第11話 この異世界のやべえ奴等

ゴロゴロ…と、ハスキーな声でレオシャーネは穏やかに喉を鳴らした。呼吸が落ち着いてくる頃に転生するまでの経緯を話した。たどたどしく、出来るだけ鮮明にその場で誠として披露する。話が終わる頃には、目の前の火柱はいつの間にか消えていた。タチキリ草の黒い燃えかすだけが油に浮いている。


「そうかい、なんとなくわかったよ」


前向きな気持ちを持とうと努力してみたが、こんな滅茶苦茶な転生でまだ日も浅い。情緒を落ち着けるなど到底不可能であった。


「ふむ…印を付けられてると言うことは、またあんたのとこに来るかもしれないねぇ」


ヒッ、と誠は情けない声をあげる。座ったまま、目に見えない恐怖に自身を腕で抱きながらただ震えた。


「――だが、これは憶測になるが。相手も、ひょっとして肉体を得ているかもしれない。そうなると不死身ではない」


「つまり、殺しちまえばいいって事か?」


黙り込んでいたシノノメが素早く口を挟んだ、周囲の蝋燭の淡い炎が黒縁眼鏡の奥を鋭く光らせる。


「早とちりはよくないねぇシノノメ、だからお前は小僧なんだ。ただ殺すだけじゃ駄目だ、魂が呪いそのものになっているんなら…その肉体も呪い好みに汚れているだろう。パワーアップするかもしれないね、殺す度に」


「胸くそわりぃイタチごっこかよ、クソ」


預かった上着を腕に引っかけながらシノノメは顔を顰める、そして自身のコートのポケットに片方を突っ込み煙草を取り出そうとした。


「おい、ここは禁煙だ。それに、別に倒さなくてもいいんだ」


「…じゃあ、どうする?」


「封印しちまえばいい、体ごと」


シノノメはシガレットケースから指先を引っ込める、誠は泣きそうな顔で素早く正面を見上げた。その言葉に希望を見出してすがるような気持ちで、レオシャーネがその様子に目を細めると言葉を続ける。


「一週間後ぐらいかねぇ…もうすぐこの街にサーカスの一味がやってくる。もちろんこれは遊びに行けというわけじゃないよ。そいつらはただの道化じゃないんだ、本命は終演後に行われるオークションさ」


「「それは」」


喰い気味にシノノメと誠の声が重なる。


「これは客がうっかり漏らした情報になる、他言するんじゃないよ…」


レオシャーネが声を小さくした、2人は静かに頷いて続きを待った。


「そのオークションの目玉である〈メデューサの鱗涙〉と呼ばれている赤い扇形の宝石を競り落とせ」


「…落とせって、いくらすんだ」


「さあ…私はしがないシャーマンだからね、見たことないもない大金だろう。まあ、廃墟になっちまってる城を三つぐらいは簡単に買えちまうんじゃないかい?それだと25億ジェームスは必要だね」


「にじゅ、そんな大金…さすがにサイラスさんも持っちゃいねぇ」


シノノメは肩をすくめ額に手を当てると項垂れる。聞き慣れない単価のジェームスとは一体、誠は首をかしげる。人の名前のような響きだ、とりあえず25億という数字からして途方もない金額なのは確かだろう。レオシャーネが、言ったものの困ったように笑った。


「現実的に考えると、ちょっとした貴族じゃ手が出ないかもね。けどこれを希望として考えるなら…もしそれが手に入るなら坊やを付け狙う呪いを封じる最強の武器になるってのは本当さ」


「…ほ、欲しい!」


何かに縋りたい誠の声が大きくなる、シノノメがチラリとその方を見遣る。しかしどうしたものか、金額が金額だ。いくら溺愛している息子の頼みだからと相談してもギャラガー夫妻もお手上げになるのは目に見えている。というか、屋敷の家計簿含めシノノメに任せっきりなのだ。ゆえに相談する意味もあまりないと感じていた。


レオシャーネとシノノメの大きな溜息だけがこぼれた、そしてそれぞれ顔をあげると一度視線を合わせる。シノノメは右手首の裾をめくる、使い込まれた革ベルトの腕時計が正確に時を刻んでいた。現在の時刻は午後16時33分。


「もうすぐ日が暮れる、そろそろ帰らねぇと…さすがに心配しだす頃だな」


かなり滞在していたようだ、しかし不思議なことにこのレオシャーネとの時間はあっという間でとても短く思える。誠は重い腰をゆっくり持ち上げるも、足が痺れていたようでよろけた。


「レオシャーネさん、有り難うございました」


それからまだ座ったままのレオシャーネにお辞儀をした、大きな猫はヒゲを手の甲で撫でながらニィと笑って見せた。


「いいよ。また何かあったらきな、料金はシノノメに全部請求するから…ああ。もし競り落とせたらその時に使い方を教える、間違って使ったら大変だからね」


その遣り取りを見届けながら、シノノメが眼鏡をクイッと持ち上げる。


「坊ちゃん、ちょいと向こうの方で待っててくれないか。支払をこの場で済ませたい」


「う…うん、わかった」


違和感を感じながら、誠は内鍵を空けると扉の向こうへ移動した。バタン、と扉が再び閉まるとレオシャーネとシノノメの視線がかち合う。


「で、わかってるよなぁ。俺がここに来た理由を」


「…ふっ…あっはっはっは!業らしい。もう気付いてたんだろう?目敏い小僧め」


レオシャーネは口角を口が裂けるまで持ち上げると大笑いした。シノノメは微動だにせずそれを真っ直ぐ見据えた。


「屋敷に魔女の呪いを送りつけたのはあんたなんだろ」


沈黙。両者探り合うように、息をなるべく殺し視線をはずさない。シノノメのここに来た本当の目的、それはウェイン・ギャラガーを貶めた事件の真相を探るためであった。そして予感は的中していたのだ。

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