第7話 狂気襲来!僕達は早く転生したい
「ちょっと!落ち着いてください!!」
ここは異世界の手前、ルファの悲痛な叫びが駅で木霊していた。目の前では文字通り鬼の形相となり角を生やした風神が駅員の胸倉を掴み上げている、身長が倍違う風神と駅員。オーバーキル感あるその様子はただ事ではない。
「答えやがれリエル…!てめぇなんであの女を通した!!」
リエルとはこの駅員の名前だ、リエルは風神の拳にぶら下がったまま、プ。と吹き出し笑うと両手を肩まで上げおどけて見せた。
「知らないそんな事、ボクは…ただ仕事熱心なだけさ」
嫌味の込められたその言葉、シラを切るようにふざけたその態度。しかし、風神の脳内では今すぐにすべきことが秒刻みで優先順位をパズルのように組み立てていた。緊急事態、こんな子供じみた挑発に乗っている時間はないのだ。
「はぁ…どのみち、こんな事してる場合じゃねぇ!おら!」
そう言うと、すぐ左隣へもう片方の手をかざし己と同じサイズの竜巻の籠を作り出す。それは軸を動かさず、ただその場に留まり空気を巻き込み続ける。それからその中心へリエルの体をぶん投げる、無事捕獲完了だ。
「クソがッ…魂が脱皮するなんて、予想出来るかよ」
今までの経験上このようなケースはかつて存在しない、蜂ノ瀬蛍は普通とは違う。そもそも招かれもせずどうやってここまで来たのか、予想のみで補完するなら誠を殺害したのちに自身も流れるような作業で自決し魂にしがみついてきた。という滅茶苦茶な展開になるのであるが、果たしてそれは可能なのだろうか。
「支配人!何があったんですか!!」
状況がまったく飲み込めていないルファを振り切りながら、風神は改札口手前に止めてある蛍光色強めのグリーンの大型バイク〈GO!バリバリ神風最強号〉に飛び乗りクラッチレバーを握った。自身のエネルギーを活用するその車体はキーいらずで起動し唸りを上げる、これに速度メーターはついていない。スピードや馬力は風神のさじ加減でどこまでもかっ飛ばせるという最高のマシーンだ。
「マコち…いや、誠の母親が恐らく電車に乗り込んだ」
ルファの鼓動が速くなり、風神は額に一筋汗をかいていた。
「このままじゃ、転生どころの騒ぎじゃなくなる」
「と…いいますと」
「異世界転生とは、神に招かれた者にしか許されない鉄の掟がある。それは神々が取り決めたものではない、異世界そのものとの契約。もし破った場合、それ相応のペナルティーが課せられる…その異世界を管理する神も含めて下手すれば関わりのある俺達にも」
つまり異世界の方で転生者を迎える神は権限を剥奪されてしまい、二度とそこへ出入りできなくなる。仲介役の神は力の根源を奪われ人として追放され、転生するはずの魂達は連帯責任として容赦なく消滅させられる。そう言い放つ風神の顔にはどこにも余裕は見当たらなかった。竜巻の籠の中、リエルは静かに笑っていた。
「リエルのアホも悪いが、最終的には油断しきっていた俺の責任なわけだ…最近平和呆けというか完全に焼きが回ってた。というわけでルファ、留守番たの…てっおい!」
神風最強号のタンデムシートにいつの間にやらルファが座っている、背中から前へ両腕を精一杯伸ばして風神にしがみつき顔を覗き込むように睨んでいた。
「私は支配人に誠心誠意仕える者ですっ置いて行くなんて許しませんから!」
「勝手にしろ!時間がねえ!」
こうなったルファは頑固でしつこい、ここからは押し迫る時間との戦いになる為やれやれモードのまま覚悟を決めた。
「顔パスでぶっ飛ばすぞコラァ!」
異世界に入る手前までなら、神とその関係者は顔パスOKというアバウトなルールも存在している。ギヤが一速から二速に変わる、けたたましい爆音と共に助走を付け改札を飛び越えると風神達は誠一行を乗せた電車を追いかけるのであった。
―――――ガタンゴトン、ガタン…
「みんな日本人ってとこもまた奇遇ね~」
「軽く自己紹介しません?」
「…そうですねぇ、お任せします」
電車内では、皆似たような境遇だとわかり打ち解けている様子だった。
座席を通路挟んで左右2人3人それぞれ分かれて座り、他愛のない話でそこそこ盛り上がっている。
「はい!じゃあ私から…時計回りでいいよね」
左側に座る3人のうちの1人、ショートボブの娘が細身の体から腕をスラッと上にあげ仕切り出す。淡い紫のカシュクールワンピースを着てにっこり微笑んだ。
「藤山 葵です、20才。車に轢かれちゃって…気付いたら変なファミレスで面接受けてて…そんな感じ!短い間かもだけどよろしくね」
パチッ…パチパチパチ。
空気を読める者から手を打ち鳴らす。
それから葵は、隣に座る背の高い黒い背広を着た男の脇腹を人差し指でツンツンつついた。ごく自然な所作であり、異性へのボディータッチが少し手慣れているようにも感じる。男は嫌そうに身をよじるも、突然開始されたこの流れに溜息ひとつで妥協し後に続く。
「俺は
パチパチパチッ
無愛想に挨拶を済ませ、整えてある顎髭を撫でながらオールバックな中年はメンバーを一瞥すると腕を組み居眠りをするような角度で顔を伏せてしまった。そして隣の、もうすぐ私だどうしようと不安を抱えるツイン三つ編みのブレザー制服女子の番がやってくる。
「あひゃ…あのっ私はしがない高校生をやっていた者でして…今年17ですっ。名前は、松城 ミク」
フォンッ
まるで鉄球振り子のように素早いお辞儀で、ずり落ちそうになる眼鏡を中指と人差し指ですかさず支えていた。今日初めて言葉を発したのかと疑いたくなるほどカミカミで、少し珍妙な言葉遣いをしながら最後に消え入りそうな声で「よろしくお願いします…」と呟く。気遣われるような強めな拍手で、皆がフォローした。
「じゃー俺の番か!
パチ…パチ…パチパチッ
肩を越える長いウルフカットはピンクと金髪のツートン、前髪も長い。着用しているのは恐らくアニメの推しキャラであろう美少女がプリントされたTシャツ、イラスト部分を両手でつまんで広げると誇らしげに見せつけニコニコと愛想を振りまいていた。
きっと彼は今まで悩み一つなく生きてきたのであろう、互いに通じ合っているわけではないがこの場に居た全員がそう確信するのであった。なんでここにいるんだろう、とも思った。誠は拍手をしながら、いよいよかと若干緊張している。でも大丈夫、深呼吸をすると司に続いた。
「蜂ノ瀬 誠です…少しの間ですがどうぞよろしくお願いします、皆さんと楽しい旅になりますように」
パチパチパチッ
中々良い感じに最後を締めくくれたのでは、と拍手の最中に誰も気付かないであろう小さなガッツポーズをした。
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