ウェイン・ギャラガーと愉快な仲間・VERYHARD

第8話 危険回避×転生×吸血鬼の少年

「蜂ノ瀬蛍。お前を消す」


バイクから降り立ち、歩み寄る。鬼神MODE解放、風神は掌の中で風を集めながら様々な形の武器を作り出す。それを消したり出したり繰り返しながら、周囲を巻き込まないようにはどう動くかを詮索している。体に力が増して行く。セットし直したはずの髪も今では原型なく、自身が発現させた強風にすべてなびいてしまった。


誠は目を大きく見開いて意外にも早かった2人との再会に驚いていた、しかしこんな状況で上手く声が出せない。さすがの蛍も風神を無視できず、見えているのか分からない空洞から視線だけを寄越した。腕はしっかりと息子を捕らえたまま。


「…神様って、あんた…あひゃっヒャヒャッ!今更、何を救うつもり?もう、こんなに滅茶苦茶で、何をしようが手遅れなのに」


ぐにゃあ。


気が触れたように笑い出す蛍の口が縦に開いて伸びていく、顔がそれに合わせて二回りも大きくなった。


それからは、ほんの数秒の出来事。手元にいる誠を頭から丸呑みにしてしまうと蛍の腹が人1人分まるで妊婦のように膨れ上がる。意表を突かれた風神がワンテンポ遅れ突風を纏い掴みかかるが、それを重そうな体でヒラリとかわし天井に張り付いた。


「嘘、マコトが、食べられた」


ルファの瞳にその光景を焼き付いた。

仰向けに寝かせた呉井はまだ意識が戻らない、葵達は完全に思考を止めそれをただ見つめるだけの置物と化している。風神は不敵に笑うがこの状況は最悪だ。あの状態の蛍に攻撃した場合、誠はどうなってしまうのか?予測不能な展開に相変わらず時間もない上に焦りが目立つ。腹で何やら藻掻いている様に見えるのでとりあえず今は無事のようだが―――。


「…ありえねぇ事ばっかしやがる。だったら」


思いつきで床に両手をつくと体勢を逆さに、そこからチャージ済みである全身のバネを使うと強力なドロップキックが矢のように蛍の顔面にめり込んだ。通常の肉眼ではこの動きは結果しかわからない、風切り音がした、かと思えば皆の目には蛍がいつの間にか床へ背中から落下しているというシーンだけが映り込む。


「コッノ…ゲスヤロォッ!アタシハァッコノコノォ母オヤナンダ…ゥグッ!」


風神は蛍の頭を掴み上げるとそのまま勢いをつけて床に叩きつける、しなりながらそれは苦しげに呻き声を上げた。


「そうか。じゃあ、今から取り上げてやるよ」


冷ややかに、無表情に言い放つとその場に腰を降ろす。口が大きく開くのを見計らい自身の右腕を素早くそこへねじ込んだ、体重を乗せた膝で鎖骨半分を押さえ付ける。ぐちゃぐちゃに腐りきった生ゴミ放置の三角コーナーに手を突っ込んでいる、そんな感触に不快感を露わに眉根が痙攣した。


とにかく誠を探す、いた、しっかりと腕を掴んだ。蛍は終始苦しそうに風神を引き剥がそうと藻掻いている。ズリュッ、腕の次は頭が出てきた!このまったく感動できない逆走出産を、一同は息を呑んで見守る。時間もあまりない、風神は渾身の力を込めると後ろに尻餅をついた。そして引き抜いた。誠を後方へ投げ飛ばして叫んだ!


「ルファ!!」


それに彼女はしっかり応える、無駄のない動きで素晴らしい連携を披露した。黒い翼を可憐に揺らしながら誠の体をガッシリ腕で受け止める、ブレのないその体幹は華奢な少女とは思えない。誠の全身は液状の膜に薄ら覆われていた、外傷はない。これは酸ではないようだ。


「支配人!時間が」


あとはトドメを刺すだけ。風神の右腕に渦を巻いた暴風が龍となり光を放って絡みつく、もう隙を与えずブチ込んで全て終わらせる為に。全力で、振り下ろした。


はず、だったのだ。


―――はーい、そこまで。


場に不釣り合いな間抜けなエコーが車両を通り抜け、電車、人、滴りそうな汗、踊り遊ぶ髪、全ての時を止めた。辛うじて動けたのは風神だけ。それから直ぐに声の主が誰なのかを察した。それに思わず怒気が混じるも、なんとか拳を静かに収める。


「よお…来れるんなら、早くして欲しかったんだが」


『『いやぁ、そう言われても。僕はこの危機を乗り越える為に異世界と交渉していたわけですし…逆に感謝してほしいかな?無能。わ、ごっめーんっ傷ついちゃったよね』』


「…そんなやっすい挑発で俺はもうキレねえ。相変わらずゲロみたいな性格してんなぁ元勇者」


『『ははっ久々に呼ばれました。けど、今は異世界の神ですよ?風神』』


元勇者で異世界の神、それは空間を支配したまま語り続ける。風神は警戒しつつ周囲を観察した、ルファは誠を抱えたまま膝をついて停止し他も同じで変わりは無い。


『『それにしても、その女…え…あ、そうだっけ。そうなんだ』』


凄い形相で床に転がったままの蛍について、異世界神は1人理解した様子だった。風神は当然わけがわからず首をかしげるしか出来ない。


『『いいでしょう、その女も受け入れます』』


「は!?お前、何言ってんだ」


『『いいじゃないですか、僕と異世界がそう決めたんだから…僕が彼女を招待する。それでルール上問題はないでしょう』』


理不尽で身勝手過ぎる、そんな異世界に一度でも関わった神には雇用契約が発生するという事実が後に明かされた。クソみたいな後出し、強制労働という名の使役。関わらなければ良かったのだと後悔してももう遅かった、狡猾な化け物の腹の中にすでに身を投げ込んだ後なのだから。風神は頭に血が上るのをどうにか堪える。ここでキレてもそもそも姿すらみせていない相手だ、攻撃手段が見当たらない。


『『あー…あとその天使は、異世界では良い資源になりますのでこのまま有難く頂戴致します。あなたの不祥事を、手土産の美味しい茶菓子で済ませるようなものだとお考え下さい』』


異世界神は淡々と述べる、風神は表情を強張らせた。


「…それはダメだ!!」


そう声を荒げたものの、電車内を光の壁が前方から高速で迫って来た。

それは他の者の体は綺麗に通り抜けるが、後方に空いた穴から風神だけを車外へ勢い良く弾き出した。


『『時間切れです、それでは引き続き業務の方…頑張ってくださいね』』


「―――っは」


異世界神は笑った、誠達を乗せた電車は水のように揺蕩った光源の亀裂に形状を無視するとそのまま突っ込んでいった。夜光虫のようにオーブが噴き出して霧散する、そして何も見えなくなった。


風神は愕然とし、真っ白で虚無な空間を漂いながら歯を食いしばると拳を作った。

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