〈11-2〉
「はあ…付き合いが長いだけあって、すぐバレるだろうと思っていたさ。けど、責められる筋合いはない。これは客からの依頼だった。生業としている限りは断る事なんてできない」
「その辺に関しては理解してるつもりだ、ただ坊ちゃんには呪いはもう処分してあると言った。だがあんたの口ぶりじゃ、魔女の呪いってのは消えないんだろう?さては使い回す気だな。また送ってくるつもりか?」
「言えないね」
「じらすなって…じゃあ、せめてあんたの後ろに隠れたマザコン野郎の名を教えてくれないか」
「それも言えないね、秘密厳守さ」
「はあ」
これは不毛な遣り取りだと気付いた頃には五分も経過していた、誠を待たせているままだ。シノノメは前髪をグシャッと掻きむしり七三を乱し、何か思い出したかのような口調でこう言い放った。
「おい、ばあさん」
「なんだ」
「あんた、俺に大きな借しがあったよなぁ」
意表をつかれたレオシャーネのオッドアイが大きく見開き、そしてガクッと肩を落としながら尻尾で一度地面を叩いた。シノノメのとっておきの切り札だったようだ、悪そうな笑みを浮かべると少し怯んだ巨猫を見下ろした。
「ずるいね、今それを言うのかい?」
「ああ。正直借りなんてどうでも良かったんだが、このタイミングで使わせてもらおうと思ってな」
目をまん丸くして上目遣いのレオシャーネ、そして大きな体から大きな溜息が落っこちる。
「ま…詳しくは言えないけど」
「ふざけんなよ」
「サーカスの情報を教えただろう?勘弁しておくれよ」
「で、なんなんだ?ヒントは」
「昔、あんたはこの世界に勇者として連れて来られたね。それは他にも沢山いた」
シノノメの目が一層鋭くなる、そして革手袋の中で拳がギュッと強く握られる。
「かつての同胞を思い出せば、すぐ見つかるんじゃないか?」
「この街にいるんだな」
「サービスし過ぎた、ここまでだ。今回の金はもういい…坊や連れてさっさと帰んな」
レオシャーネはカッと瞳孔まで見開くと勢いよく飛び上がる、ムギュッと大きな掌の肉球をシノノメの胴に押し付ける、そして次は扉を開けて、その先で驚く誠の首根っこもひっ捕まえると2人まとめて店の外まで追い出してしまった。ガシャン!と半分下りていたシャッターも完全に閉まった。
「ええっと…一体、何があったの?」
放り投げられ、尻餅をついている誠はこの状況がよく分からずにシノノメを見上げた。
「まあ、色々あった。でも」
シノノメはそう言うと腕を掴み立ち上がらせた、誠にコートを手渡すと衣服についた砂埃を払いながら言葉を続ける。
「オークションの金…なんとかなるかもしれん。それと」
「え?!」
その言葉にウェイン少年の瞳が月のように輝いた、期待をしながらコートを着込んでいるとシノノメが付属のフードを深く被らせる。
「ウェイン・ギャラガーを呪った奴らが誰なのか、俺にはわかっちまった」
視界が狭くなりながらも顔の角度は変えず、誠はシノノメの言いかけている言葉をただ待った。
「この世界に俺と同じように来た勇者…いきなり裏切った挙句に、何年も牢獄へブチ込みやがったクソ野郎」
いつの間にか煙草をくわえ火を付けていた、路地裏に立ちのぼる白い煙。また、癖の強いメンソールだ。周囲で幾人かの足が行き交う、このあたりは繁華街だ。開店に向けて準備が始まったのだ。
「車で少し話した…シノノメはネルの城にいたんだね」
「ああ、サイラスさんが助けてくれなければ一生あの地獄に居たかもしれん。そうだな、今から話すのはこの世界の狂った部分についてだ…」
シノノメの指先から煙草が灰と共に落下する、それを革靴がぐりっと磨り潰した。他にも誰かが捨てた吸い殻がそこらの石畳にへばりついている、誠は頷く。2人は来た道を戻るように歩き始めた。
そして語られる、この異世界に連れて来られた勇者達の話。
神と異世界ゲームについて、それは優しいファンタジー等ではなかった。
自身が一番になる為に企てられる策略、裏切り、勇者同士のデスゲーム。
これでついていけなかった多くの者が命を落としたらしい、神達はここまで予想出来なかったのだろう。そして一番になった勇者がこの世界の神となり、ゲームは終了した。しかし、全てが終わったにも関わらず外側の神達は彼らを迎えにくることはなかった。
その結果、勇者達は帰る事も出来なくなり今に至る。
誠は話を聞きながら、顔を顰めた。
「…こんな感じさ。風神ってのが俺に加護をくれたわけだが、ほぼ拉致だった。今日からおまえ勇者だから、異世界の為に頑張ってくれ。それ出来たら褒美をやる…て」
誠は苦笑した。
「そんな簡単な説明しかされなくてな、半グレみてぇな妙な格好してやがった。そのまま放り込まれて、わけもわからず何ヶ月かはこの知らない世界を彷徨ったさ。大まかな話は別の勇者から聞いたんだ」
壮絶なサバイバルだったようだ。無茶苦茶だ、風神らしくもあるが、と誠は苦々しく思う。それから不意に思い出す、電車での蛍の言動について。
「…行方不明になった僕の父が、この世界にいるかもっていう事を…まあ憶測で言われた事あるんだけど。どうなんだろう」
「苦労してんだな…良い方向に考えたいところなんだが。特徴とか、名前は?」
「下の名前は
その返答にシノノメが足を止め、誠も同様に立ち止まる。いつの間にかあの多国籍な屋台通りだった、舞い戻った人混みと喧騒。二人が立ち止まった屋台の店主はコテを鉄板で打ち鳴らしながら、縮れ麺、海老、野菜のようなものを激しくかき混ぜていた。海鮮とオイスターソースの香りが周囲に充ちる。
「…シノノメ?」
「そう、だったのか。」
無表情だがどこか悲しそうに、短い返事をした。
そしてそのまま屋台へ歩み寄った、陽気な店主と軽く話すと海鮮焼きそばを2つ購入して1つを誠に手渡した。焼きそばは正方形の唐草模様の紙箱に納められ、薄っぺらい木のフォークが刺さっている。
「お前の親父、人違いの可能性ももちろんあるが…俺は知ってるかもしれん」
まさかの可能性、シノノメには心当たりがあったのだ。誠は予想よりもかなり早く飛び出たこの情報に彼を見上げた、そして2人はまた歩き始める。
「少しの間だったが、そいつとパーティーを組んでいた事がある」
「父と」
もしかしたら人違いの可能性もある、と念を押されてはいるものの聞く価値は充分にあるだろう。
「けど、いきなり様子がおかしくなったんだよ」
「様子?」
「勇者同士のデスゲームを始めたのもそいつだ、でも、なんだか不気味で…もう別人だった」
「…そんな」
「最終的にそいつ、連れてきた神まで喰って異世界の頂点に立ちやがった…ていう話」
まるでおとぎ話のように語った、しかし不穏な空気が漂っていた。
表通りに出るとベンチがあり自販機がある事にも気付いた、異世界なのにこう見慣れたものが出てくるとテーマパークのように感じる。星の形をした外灯達が一斉にライトアップを始めた、夕方はかなり冷える。噴水前の大きなからくり時計から人形が飛び出して愉快に踊り出す、もう17時だ。でもなんだか疲れたし空腹だ、ここで少し休む事になった。昼飯を食べ損ねたのがでかい。
誠は冷たいお茶のペットボトルを購入し、シノノメはホットの缶コーヒー。革の財布から幾何学文字が彫られた金貨が見えた。2人は間に1人分間隔を空けながらベンチに座り込む、濃厚なオイスターソースの焼きそばは海鮮と絡み合い上質なカロリーとして全身に染み渡る。絶品であった。
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