第13話 神様にあえる場所
屋敷正面、庭の左端。ドーム状のガラスに白い格子枠が鳥籠のように張り巡らされたこじんまりとした植物園がある。取り囲むように背丈を少し超える白い林檎の樹木が数本生えていた。
「あったかいね、外とはまるで違う」
誠は茶色い石油ストーブを見つめて呟いた、石油といっても形だけの事で実際の中身は違う。透けた小窓部分から覗くと中には火竜の鱗が入っている、これは金槌などで衝撃を与えると2日ほど燃え続ける代物だ。この世界では冬時期にこのように使われている。しかし便利だが消耗品である、1つ12000ジェームスもするらしい。
元々数の少ない貴重品なのだろう、完全に貴族相手の商売だ。聞いたところによるジェームスの価値、これは日本円と同じだった。なので紙幣や貨幣も親しみのある扱い方をされている。
「だろう?ガラス含めて外壁に空気調和の魔力が込められているんだ、だからここの植物達が暮らしやすい気温を自動で保ってくれているんだよ」
「父さんたちって魔法使える?」
「私は…はっ…はは、使えない。シャーロット少しだけ使える、けど魔族の力は魔法とは少し違うんだ」
サイラスは人間と魔族のハーフだ、見た目は若いままで寿命も長い。しかしなぜか魔族としての力も、通常の魔法の力も授かれなかったのだ。そうなるとただ魔族に分類されてしまっただけの一般市民であり、生き辛そうに思えた。
誠はなんともいえない気持ちになると、視線を一度泳がした。
「…ああ、風呂についてもだけど…そういう魔法を込める職人とか技術提供者がいるって事?」
「ああ、業者もいるし…よその世界から来た人間の中にそういう技術に長けた者がいたのさ。それから少しずつだけど、便利な世の中にはなってきたとは思うよ」
園内の個性的な植物たちは楽しげに葉を揺らしていた、空気も澄んでいる。魔法って凄い!と小並感で誠は思った。植物園の地下で。そう、森林浴しているわけではない。地下だ。石階段を降りた先が実質の作業場所となる。
白っぽい蛍光灯に照らされ、調合器具一式と青銅で出来た大きな錬金釜がある。錬金術師であるサイラスの母から譲り受けたものらしい。サイラスは少し身の上話を語った、人間の母親なのでもちろんこの世にはもういない…父は吸血鬼であるが妻の死に耐えかねて自害したらしい。ちなみにここはその両親から譲り受ける事となった思い出がたくさんつまった屋敷、このような重い話を明るい口調でサイラスは語る。金の秤に赤い小粒の実を乗せながら。
二人は打ちっぱなしのコンクリートの壁に囲まれ、その中央にある使い込まれた作業台の前に居る。その上には乱雑に積まれた本、フラスコ、すり鉢、専用台に差し込まれた試験管、ケミカルな煙を吐き続けるビーカー。とにかくゴチャゴチャしていた。近くにシンクもある、中は使用済みの容器でごった返している。
棚には息絶えたマンドラゴラが液体に沈む瓶、その他乾燥植物等様々だ。なんだか実験室みたい、作業するサイラスの隣に置かれた黒っぽいウィンザーチェアの上で誠は胸を躍らせた。
「失礼します」
背後から澄した声がした、ベロニカが食事をトレーに乗せて運んできたのだ。ふてくれた顔でジロリと誠を睨み付ける。やはりまだ怒っているのだろう。不可抗力だよ、と顔をゆっくり背けサイラスの瞳にSOSを送った。サイラスは、ただニヤついていた。
「これはサイラス様へ、いつものコーヒーです。それとこれは…ウェイン様の朝食ですね」
ベロニカは薄ら笑みを浮かべ、光のない瞳で顔を覗き込んでくる。まるごと置かれるトレーの所作に怒気は感じなかった、静かに、ソッと目の前に置かれた。誠は行儀良く膝に両手を置いていた。背筋を伸ばしたまま肩を震わせ目を合わさずに、白いカップに入ったカボチャのスープ、目玉焼きとベーコンが挟まれたトーストサンドを凝視した。飲み物に持って来られたのは香りの良い紅茶。
「やあ~ベロニカ…いつも有り難う」
コーヒーのマグカップを受け取るとサイラスはウインクをして愛想を振りまく。ベロニカは笑みだけは絶やさず、少し後ろに下がるとお辞儀をした。
「時間を空けて、また来ます…では」
「あ!ちょっと待ってくれないか」
直ぐに去ろうとするベロニカを咄嗟にサイラスが引き留める。散らかしたテーブル上に置かれた木の箱を1つ持ち上げると、ベロニカにそれを手渡した。
「これは?」
「乾燥してくるからね、皆に保湿クリームを作ってみたんだ」
ベロニカは箱の中身に視線を落とす、クリーム色の丸いブリキ缶が10個程入っている。使用人の人数よりあえて多めに作ってあるのだろう。成分は森でたまに見付かるらしい、保湿効果のあるアローエという植物だと説明していた。多分アロエの事だ、アロエヨーグルト好きだったなぁ等と思いながら誠はカボチャスープをスプーンで啜る。
「わぁ…ありがとうございます」
サイラスの突拍子もないナチュラルボーンなイケメンムーブに、ベロニカは目許を緩ませている。感激しているようだった。ウェインは確実にこの父親の子なのだと、サンドイッチを囓りながら誠は思うのであった。
そして足音が階段を駆け昇り、また2人になる。
サイラスが肩を小刻みに揺らし笑い出す。
「何か、やらかしたなウェイン。ベロニカをあまり泣かすんじゃないぞ」
「…別にそんなつもりは」
「どうかな」
サイラスがコーヒーを口に含みながら揶揄いたいようだった、なので誠は話題を本題へ移そうとする。
「そんなことよりも…父さん、さっき屋敷で話した続き。いいかな?」
これ以上の隙を与えない、真面目な声で見据えた。サイラスは横目でそれを一瞥しながら試験管にそれぞをれ薬液のようなものを数回に分けて混ぜている、そして手を止めた。傍らの鋲が打たれたコンパクトソファーを引きずり寄せると向き合って座る。
「それじゃあ、まず…我々魔族と人間達の関係についてだ」
小さく、頷いて返す。誠は皿の横に隠れていた紙ナプキンで口を拭うと朝食を終わらせた。
「この世界に、勇者達がやってくる前…魔族は人間達を蹂躙して生きていた。ちなみに私の父は人間を愛していたから、寧ろ寄り添って生活していたんだよ。」
「ずっと昔からって…たしかに関係修復は難しそうだ。でも、じいちゃん達は、やっぱ父さんの親って感じはするよね」
思ったことを自然と話した、それにサイラスは皺眉筋をおおげさに片方持ち上げてみせる。そして照れ笑いをした。
「あの頃、最高潮に傲慢だった魔族達にとって他の生き物よりも賢い人間は都合の良い家畜だった…奴隷にして働かせる事も出来たし、食料にする事も出来たんだ」
「父さん達は…その頃、どうしてたの?」
怖々した質問に、サイラスは吹き出す。
「そうだね…私の場合はハーフで、さらに人間の血の方が濃い。だから純血の魔族と違いそこまで血を求めたりする必要がそもそもなくてね。あ、もちろんシャーロットも不必要に摂取しようとはしなかったさ、寧ろ彼女の吸血行為にウットリしている人間は多かった」
シャーロットの美貌に翻弄される老若男女を想像した、誠は苦笑する。
「なんか納得」
「シャーロットは美しいからね」
互いにカップを持ち上げると紅茶、コーヒーをそれぞれ飲み込む。もう大分、ぬるくなっていた。
「だけど…そんな風に謙虚に生きてても、悲劇は突然起きてしまう。勇者達が現れてから間もなく…シャーロットの両親は殺されてしまった。友好的で、大人しい魔族から順に葬られていってね」
コーヒーの黒い液体表面に波紋が広がった、サイラスのマグカップを持つ指先が微かに震えていた。誠は息詰まり、沈黙する。
「あ…これには、当然だけどシノノメは関わっていない」
「…そっか…良か、良くもないような話だけど…うん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます