〈1ー2〉
――――異世界へ送り込まれた者の頭に、声が響いてくる。
神に導かれし勇者よ、ようこそ〈異世界〉へ。
あなたの今居る場所は、リガウルド大陸にある〈冒険者の森〉です。
旅立つ者が最初に足を踏み入れる、初心者エリアとも呼ばれています。
この世界では現在、凶悪な魔族により平和が脅かされています。
そこで勇者であるあなたにお願いがあります。
より多くの魔族を討伐して、光を取り戻して欲しい。
あなたを支持する異世界の民の声が多ければ多いほど、神と契約した〈異世界ゲーム〉の頂点の座に近付く事ができるはずです。
ちなみにこの異世界では、言語や文字は形が違えどすべて意味がわかるようになっています。
「へえ…つまり、僕らの世界でいう海外の人とも気楽にお喋りできるって事なのかな」
はい、コミュニケーションで弊害が出てしまうとそれだけでエンドロールまで時間がかかります。
「あれ、これって映画の撮影だったりします?勝手に顔出しされると会社に迷惑がかかるので…今はSNSや、動画サイトで一気に燃やされたりする時代ですから」
そんなまさか、超常現象でありファンタジーですよ。
「ちゃんと帰れます?一応、家庭があるので」
あなた次第です。
「…そういう回答は、ずるくないですか」
では簡潔ではありますが、異世界より愛を込めて〈スキル〉を付与します。
使用方法は、自然と解るはずです。
「横暴だなぁ、ちなみにその馬鹿らしいお願い事聞き入れる前に…この私物預かって貰えたりしますか?贈り物なので」
可愛い包装ですね、中見はなんでしょう―――。
ああ、子供へのプレゼントですか?
「なぜわかる?まあ、そんな感じです。約束してたものなので」
…そうですか、ありますよ。
預かり場所は、ほとんどの街に存在しています。
「どうも」
スキル付与中…Now Loading
これは、ははっ…あははっ!大当たりスキル当選!
おめでとうございます!
「なにが…凄いかわからないけど、早く終わって欲しいね…夢だったらいいけど」
男は思った。
よくわからないゲームで、勇者の中で一番になる。
他の勇者=全員ライバル。
どちらにせよ、利害関係でいられる仲間がベストか。
なんかあっちと、考えなきゃならない事が全然変わらないな。
◆
神々が連れてきた勇者達は、最初は不慣れな環境に戸惑った。
しかし力の使い方を理解すると、競い合うように異世界浄化活動をスタートしていく。
魔法とは異なる異能力で戦う彼らは〈異能力者〉として認識され始め、武力を持たない民からは、希望の象徴である英雄として崇められていった。
西の方で、魔族の植民地にされていた村や街が開放された。
「ありがとうございますっ勇者様!」
東の方では、蹂躙され続けていた領土に希望の光が満ち溢れた。
「俺たちはもう自由なんだ!」
「救世主様ばんざ~い!」
それから南、北――
今まで近付くこともできなかったと言われる凶暴な魔族が、あっさりと次々に駆逐されていく。一部の勇者達にとってこれは、リアルなファンタジーゲームを攻略しているような感覚で、始まりの世界で培った知識の一部が有利な相乗効果として働いていたのだった。
神達の当初の目論み通り、互いに競い合わせることにより、魔族はその数を減らしていく。そしてついに、降伏宣言が申し立てられた。
「モルードブループ王、ご決断を…」
この異世界では魔族との大きな戦争により、全てと断言してもいいほどに王都のほとんどが壊滅していた。そして唯一残っていたのが、モルードブループという大都市。大陸の中心に位置しており、なぜか、奇跡的に無傷であった。それには、王が信仰していた〈光の精霊・レミドリアル〉の守護が関係していると言われているが――
家臣を玉座から眺め降ろす厳格なモルードブループ王は答えた。
「――好都合ではないか。では条件は、こちら側が決めさせてもらおう…そして要望通りに、あの殺戮皇女の元へはこちらから代表として第三皇子のネルを向かわせる」
降伏を申し出てきたのは、勇者すら手も出せなかった〈殺戮皇女〉の異名を持つ女魔族。彼女は傷つく仲間に心を痛め、友好条約を結ぶ決断をした。
こうしてモルードブループをリガウルド大陸、唯一無二の王都として、魔族と人間の和平が結ばれたのであった。これは人間達がついに勝利を収め、平和を手にしたという感動的な瞬間だった。
それから荒れ地となった場所にも緑が蘇り、空気に混ざり込んだ病をもたらす瘴気も消えていく。虐げられていた誰もが歓喜し、異世界は安寧を得たのであった―――。
そしていよいよ、どの神が連れてきた勇者が一番優れていたのかが決まった。
「勇者たちよ、感謝します」
「あなたのご加護と、このスキルのおかげです。それと、一緒に戦ってくれた仲間達」
ビジネススーツに身を包んだ男の勇者は微笑んだ、彼を取り囲むのは苦楽を共に戦い抜いてきた強者の面々。そして目の前に立つこの異世界の権限を手に入れし者、それはあの幼い神であった。
神と勇者は、互いを称え合う握手を交わした。
「では最初にお伝えしていた通り、可能な範囲ですが…貴方の願いを一つ叶えてさしあげます」
「おっと、そうでしたね。どうしようかな…そうだなあ」
仲間達に目配せしながら勇者は下顎に拳を添え少し考えるフリをした、願いの内容は既に決めていたのだ。白い草花が彩る緑の丘、そこを吹き抜ける風が、白い花弁をさらって皆の頭上を飛び越える。それから勇者は、そうだ!と演技じみた声をあげた。
「では僕に、あなたの権限を全て下さい」
幼い神は動揺し、大きく瞳を見開くと勇者を凝視した。
「権限を?それはごめんなさい、困ります」
「…僕の願い、叶えてくれるんでしょう?」
取り巻きの賢者が鬱陶しい様子で声を大にして、隙を与えまいと加勢し食い下がる。
「――まさか!勇者様の世界で、徳が高いと言われる存在である神が嘘を申したという事でしょうか!!」
「ちょっと、賢者さん少し落ち着いてください。神様が…くくっ…困っていますので」
賢者の周囲でダークエルフの魔道士、魔法剣士、大剣士が笑いを堪える。
「ほら警戒しないで…体の力を抜いて、楽しく雑談しましょう」
勇者は微笑し、空を仰いだ。
青く澄んでいて、雲一つ無い。
一方これをどう切り返そうか、幼い神は口ごもると目を泳がせていた。
それにどういうわけか、先程から全身に上手く力が入らずにだらりとそこにただ立っている状態から脱せないでいた。
「元の世界の僕は営業マンでした、自分で言うのもなんですが業績はかなり優秀…だからそのスキルとこちらのスキルを武器にすれば、もっと良い世界になるのではと思って」
勇者は唐突にプレゼンを始める、しかし神はそれに首を振って直ぐに遮る。
「手を取り合えば済むことなのでは」
「いえ、効率を考えればあなた自身は不要です。権限だけが欲しい」
「それは追い剥ぎと同じです、つまり貴方は神になりたいと」
「ええ」と穏やかな表情で頷く勇者、神はそれに純粋な悪意を感じ取り身を震わせる。
「神になる気はありませんでしたが、そうでもしないと権限を得られないと聞いたもので」
「さっきから…それは一体、誰から聞いたのです!」
「叶えてください、僕の目をちゃんと見て」
視線を絡ます、神の表情が強張った。固唾を呑んで口を開く。
「…可能な範囲を越えています…なので、別のものにしていただけると」
苦しげな返答に笑いを堪えつつ、勇者は肩をすくめる。
今にも泣き出してしまいそうな顔を見下ろし、高低差ある頭に手を乗せた。
「僕がこの世界で得た能力を、何故あなたは脅威と思わなかったのでしょう。そういう部分も含めて…要らないって言ってるんだ」
空気が変わった。
「ほら、リラックスして。全てを放棄すればいい、悪いようにはしません
…僕を信じて」
危害を加える様子は一切なく、低くも優しい声で怯える神を宥めた。
そしてこの瞬間、幼い神は力と権限を全て奪われる。
いや、差し出してしまったのだ。
それは皮肉にも、異世界が勇者に与えてしまったチートとも呼べる行き過ぎた能力によって。
前代未聞の異常事態が発生した。
勇者は、異世界の神となった。
そして異世界もまた、彼を神として受け入れてしまうのだった。
他の神々ももちろん納得が出来ずに抗議する、しかし異世界の神としてそこに納まってしまった以上、もう誰にも手が出せない。
異世界に神は、一人だけ。
神は異世界という化け物に無知過ぎた。
勇者に付与された能力が、まさか神をも対象とするものだとは思っていなかったのだ。そして、ゲームに敗北した勇者たちはそのまま帰れなくなった。
それは異世界に、ルールが追加された事によって。
▼こちらが許容していない部分への干渉及び関与は、神は出来ないものとする
▼異世界転生者、転移者への加護または能力の付与を禁止とする
以上の項目により完全に為す術はなく、部外者は全て蚊帳の外。
がっくりと肩を落とす神、怒り狂う神、無気力になった神と反応は様々。
全てを奪われてしまい、神ですらなくなった子供はたった一人、異世界でもない始まりの世界でもない真っ暗な空間を彷徨っていた。もしものイレギュラーを恐れた異世界の神は、彼女を追放してしまったのだ。光もないその場所では、自身の姿すらよく見えない。涙で目を腫らしながら、初めて味わう屈辱、無力感で胸が張り裂けそうになっていた。
「おい」
それを遠くから眺めていた気性の荒い神が居た、少女の手を引くとそのままどこかへと連れ去った。
これは代償から始まる理不尽に抗う物語、そして異世界という怪物に飲み込まれてしまった人間達の人生を語っていく。
彼らの行き先はハッピーエンドなのか、それとも。
『これからもっと、楽しくなるよ』
異世界は、柔らかに笑っていた――
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