②
――――異世界へ送り込まれた者達に頭の中に声が響いてくる。
神の加護に導かれし勇者様、ようこそ〈異世界〉へ。
この世界は現在、凶悪な魔族によって平和が脅かされています。
そこで勇者であるあなたにお願いがあります。
より多くの魔族を討伐して、光を取り戻して欲しい。
あなたを指示する異世界の民の声が大きければ大きいほど、神と契約した異世界ゲームの頂点の座に近付く事ができるはずです。
尚、この異世界では言語や文字は形が違えど皆意味がわかるようになっていますのでご心配なく。
「へえ…つまり、僕らの世界でいう海外の人とも気楽にお喋りできるって事なのかな」
はい、コミュニケーションで弊害が出てしまうとそれだけでエンドロールまでに時間がかかります。
「あれ、これって映画の撮影だったりします?勝手に顔出しされると会社に迷惑がかかるので…今はSNSや、動画サイトで一気に燃やされたりする時代ですから」
そんなまさか、超常現象でありファンタジーですよ。
「ちなみにちゃんと帰れますか?一応…家庭があるので」
あなた次第です。
「…そういう回答されると、頷きにくいんだけど」
では簡潔ではありますが、この異世界から授ける〈スキル〉を付与致します。
使用方法は、自然と解るはずです。
「ああ…横暴なんだね。ちなみに、その馬鹿らしいお願い事聞き入れる前に…この私物預かって貰えたりします?持ち帰りたい贈り物なので」
それは、子供へのプレゼントですか?
「たまには父親らしい事してあげないと、反抗期入ったら面倒臭いんで」
そうですか、ありますよ。預かり場所はほとんどの街にありますので。
「どうも」
スキル付与中…Now Loading
これは、はははは!大当たりスキル当選!
おめでとうございます!
「なにが凄いかわからないけど、早く終わって欲しいね…夢だったらいいけど」
男は思った。
よくわからないゲームで、勇者の中で一番になる。
勇者=ライバル。
どちらにせよ利害関係でいられる仲間がベスト。
なんかあっちと、全然変わらないな。
◆
こうして、異世界浄化活動が始まった。
勇者達の活躍に数を減らした魔族達は息を潜め、大地は生命に満ちあふれる。人間代表である王族と魔族の和平も結ばれ無事平和が訪れた。
そして、いよいよ誰の勇者が一番の功績を納めたのかが決まった。
「この世界にようやく安寧がおとずれました、勇者たちよ感謝します」
「いえ…あなたのご加護とこの能力のおかげです、それに一緒に戦ってくれた仲間達」
ビジネススーツに身を包んだ男の勇者は微笑んだ、彼を取り囲むのは苦楽を共に戦い抜いてきた強者の面々。そして目の前に立つこの異世界の権限を手に入れし者、それはあの幼い神であった。
そして神と勇者は、互いを称え合う握手を交わした。
「では最初にお伝えしていた通り、可能な範囲ですが…貴方の願いを一つ叶えてさしあげます」
「おっと、そうでしたね。どうしようかな…そうだなあ」
仲間達に目配せしながら勇者は下顎に拳を添え少し考えるフリをした、もう願いの内容は既に決めていたのだ。白い草花が彩る緑の丘、そこを吹き抜ける風が白い花弁をさらって皆の頭上を飛び越える。それから勇者は、そうだ!と演技じみた声をあげる。
「では僕に、あなたの権限を全て下さい」
幼い神はかなり動揺し、大きく瞳を見開くと勇者の顔を凝視した。
「権限を?それだけはごめんなさい、困りますので」
「…僕の願い、叶えてくれるんでしょう?」
取り巻きの賢者が鬱陶しい様子で声を大にして、隙を与えまいと加勢し食い下がる。
「これはこれは!ずばりっ神様が嘘をつくという事でしょうか!」
「ちょっと賢者さん少し落ち着いてください、神様が…くくっ…困っていますので」
賢者の周囲でダークエルフの魔道士、魔法剣士、武闘家が笑いを堪える。
「そう警戒しないで下さい…さあ体の力を抜いて、楽しく雑談しましょう」
勇者は微笑みを絶やさず深呼吸をして空を仰ぐ。青が澄んでいて雲一つ無い良い天気だった。一方これをどう切り返そうか、幼い神は口ごもり目を泳がせていた。それにどういうわけか先程から全身に上手く力が入らずにだらりとそこにただ立っている状態から脱せないでいた。
「元の世界の僕は会社で営業マンでした。自分で言うのもなんですが、業績はかなり優秀でして…だからそのスキルとこちらのスキルを武器にすればもっと良い世界になるのではと思って」
勇者は唐突にプレゼンを始める、しかし神はそれに首を振って直ぐに遮る。
「手を取り合えば済むことなのでは」
「いえ、効率を考えればあなた自身は不要です。権限だけが欲しい」
「それは追い剥ぎと同じです、つまり貴方は神になりたいと」
「ええ」と穏やかな表情で頷く勇者、神はそれに純粋な悪意を感じ取り身を震わせる。
「神になる気はありませんでしたが、そうでもしないと権限を得られないと聞いたもので」
「さっきから…それは一体、誰から聞いたのです!」
「叶えてください、僕の目をちゃんと見て」
視線を絡ます、神の表情が強張った。固唾を呑んで口を開く。
「…可能な範囲を越えています…なので、別のものにしていただけると」
苦しげな返答に笑いを堪えつつ勇者は肩をすくめる、今にも泣き出してしまいそうな顔を見下ろして高低差のあるその頭に掌を乗せた。
「僕がこの世界で得た能力を、何故あなたは脅威と思わなかったのでしょう。そういう部分も含めて要らないってなるんだよ。
ほら、リラックスして。ただ全てを僕に放棄すればいい、悪いようにはしません
…ただ僕を信じればいい」
彼は危害を加える様子は一切なく、低くも優しい声で怯える神を宥めた。そしてこの瞬間、幼い神は力と権限を全て奪われる。いや、差し出してしまったのだ。それは皮肉にも異世界が勇者に与えてしまったチートとも呼べる行き過ぎた能力によって。
前代未聞の異常事態、勇者はその異世界の神となった。そして異世界もまた、彼を神として受け入れてしまうのだった。他の神々ももちろん納得出来ずに抗議するが、異世界の神としてそこに納まってしまった以上もう誰にも手が出せない。
異世界の神は、一人だけ。
神は異世界という化け物に無知過ぎた、勇者に付与された能力がまさか神ですら対象となるものだなんて。そして元勇者の異世界改革が始まり、自身に都合の良いルールが幾つか追加された。
▼こちらが許容していない部分への干渉及び関与は出来ないものとする
▼異世界転生者、転移者への加護または能力の付与を禁止とする
以上の項目により完全に為す術はなく、部外者は全て蚊帳の外となった。
がっくりと肩を落とす神、怒り狂う神、無気力になった神と反応は様々。
全てを奪われ神ですらなくなった子供はたった一人、異世界でもない始まりの世界でもない真っ暗な空間を彷徨っていた。もしものイレギュラーを恐れた異世界の神は、彼女を追放した。光もないその場所では自身の姿すらよく見えない、涙で目を腫らしながら初めて味わう屈辱、無力感で胸が張り裂けそうになっていた。
「おい」
それを気の毒に遠くから眺めていた気性の荒い神、そしてその子供の手を引くとそのままどこかへと連れ去った。これは理不尽な代償から始まり、そして異世界という怪物に飲み込まれていく人間達の物語。
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