第2話 リーゼント超よくばりバリセット


「満身創痍…」


突然のフラッシュバック、または走馬灯かもしれない。

それは蜂ノ瀬 誠の小学生から大人になるまでの散りばめられた記憶の断片。母、蜂ノ瀬 蛍は感情的になるとすぐ息子を拘束し物置に閉じ込めた。どこにもいけないように、自分の元からいなくならないように。


「出してよ!おかーさん!」


「何度言ったらわかるのよっ…お友達と勝手に遊んじゃダメでしょう!学校が終わったらすぐ帰ってお母さんと一緒にいるの!じゃないと!お母さんもいなくなっちゃったら嫌でしょ!?独りぼっちになるんだよ!」


これは誠の父が突然いなくなってからだった、知らない女と家を出ていって行方不明になったらしい。それが何を意味するか、よくわからない頃に彼は聞かされた。そこからかもしれない、蛍はおかしくなってしまった。


過剰な暴力は受けていない、口答えに頬をビンタされるぐらいで、その後すぐに蛍側が泣きついて謝ってくる。しかし普通に友達と遊んだり、学校行事でよくある遠足や合宿には行かせてもらった記憶がほとんど無い。そんな彼は学校や近所ではいつの間にか「病弱な子」になってたわけで、元気に外を走り回る事も次第に制限されていった。


誠自身はそうでもなかったのに。むしろ外にでたくて遊びたくてたまらなかったのに。


当時は疑問だらけだったが、今となれば息子を束縛しておきたいという自己中な蛍の仕業に決まっているのだ。行方不明の父親からは連絡や援助も一切ないまま、中学生ぐらいになると母親の実家で暮らすようになる。この頃になると誠はもう冷静だった、反抗するよりもこいつはなんて哀れなババアなんだとも思い始めていた。そして、この毒親から逃げるという作戦を考え始める。


家にいなくていい学校の時間を有意義にフル活用しコミュ力を養った、家計を助けたいという理由をつけてバイトにも出た。そして祖母名義でこっそりスマホも入手した。奨学金を利用し学業を死ぬ気で全うしながら就職先をゲットし、地獄からの脱出に向けルーティンを怠らなかった。


問題は、一人暮らしを許してもきっと住所を教えろと迫ってくる事だ。なので隙を見て祖父母にだけ挨拶を済ませ逃げるように家を出た。罪悪感は多少あった、しかし二人は快く送り出してくれた。


思い返せば誠のこの行動が蛍の深い闇を刺激してしまったのかもしれない。わざわざ県外の会社を選んで、祖父にも祖母にも口止めまでしたのに。なのに、居場所は絶対にわからないはずなのに。まさか刺しに来るという狂気による誤算。


そして、現在。


「大丈夫ですか?もう3分40秒程経ちますが」


我に返る。歩みを止めていた。


「ぼーっとしてしまって…ごめんなさい」


「いえ。では、あちらの席へどうぞ」


それから連れて行かれたのは店内の1番奥だった、喫煙席と記されたカードが天井から吊り下がっている。壁にもたれ掛かった人物が見えてくる、鼻から口から白い煙を吹いていた。


その容姿が明らかになるにつれ誠の顔面は引きつった。緑色のリーゼントに鋭い眼光、眉はほぼ無に等しく、攻撃力高めの白の特攻服を着込んだ男性が鎮座していたのだから。安全ピンを右側の耳輪沿いに何本も突き刺している。個性的なファッション雑誌で見かけた気がする、好奇心で一度だけ買った。やっぱり、なんだか痛そうだ。など考えていると男性はこちらに気付き、そして大きく手を振った。体も誠より大きく感じる。


「おーい!こっちこっちー!」


強面の形相からは想像出来ない天真爛漫な笑顔は、まさかの誠達に向けてだった。


「支配人、お疲れ様です」


「あの人が!?」


驚愕で声が上擦った、ルファは支配人と呼んだその男に一礼し対面するよう座らせた。こんもりとした灰皿が下げられたかわりに、メニュー、おしぼり、お冷やがテーブルに二つづつ並ぶ。言葉は慎重に選ばなけれなならない、誠の脳内ではワード厳選会議が開かれていた。支配人は新たな灰皿に煙草を押し付けると懐から折り畳まれた紙を取り出し広げる。


「蜂之瀬 誠くんか、かっこいい名前で最高じゃん。特にこの誠って漢字、俺すんげー好きなんだよ」


「はあ…恐縮です」


支配人がへらへら眺めているものがテーブルに置かれた、それは誠の照明写真が貼られた…履歴書のようだった。少し違うのは歴史で知る偉人達のように、生い立ちや死ぬまでの出来事がざっくりまとめられていた事。


もう色々とツッコミどころがありすぎてついていけない、と誠の愛想笑いは引きつっていく。


「そうそう、マコちっちお腹空いたっしょ!ほらメニュー見てなんか頼みな。もちろん俺のおごりだから遠慮すんなよ。で、俺の事は気さくにて呼んでくれていいぜ…な?」


筋肉質な片腕を伸ばして肩を友好的ににガシガシ揉んでくる、この距離の詰め方と威圧的な容姿にやられて完全に相手のペースだった。とにかく何か頼まなきゃ、と急いでテーブルに広げられたメニュー表に目を泳がす。そういえば死んだのは夕飯前だった、と空腹を意識した。


「…はい!ふ、ふうちゃん!じゃあこの、超よくばりバリ!ハンバーグ君エビフライちゃんランデブー相乗りセットで!!」


メニュー上段を大きく陣取った、恐らくここのおすすめメニューであろうものを早口で詠唱した。値段を見て頼んでなかったのを一瞬悔やんだが支配人のふうちゃんはにこにこしていたので…1550円か、ごめんなさい。と、誠は目を閉じる。


すると1分も経たないうちに、ルファが大きめの銀色トレイに先程頼んだバリバリセット(略)と支配人のであろうお子様ランチを乗せて運んできた。なんて爆速なんだ。


「どうぞごゆっくり」


ゴトゴトと立ち並ぶ、空腹にはたまらないコクのあるソースとケチャップの焦げた匂いに緊張が少し解された。


「ヒュー!!これこれ!これ食べなきゃテンションあがんねっつーの!」


お子様ランチにテンションぶち上がりの支配人とは裏腹に誠は困惑していた、バリバリセットが想像よりもやばかったから。


まずエビフライ大×3とハンバーグ大×3が、盛られた海老ピラフの周りで円陣を組んでおり、そこにカチコミをかけるデミグラス&タルタルソースの存在。その真ん中にはレタスが花弁のようシャキシャキした様子でポテトサラダとプチトマトを包んでいる、スープは日替わりらしく、本日は卵のコンソメスープだった。


「じゃあ、食べながら話そうや。いただきます」


「いた…だきますっ」


2人は掌を胸の前で合わせ、そしてそれぞれ箸やフォークなど好きなように使うと食事を始めた。そういえば一体何を話すのだろうか。やはりここは誠が地獄に墜ちるべきか天国へ進むべきかを審査する、そういう事なのかもしれない。すぐ厨房へ戻ってしまったルファもさっきそれっぽい事言っていた、然るべき世界とは一体。それはまだよくわからないままであった。


しばらくは食器の鳴る音、咀嚼音だけになった。

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