〈10-2〉
シノノメが不意に、誠の着ているコート付属のフードを深く被せた。
何かを警戒している?そう思いながらも街中へ視線を走らせる。視界に広がったのは、メルヘンな色彩放つ建造物、教会、オシャレな雑貨ショップ等。見上げると周りの建物より頭一つ抜けた白く
そんな疑問を抱えながら、シノノメの後ろへピッタリくっついて裏通りへと踏み込む。国が混ざり合い、ごった返したような屋台がズラリと並んでいた。
多国籍な香りに、思わず腹の虫が疼く。市場もあるようだ。行き交う顔ぶれも人だけじゃない、亜人、獣人、エルフと様々。飛び交う喧騒を掻き分け進むにつれ、現れたのは寂れた住宅街。黒猫が横切り、錆びた酒場の看板を見上げた。それらを視界に納めながら石畳をひたすら踏みしめ無言で歩き続ける。左の角を曲がり、ようやく立ち止まった。
「わあ…個性的な店だなあ」
誠は呟く、同じ背丈の猫の銅像を見つめながら。
派手なオレンジ塗料がベースで、グリーンの水玉模様、目には黒水晶が埋め込まれ長い尻尾が前足に巻き付いている。
「まじないショップってやつだな、こっちでは頼りになる存在さ。ここに、箱の中身を処分したシャーマンがいる」
「なるほど、それが会わせたい人か」
猫の銅像は、招き猫のように出入り口に置かれていた。
その左隣にチョーク文字で「相談承ります、料金要相談」という立て看板もあった。この世界の文字は、幾何学文字のような形をしている。ちなみに店の名前はわからない。
つぎはぎパッチワークが垂れ下がった、視界の狭いショーウィンドウの奥は淡い灯りに照らされている。目を凝らすと、パワーストーンや怪しげなオカルトグッズが置かれている。シノノメが格子窓のついた木製の扉を開くと上の方で鈴が鳴った。
「ばあさん、遊びに来たぜ」
店内は甘いお香が充満していた、中央まで進むと店主に声を掛ける。
頭すれすれに吊るされた、華やかなモザイクガラスの照明が青と白に彩られユラユラ揺れていた。
「ああ?なんだぁ、また来たんか小僧」
奥のカウンターに誰かいる、誠からはよく見えないがきっと例のシャーマンなのだろう。不機嫌に返すその主は、乱暴に錆びかけのアンティークレジスターをガシャンと閉めた。
「1年ぶりぐらいだろ?憎まれ口叩けるって事はあと100年は生きてんだろうな。…で、本題だ。魔女の呪いの件について」
シノノメは最後をハッキリと発音した。
「はあ、そうかい」
やれやれと、声の主はカウンターから重い腰を上げると店の中央へ歩み寄る。
シルエットが鮮明になってきた、大きい、そして人ではない。誠は言葉を発せずそれを注視する。
「相変わらずでけぇな」
「フン、いやらしい言い方だねぇ。あたしら獣人は毛量が多いだけさ」
頭上にふたつ、毛深い三角の獣耳。左右に分かれて広がる口元の鋭いヒゲ、ペイルブルーとイエローのオッドアイ。真っ白な長毛種の体に赤いペイズリー柄のケープポンチョを羽織っている。シノノメの言う、旧友のシャーマンとは獣人の事であった。2メートル以上あるかもしれない、ふわふわの尻尾の先がそわそわ左右に揺れている。
「で、坊や。隠れてないでさっさとこっちに来な」
「…っはい!」
「シノノメ、看板と置物引っ込めて店仕舞いしといておくれ。今日はもう休みにする」
二足歩行の大きな猫は目を細める、それからシノノメの後ろで覗き込んでいる誠に手招きをした。慌てた大きな返事が、体と一緒に前へ飛び出す。カウンター奥の部屋へと招かれるとそこは、四方床に点々と置かれた蝋燭の光のみがボンヤリ浮かんだ石造の部屋。窓はなく、かわりに換気扇が1つ張り切った様子で精を出している。そこから外の光が申し訳程度に時折差し込んだ。
「おすわりよ」
誠は中央まで歩かされ、置かれている年季の入った赤い座布団に胡座をかいて座った。視線を落とすと見覚えのある花びらが落ちている、棺の中に入ってた白い花だ。それはサークル状に座っている誠を取り囲んでいるようだった。所々何か文字を象っているように見え、儀式的な何かを思わせた。
「この花は?」
「タチキリ草の花さ、主に魔除け効果があるとされているが…まあないよりマシってレベルだね」
大きな猫はあっけらかんと答える、木目のしっかりとした卓袱台を部屋へと持ち込みその上に色褪せたテーブルランナーを敷いた。大きな椀型の黄金食器がそこへ並べられ、誠と対面するように置いてあった同じような座布団に自身の毛深い尻をドスンと沈ませ胡座をかいた。
「あの、名前は」
恐る恐る口を開く。
「ああ?すまんね。あたしゃレオシャーネってんだ、見ての通りの獣人だが…だけど、他の奴等とはひと味違うのさ」
大型獣の手が目の前の椀に小瓶から油を注いで満たしていく、レオシャーネは口の端を少し歪めて笑っていた。
「僕は、う…ウェイン。」
「…今は、だろ」
いつの間にか、レオシャーネの顔が喰い付くんじゃないかと思う程の距離まで近付いていた。ニューッと首を伸ばして丸くなったオッドアイがギラつく。黄金の瞳の奥底の誰かを覗き込んでいるようだった、獣臭い息が雛色の前髪を一瞬持ち上げる。
「ああ、そうだよ。今喋ってんのは坊ちゃんじゃねぇ、蜂ノ瀬 誠っていう別人だ。」
唐突に背後からシノノメが声をかける、内鍵を掛けてこちらに歩み寄ってきた。レオシャーネは既に解っていたかのように鼻を鳴らすと顔を引っ込めた。それから椀の上にタチキリ草を一輪浮かべて、目を閉じハッキリと唱える。
「燃えろ」
―――ボッ
その瞬間その場の空気に異質な気配が混ざる、あちこちから子供の声が重なるようにざわめいた。壁際の蝋燭の炎が大きく揺らめき、椀の中が一気に燃え上がる。誠は目を見開いて体を後ろに傾けた。
「さあ、ハチノセマコト…ここに手をかざしな」
顔の高さまである炎の柱がレオシャーネと誠を照らし上げる、深呼吸をすると、指示通り掌を片方だけゆっくり前へ伸ばした。手の平が熱を帯びる、そして――
―――ジジジッバチッ…ジッ
炎の柱が歪み、火の粉を散らす。化学反応が癇癪を起こしたかのように眼前で瞬いた。黒々とした血液に冷え切った青がチラつくように、それは禍々しく変色していく。シノノメが思わず口笛を吹いておどけたリアクションをしてみせた。
「あんたがシノノメと同じ、こっちの世界の者じゃないのはなんとなくわかってた。そして、これは元々の体の持ち主であるウェイン本人と魂がくっついちまってる証拠…炎の色が赤、青の2色になってる。あと、この禍々しさは呪いだ」
レオシャーネが息を吐きながら低く唸った、シノノメも誠も声を出せずただ炎を凝視した。
「くっついたって…つまり、坊ちゃん自身はまだ消滅せずに存在してるって事か」
静寂を振り払うように、シノノメが切り出す。
「転生の法則が歪んだんだね…ああ、いるよ。でも今は片方眠ってる状態だ」
誠が弱々しくも声を絞る。
「これってどうなるんだろう…僕は一体…それに呪いも消えてないって事ですか?」
「とりあえず、この状態を魂の癒着とでも呼ぼうか?悪いが今はまだあんた自身のこの先はわからない。ウェイン本人の事もね。ただ、一つ言えるのは魔女の呪いはそう簡単には消えないって事だ…別の魂が体に入ったところでね。普通は眠り続けるか死に絶えるかなんだよ…何故それがこうなったのか。ああ、もしかしたら…まさか」
レオシャーネが何か察したかのように呟き、舌で腕を舐めると湿らせた。今度はそのまま、頬から耳までをクシャッと拭い上げる。その仕草をシノノメと誠は無言で見守る、雨が降るかもしれない。
「――これしかない。あんたも、呪われていたってことだ。そして、ウェインの中に入った時に同じ負のエネルギーがぶつかり合い…相殺されたのだと考えた方がしっくりくる。けど、完全には消えていない、印みたいに、あんたに刻まれている」
「僕が、呪われていたって?でも…元の世界に魔女なんていなッ」
誠は言葉を詰まらせる、そして直ぐさまあの禍々しい姿が脳裏に浮かんだ。
背に嫌な汗をかいていた。呼吸を整え、少し暑い気がしてコートを脱ぐ。シノノメがそれを素早く膝から回収した。
「どうしたんだい、顔色が悪いようだね」
レオシャーネが尋ね、誠は答える。
「魔女かは、わかりませんが…心当たりはあります」
「ほお、このレオシャーネに話してごらん」
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