第10話 レオシャーネ

「ウェイン、気をつけるんだぞ」


「あらぁ…目が覚めたばかりなのに大丈夫かしら。ママは心配よ」


「大丈夫、シノノメもいるし」


屋敷の玄関先でウェインの両親が見送りに来ていた、朝食時に顔を合わせたが、父のサイラスに最初の野暮さはなく随分とこざっぱりしていた。


髪型もサイドが刈り上げられスッキリして、ゆるいバーバースタイルというやつだろうか。ヒゲも綺麗に顎だけで整えられて、スリーピーススーツ姿で中にベストを着こんでいる。母のシャーロットはその少し後ろで、陽の当たらない位置に立ち心配そうな表情をしていた。今日は長袖のグリーンのドレス、頭には白と緑を基調とした石細工の装飾が施されたフリルのボンネットを被っている。


「父さん、朝食の時からだけど一瞬誰だかわかんなかった」


「はっはっは、久々にサッパリしたよ。良かったなあウェイン、こんな格好いいパパと美人ママの間に産まれて」


「もう、やだわ」


「本当の事さ…今日は仕事が休みだから、夜まで君と温まろうかな。どうだいシャーロット」


「ああ、サイラス…もちろんよ」


「おいで」


サイラスがシャーロットに歩み寄るとお姫様抱っこをした、そして二人だけの世界で見つめ合う。


――――ゴホンッ


そんな手前、先程から立ち並ぶシノノメが居心地悪そうに咳をする。厚手の黒いコートを羽織り黒い革手袋をしていて、その横で誠も似たような装いで厚着をしていた。それにしても両親はとても仲良しだ、こんな若々しい見た目で300年以上生きているらしい。息子のウェインはまだ100年も生きていないとのこと、結婚してから産まれるまでが長かったみたいで一人息子という事もあり溺愛されているようだ。


「じゃ…じゃあ、いってくるよ」


「行って参ります」


仲睦まじい様子に会釈しその場から離れる。庭にはドーム型の小さな植物園があり、それを横目に通り過ぎていく。中には色とりどりの、変わった植物たちが大切に管理されているようだ。さらに見渡す、ベロニカが大量の洗濯物を干している最中だった。シノノメを凄く恨めしそうな目で追っていた、黒い鉄格子の門扉までくる。シノノメがそれを左右に開いていく、そしてこの場で待機するよう促した。


「では」


シノノメは屋敷方面へ踵を返した。それにしても、ベロニカを除くメイド達からは明らかに距離を置かれているような気がする。誠は少し悲しくなって空を見上げた、異世界に来てから初めて見上げる空。青かった、白い雲がまばらに浮かんでる、え、今、竜が飛んでた気が。


そんな風に暇を潰していると、排気音と共に後方から黒塗りの送迎車がやってきて横に停まる。車まであるんだ、誠はバスルームの湯沸かし機能を思い出す。シノノメが運転席から降り、そして後部座席のドアが重みある音で開かれた。


「どうぞ」


乗り込むとシートベルトを締められ、それからようやく走り出した。屋敷が遠ざかっていく、中は広い、高級感ある座席シートは革製で座り心地はまあまあ。車内ミラー越しにシノノメと目が合う。誠はまた質問をする事にした。



「これ、ガソリンで?」


「んや。車体と鍵が魔鉱石とかいうので出来てんだよ。俺も仕組みはようわからんが…ようするに互いの魔力が反応する事によって起動する仕組みらしい」


やはりファンタジーである。

シノノメは二人になった途端に執事から強面のオジサンになってしまった。


「へえ、でもなんだか僕たちが住んでた世界と似てる」


「ああ、でもこれはずっと前からじゃない。つい最近…2年ぐらい前か、こういう見慣れたもんが出回るようになったのは」


「それは」


「あ、ちょっと待て」


質問が遮られ停車した、車体が前のめりに揺れる。目の前は砂利道だったが、枯れ葉混じりの木がトンネルみたいに続いて幹がところどころ競りだしてきている。この車が通り抜けるには少し狭いようだ。


「たくっ…切り倒しとけって言ったのに」


ハンドルを握ったままで、溜息交じりに独り言が聞こえてきた。険しい顔をしたシノノメはミラー越しに誠へ声をかける。


「飛ぶか」


「え」


気付くと、黒い車体が言葉通り浮上していた。加護能力が風の翼を纏わせ落ち葉ごと巻き上げる、すると地上を離れてどんどん上昇していく。


この浮遊感に昔を思い出す、何の気なしに1人ぼっちで行った遊園地の絶叫マシーンだ。最終的に周りのリア充オーラに虚しくなりソフトクリームを食べながら帰ったんだよな。


「元の世界でもこんな事出来てりゃ、渋滞も苦じゃなかったんだが」


唐突に声をかけられ夢想から引き戻される、相槌をうちながら窓の外を覗いた。大きな森だったようで、軽々と飛び越えてしまっていた。屋敷が人里から離れて建てられている事もよくわかる、前方には煉瓦の城壁に囲まれた街らしきものも見える。上空で景色がさらに流れ、遠くの海のど真ん中には城のシルエットが薄ら確認できた。


「あの城は?」


「あれはネルの城って呼ばれてる…罪人がブチ込まれる監獄。看守含めてゴミしかいねえよ」


シノノメは横目でその方角を見遣るとうんざりした声で返した、誠は聞き返そうとしたが苦笑いだけに留める。


「ま、着いたら色々話そうや…この世界の狂った部分についても」


そう遣り取りをしていると目的地付近へ、車体は纏う風を磨り減らしながら静かに街の外に着陸した。周辺には、ポツポツ外灯があるのみでほぼ何もない。ただ馬が馬車を引いた跡が畦道を作っていて遠巻きに田畑が広がっていた。作物も育てているようだ、ハーネスのように鎖を装着した大きな蜘蛛が人を乗せ嘴で一生懸命に土を耕している。それが何匹も。城壁の周りは底の深い水路が一周していた、街の入り口は特に警備などされている様子はなく簡単に入れそうだ。


「大きい蜘蛛」


「ここらでグラウダーって呼ばれてるモンスターだ、力は強いが知能が低い…だからすぐ捕まえられる。支配の魔力が込められたデッカい釘を背中にさして、鎖に括り付けて…ほら。ああやって乗っかるのさ」


停めた車を背もたれにシノノメは眺めている、コートのポケットを漁るとシガレットケースから煙草を1本取り出し咥えた。さらにジッポーも。着火するとメンソールの香りが周囲に漂った。だが少し独特な香りだ、誠は微かに鼻孔をくすぐる清涼感にまばたきをした。


「痛そう」


「…そうだな、車以外も普及されれば少しはマシになるんだろうが」


哀れむような声と共に白い煙が吐き出され、車内に取り付けてある灰皿で揉み消された。それから水路の上に掛けられた簡易的な丸太の橋を2人で渡る、城壁の入り口に木枠のアーチが埋め込まれ〈キャラウィンシティ〉と書かれていた。それを潜ると目的地だ、街並みの外観を例えるなら実際のドイツに存在するローテンブルクに近い。

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