皆好きな呼び方をしているがこのへんでは
「ありがとう…あと、具体的にいつ行けば?」
「あー…星かい?今ぐらいの時期だったら、毎晩流れているさ」
飽き飽きしたような言い方だった、冷え切ったコーヒーを飲み干しながらサイラスは遠くを見つめ始めた。誠は打ち震えた、どんな結果になるかはまだわからない、怖い気もする――だがこれは、きっと僕がやらなければならない事。ファンタジーもオカルトもそこまで詳しくないけど、ジッとなんてしていられない。
前世を思い出せ、考える事をやめてはならない。行動しろ、そして今度は…あんな絶望に追いつかれてはならない!
誠は思い返しながら、膝に乗せた本の上でゆるく作った握り拳を震わせた。
「ウェイン」
分厚い本を膝に抱えたまま固まって動かないその様子に、サイラスから声がかかる。
「無茶するんじゃないぞ」
「わ、わかってる…1人では行かないから」
テーブルに頬杖をつきながら、サイラスは息子を眺めた。
「なに?」
「いやあ、お前がこんなに一生懸命うったえてくるなんて…子供らしい時期が短すぎたのもあるが…なんか、嬉しくてな」
少し涙ぐんでいた。色々と思い出させてしまったのだろう、罪悪感を覚えると適当に笑って誤魔化した。
「ウェイン、お前は私とシャーロットの息子だ。どんな風になっても、大切なんだ。それだけは変わらない」
どんな顔をしたらいいかわからずに頷いていた、サイラスは穏やかで優しい眼差しをしていた。それから少しして、ベロニカが食器を下げに来た。誠は外で鉢合わせないように、少しそのままダラダラ過ごし地図を受け取る。それから植物園を後にした。
屋敷内の廊下を歩きながら、誠は頭の中で言われた言葉を反芻する。サイラスの言ってくれた、大切な息子。ベロニカの言ってくれた愛してる。――なんだろうこの気持ち…とても羨ましい、これは嫉妬心?真っ直ぐ見つめられて言われても、それはウェインへの言葉だ。
誠はこの瞬間、自身を激しく嫌悪した。
―――僕って、なんだか気持ち悪い。
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