第3話 異世界前のファミレス面接

ムシャムシャ。


支配人が咀嚼しながら小ぶりなオムライスをスプーンで抉っていき、誠はBIGエビフライに噛みつきながらそれを見守る。ザクザクの衣、そして肉厚な海老はプリプリとしていて、生前食べたどの海老フライよりも美味く感じた。よく噛みしめながらそれを飲み込んでいく。


「マコちっちさー…どんな世界に行きたい?いきなり言われてもだろうけど。なんつーかな、とりあえず旅行感覚で答えてくれていいからさ」


支配人の手首の裾からギラギラ光る悪趣味な腕時計が顔を覗かせ、両肘をテーブルに乗せると顔の前で手を組む。そしてとても落ち着き払った、キリリとした表情で語りかけてきた。彼の方が支配人であるが、周りからみたら誠が店長で、バイト面接を受けに来たやからにみえなくもない。まあ、ここには他に誰もいないので気にする事ではないだろう。


「なんというか、僕はあまり想像力がなくて。死んだらふつうに天国か地獄に行くのかと思っていましたし」


もぐもぐ。


「なるへそね…まあ一般的にその認識であってんだよ、たまにイレギュラーなパターンがあるだけで。マコちっちみたいな」


ハンバーグとエビフライをひとつずつ胃袋へと片付け、ピラフに差し掛かかりながら誠は思った。イレギュラー?どういう意味だろう、このピラフの下に埋まってた唐揚げみたいな存在が僕なのだろうか。胃腸と相談しながら食事の手が止まる。


「行き先の希望としては衣食住さえ確保出来る場所であれば特に、労働も人並みにこなせる自信があります」


誠はコミュ障とまではいかないが、あまり喋る方ではなかった。なのにこの時どうしてなのか、口が、舌が、とまらなかった。


「今度は…大切なものや自分らしさを奪われないよう生きていきたい。友達だって欲しいし、普通に、その恋愛なんかもしてみたり、僕は、その…楽しくのびのび…ええと」


ゴニョった。


行き先の希望しか聞かれてないのに何故余計な事まで答えてしまったのか、家庭の事情を含め人付き合いは浅くを心がけた。普段から打ち解けて話すタイプではないのに、そんな自分の饒舌さに誠は驚き口ごもる。


このリーゼントにはもしかしたら何かスピリチュアルなパワーが秘められているのかもしれない、街中であったら絶対関わりたくない見た目であるはずなのに。鋭い目、しかしよくみたら優しく笑うし、全て見透かされてる気すら…まるで神様みたいな。もしかしてそうなのか?と、色々な戸惑いが頭の中を混雑させる。


「いいね、希望がもうよくばりバリセットじゃん」


ニッコリと支配人はそのまま立ち上がりドリンクバーへと足を運んだ、専用のグラスを二つカウンターに並べ人差し指を横に整列しているドリンク前で迷わす。慣れた手つきでブレンドしていく、シュワシュワと踊り混色するカラフルな炭酸飲料。それには少しだけ、誠の心は躍った。結局家を出ても、気楽にファミレスに行くなんて友人関係等は築けなかった。


「マコちの新たな門出に、そしてこれから始まる俺達のマブダチ最強伝説に…」


微妙に変化するニックネーム、ゆっくりと座席へ歩み寄り、そして顔の前へ注ぎたてなみなみグラスが突き出された。


「ふうちゃん」


なんだよこれ、よくわからないそのマブダチ伝説とは一体、まだ早い気がする。と、ツッコミをいれるタイミングを完全に見失った誠はどうやらこの〈ふうちゃんワールド〉に引き込まれてしまったようだ。そうだとすればずっと前から友達だった気すらしてくるのだろう、なんなら感動で2人は涙を流しながら青春万歳!と抱き合うかもしれない。


支配人と誠は笑い合いながら直ぐさまグラス同士をかち合わせる。


氷が気泡まみれになりながら虹色の液体と揺れている、ゴクリ。フルーティーな香りが口の中に広がり…この味はなんだろう、独特なブレンドであった。


「どうよ、よくバリバリSPECIALドリンクの味は」


「…お、美味しいです。ありがとう」


そのネーミング、凄く気に入ってるんだろうな。センスには触れずに、誠はとりあえずの愛想笑いをした。そのまま何気ない談笑をしていると、いつの間にかルファが真横に佇んでいた。危うくこぼすところだった謎のシュワシュワドリンクを誠は一気に飲み干す、強い炭酸が喉を刺激し眉を潜めた。


「支配人、デザートは召し上がりますか?」


ルファは指先でスカートの裾を握りそわそわしている、とても暇なのだ。客は誠だけなのだから。支配人が少し考えたように唸った。


「本当はこのままデザートまでガッツリ食って盛り上がりてぇとこなんだがな」


―――ガシャン!!パリッ…バキバキ…ッ!


入口からだ。ガラスの粉砕音が奥の座席まで響いてきた、思わず身がすくむ。カランカラン、扉に取り付けている小さな鐘が揺れ誰か入って来たようだ。鋭利な破片の上を踏みしめてこちらを目指す足音。同時に店内の空気が淀んだ気がして思わず誠は咳をした。


「はあ~…ま!じ!で!萎えるわ。なんか呼んでもねぇ客来ちゃったらしい。ルファ、裏口からマコちを連れていつもの場所な」


支配人は不機嫌に眉間に皺を寄せ整えてあったリーゼントをぐしゃぐしゃ掻きむしる、ボンタンのポケットに手を突っ込むと何か取り出す、それは光を帯びた小さなキップ。ルファはそれを静かに受け取りメイド服の胸ポケットに収納した。


「支配人…ご武運を」


ルファ誠に目配せをすると立ち上がるように促す。


「じゃあな、さよならは言わねぇぜ…マコちとはまだ出会って間もないが俺は知ってるよ。お前は何があっても心を濁さず立ち向かい努力する、まるで勇者みたいなやつだって事」


「 え 」


あの身に覚えのない履歴書にはどこまでの出来事を書き記されていたのか、なんだか気恥ずかしい気持ちで誠はその言葉を受け取った。特攻服を翻すと支配人は背を向けたまま誠に見えるよう拳を握りグッと親指を立てる。「Good Luck!」と。その時改めて注視した背中には、爆走神様天国地獄と金色の刺しゅうが縦一列に施されていた。誠はそれについては、特に何の感情も示さなかった。


この支配人は誠にとって触れあったことのない人種であり、身なりや言動には戸惑いが多かった。しかし少しだけ気持ちが明るくなった、それだけは間違えのない事実であった。


ずるっ…ずるっ…べちゃべちゃ…べちゃ。


グズグズに濡れた雑巾みたいなそんな音、何かを引きずるようにそれは徐々に距離を縮めて姿を現す。血生臭さがあたりに広がった。誠は無意識に手で鼻を覆った。


「隙をみて走れ」


支配人は一点を見据え片腕を突き出し、そして侵入者が這い寄る正面へとかざす。食べかけで干からびていくピラフを乗せた皿、飲み干して空になったグラス、それらが不穏な音を立てて軋み。そして――――


―――――ビシンッ!パンッ!


亀裂と共に爆裂した。飛び散る鋭い破片をルファがトレイをまるで盾のよう使いこなして全て叩き落とす、それは誠の目にはあまりにも早い動きで、ただ音にビックリして腕で中途半端なファイティングポーズを取ると固まっていた。


「マコト、合図したら私と一緒に厨房へ走ってください」


そしてルファの言葉に気を引き締めた、床に散らばる氷や食器の破片に気をつけながら。足をしっかりと踏みしめる、現在の距離から厨房は大体30メートルぐらいだ。ここで唯一の救いは謎の侵入者のいる方向へ走る必要が無いという事、厨房との位置関係は真逆。


走るのは得意じゃない、だが、今度こそいい人生を送ってやろうじゃないか。誠はそう自身を元気づけるのであった。もう、いつでも走れるさ。


ここから始まる、スタートラインだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る