第12話 ベロニカのウェイン
レオシャーネに会って、シノノメと今後について考えた。
その中でも、まず最短で成し遂げなければならない事が1つある。一週間後に来たるサーカスへ行き、そして公演後に行われるオークションに参加し〈メデューサの鱗涙〉を競り落とす。蛍の執拗な付き纏いをそれで終わりにする為に。
もちろん、それを解決してもまだ問題がある。
ウェインと誠の魂が癒着してしまったという事について、もし手の施しようがない場合はどちらかが消滅してしまうのだろうか。胸がザワついた、でも覚悟しなければならない。オークションの金はシノノメが用意するとは言っているが、一体どうする気なのか?それについても嫌な予感しかしない。
帰り道、車内で得た情報。
この異世界の、まだほんの一握りでしかない情報。
『この異世界で一番偉いのは』
『それは唯一神である英雄神、そして順番に並べていくと――王族、宗教、勇者、貴族、その他…最下層に魔族。ああ、俺は罪人として投獄されたから元勇者になる。魔族よりも下扱いか』
『宗教団体とは?』
『話せば長くなるので簡潔に、ウェイン様たち魔族をよく思っていないクソ虫の権化。全身白装束で遠巻きから見てもすぐにわかる、ちなみに貴族も勇者も基本的にその宗教に関わっている連中が多いので要注意』
『この世界には元の世界と同じように、国という概念はあるの?』
『それについては詳しくわからない、ただこの異世界はとてつもなく広い。ちなみに俺たちのいる場所は〈リガウルド大陸〉と呼ばれていて、モルードブループという王都により管理されている』
『なるほど…じゃあ最後、シノノメの好きなものは?』
『煙草』
シノノメは満面の笑みで答えた。
このように色々と話をしながら、オークションの事はサイラス達には話さないという事になった。余計な心配をかけてしまうだろうし、暫く街には近寄らない方が良さそうだ。眠り続けたウェインの事件から、サイラス達も警戒心は解いていない。
とにかく、用心するに越した事はない。
異世界生活、二日目の朝。
昨日は帰宅後にすぐ風呂に入ってそのまま眠ってしまった、入浴中に突然押し入って来たベロニカに体中をまさぐられた気もしなくもないが――
疲労感もあり、あまり記憶にない。いつの間にかベッドに寝かされていた。
――気絶したのかもしれない。
「…これからだ」
奮起し、1人呟く。
まだ寝転がったまま、自身の細い首元に指先で触れた。
恐らく人の平熱より体温は低い、触れるとヒンヤリした。ベッドから起き上がる、寝室のドアノブがガチャガチャと激しく回る。別に驚く事はなかった、これは3分置きに先程から鳴っている音で、ベロニカが部屋に入ろうとしているのだ。
「ウェイン…どうして?」
時折、悲しそうな声が聞こえてくる。
これは主の疲れ具合を察したシノノメが、能力を使用して一時的に扉を開かなくしてくれた結果。転移者として連れて来られた勇者たち全員に、それぞれ内容の違う能力が授けられたという。
そしてシノノメは〈磁力〉というスキルを使う。
引き合う力、反発する力を色んなものに込める事の出来る能力だ。
視線でそれぞれの物体にマーキングして磁力を込める、便利かもしれない。しかし、どのようなやり方で戦闘を繰り広げるのかまでは誠には想像できなかった。
それに加え風神の加護を持っている、勇者として連れて来られた者はやはり強いのでは。そんなのが他にもまだ沢山いる、そしてその中の誰かにウェイン達は狙われている。だが異世界でのゲームが終わった後、彼らは目的を失い、そして帰る手段も見付からずという。そう考えると、少し哀れかもしれない。
さらにこの世界での魔族の立場はとても弱く、勇者以外にも敵がいるようだ。
いつか、戦うことになるかもしれない――
ウェインは、一体どんな奴なんだろう。
武器の扱いがとても上手いとか、強い魔法が使えるとか、逃げ足が凄く速いとかでもいい。もし何か能力があるなら…
守られるのは楽だけど、奇襲されたらそれでおしまい。
蜂ノ瀬 誠は不意打ちで死んでしまったのだから。そして今は、転生というよりも取り憑いている気分になっている。それがひどく落ち着かない。
「父さん」
そしてここで突然浮上した蜂ノ瀬 清治の行方。
シノノメが知っている男が、もしその父親であるなら、今は異世界の神という事になる。その場合、一応息子である誠がお願いすればこの最悪な状況をどうにか出来るかもしれない。
―――というか、父じゃなくても。
その神に会って交渉出来れば…今は、魔族だけど…大丈夫だよね?
だって神様だ、慈悲ぐらいあるのでは。
壁にかけてある振り子時計に視線を移す。
今日は何をしようかと考える。ひとまず顔を洗って着替えよう、この部屋は簡易的な洗面所がついている。蛇口からは冷たい井戸水が出てくる、なので顔を洗った後に両手ですくって口へ運ぶ。喉が潤った。
サイドテーブルに置かれていた私服に着替える、本日は白地に襟元から胸にかけてフリルがついているシャツと、黒地のクロップドパンツ。ウェインの私服は少々あざとい気がする、そんな事を考えながら窓を開けた。朝靄が香った、体温より冷たい風が頬と髪を撫でていく。
「ウェイン様」
低い男の声がした、一階の広い庭に視線を落とす。誰もいなかった。
「こっちです」
いた、姿は見えないが、どうやら屋根の上にいるようだった。
「シノノメ?そこで何してるの」
「ここは見渡しが良いので、外の様子を眺めていました…それと。サイラス様から本日より少しの間ですが休暇を頂きました。暫く私はこの屋敷を留守にします」
「え」
視界に何か飛び込む残像が見えたかと思えば、背後にシノノメが立っていた。屋根にぶら下がり窓から侵入したのだろう、工程が早すぎて目では追えなかった。
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