第5話 まもなく異世界行の電車が発車します
誠は現在、息を切らして走っている。
「任せてしまって、本当に良かったのかな」
「…大丈夫ですよ、昔ほどトガってはないと本人は言っていましたが腐ってもあの方は風神。なんとかしてくれるでしょう」
涼しい声で前を向いたまま、誠と対照的に涼し気なルファは目の前を走っていた。そういえば、翼があるのにさっきから一度も飛ばない。走った方が早いのかなんなのか。触ったら怒るだろうか、許されるならその頭に二つくっついた団子も揉ま…いやモフモフしたい。て、やめろ、妙な性癖に目覚めるんじゃない!
誠は、突如浮上したわけのわからない感情に葛藤した。
しかし、死んでからこんなに走るなんて誰が想像できる。マラソンなんて、いつぶりなのか―――と、かなりバテ気味で考える。魂という形でいながら、なぜか生前と同じような疲労感を得ていた。
夢なのか現実なのか。
死んでいるのか生きているのか。
「…なにか?」
邪な何かを察知したルファが顔を向け怪訝そうに誠を睨め付ける、誠は即効で首を横に何度も振ってみせた。
ファミレスの裏口から出ると、暗闇だけではなかった。
苔むした石畳がずっと先まで伸びていて、その上を一際輝く金平糖のような粒が道筋にばら撒かれ続いていた。まるで誰かが道標に落としたかのような、それがなかったらきっと表のように真っ暗だったかもしれない。その光を頼りに、2人は現在走っているのだ。
周りには音もなく、風もなく、宇宙空間のような無が広がっている。
金平糖かっこ仮も少なくなってきた頃に視界が一変した。
まるで景色の一部を切り取りそこに貼り付けたかのようだった、目映い照明ポールに囲まれたレトロな面持ちの駅が現れた。屋根にはクリスタルで造られたかのような透けた巨大な時計が斜めにぶっ刺さっている、時針と分針は仲良く重なろうと12時に迫っていた。
改札の前に、誰かが立っている。帽子を深く被り、制服を几帳面に着こなしているところをみるに駅員。上から下まで、黒で統一している姿に灯りの下から離れたら見えなくなってしまいそうだという不安に駆られる。
「はあ…間に合いましたね。さて」
安堵するルファ、黒いローファーの爪先で地面を蹴り上げると双翼を大きく動かしながら少し浮遊した。ジャンプする程度だった。駅員らしき人物の元へ駆け寄ると何やら会話が始まる。
「遅いな~もう。出発ギリギリじゃん!駆け込み乗車はおやめくださいってお断りするところだったよ?」
「すみません、こちらで少しトラブルに見舞われて」
遠巻きに二人の身長を見比べると大体同じくらい。小さいシルエットがふたつ、身振り手振りとジェスチャーしながら揉めている。
誠はヨロヨロと、光源に吸い寄せられた虫のようになりながら辿り着く。あと少しじゃないか、頑張れ僕!と鼓舞した。改札前に広がる赤煉瓦の階段を恨めしく数えながら登ると13段、不吉だなぁ。だがもう死んでいる身として、そんな曰わくどうでも良いものでもある。
改札に背を向けるとその場で階段に座り込んだ、膝を抱えて遠くを眺める。先程まで爆走していた道筋には相変わらず金平糖の群れがみえる、もはやそれしか見えない。
「だらしないですよ。少し出発を遅らせてくれる事になりました…感謝して下さい」
脱力する誠の右隣に、呆れ顔のルファが腰を降ろす。小さな体を寄せさらに小さな切符を差し出した。風神からファミレスで渡されていたものだ、そしておそらくそれはここで使う重要なアイテムなのだと誠は理解した。
指先で触れた瞬間、〈蜂ノ瀬誠・異世界行き〉と光の粒子が焼かれ文字が浮かびあがる。どういう仕組みなんだこれは、しかし色々驚く事だらけで今の誠には質問する元気はもうない。浮上する疑問と共に、なくさぬよう大切にズボンのポケットにしまい込んだ。
異世界がどのような場所なのかは、ファンタジーにそこまで詳しくないなら中々見当がつかない。知る限りで参考にするならば、昔々の古い記憶から引っ張り出す事となる。あれは誠の父がまだそこに居て、母がまともだった頃。たしか小学一年生の夏休み。
クラスで仲の良かった男の子の家で、ファンタジーRPGのゲームをしていた。内容は悪い魔王に支配された世界を取り戻そうとする勇者達の物語。旅の途中で導かれし仲間と共に困難に立ち向かう、それから呪われたお城やモンスターが出てきてレベルアップしていかないと中々勝てなくなっていって…どうしてだろう。これ以上は知らない。その友達の名前も。
でも〈いつかこんな世界を一緒に冒険しよう〉と子供らしい約束をしたような、この部分だけはよく覚えている。きっとその相手は、そんな些細なこと忘れてしまっているだろう。誠はなんだか思い出した分、少しだけ虚しい気持ちになった。
「えーと、ルファちゃん」
「…ルファで良いです、ちゃん付けはやめてください。私はあなたより遙かに年上ですので。子供扱いは許しませんよ!」
「お、おお…はい。」
ずっと隣にいるので何気なく呼んでみたのだが、機嫌を損ねてしまったようだった。パッツン前髪に隠れた眉は今どんな形をしているのだろう、ルファは勢いを付けて早口だった。
元天使と豪語しているだけあり、私は遙か悠久の時を生き続ける高貴な存在なのだぞ敬え、そんな感じなのだろうか。そういえばここに来て初めて遭遇したのがルファだったのに、たった今初めて名前を呼んだ気がする。それに元天使って何?知りたい事だらけなのにも誠は今更になって気付いた。
他人への興味は、いつからかまったく湧かなくなってしまっていた。
そしてこの距離の近さ、顔の造形がよくわかった。とても今更だが、かつてこんな生き物を見たことがない。透き通る白い肌にぱっちりとした猫目、その美しい翡翠の瞳に映る景色は例えアスファルトに転がる糞でも香ばしいチュロスぐらいに昇華されるのではと錯覚しそうだった。金色の髪はまるで光の絹みたいに凄くキレイで…
「変な顔で、じろじろみないでくださいっまったく。何を考えているんだか」
小さな手の平が下顎をガッシリ掴みあげる、そのまま思いっきり打撃なしアッパーの勢いで上へ押し上げられた。掌底とも言う。バランスを崩し、丸まったままの体勢で仰向けに転がる誠はおきあがりこぼしのように揺れていた。
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