第7話 被害者の会
「一番最後にここに来たのって、あんただよね?」
濡髪のイケメンが俺に向かって尋ねた。
「うん」
「年いくつ?」
「五十一」
「やばいね」
「やっぱり?パパ活かな」
「ばかばかしくない?あんな女のために。人生無駄にしてさ。あんた、人を見る目ないね」
濡髪が言った。今は壁際に座って片膝を立てていた。すべてが絵になるやつだ。男受けは良くないだろうが。こういうタイプが一番面倒臭い。
「ちょっと、そんな気がしてきた」俺は頷いた。
あさひも好きだけど、ここにいる若い子たちもかわいいと思えて来た。同じ女を取り合う者同士、殴り合いの喧嘩にならないのが不思議だが。
「あんた、この部屋使えば?」
「はあ?」
「何言ってんだよ!」俺は意味がわからなかった。
俺はその四人が俺とあさひの絡みを覗こうとしていると思った。
「あさひが帰ってくる前に、みんな早く帰ってもらえない?さすがに居座られるのはちょっと…」
「何で?」濡髪がむっとして言った。「俺たちずっとここにいるし」
「でも、あさひになんて説明すんの?この中から一人選べって言うのかよ?」
俺は言い返す。
「あさひはきっと俺のことが一番好きだと思う」
そう言ったのは、モデルの子だった。
「絶対俺だって」
シャワーのイケメンが言った。
「俺が一番最初に付き合ったんだし」
「そう言えば君は…地元の知り合いかなんか?」俺は尋ねた。他の三人が何も言わないからだ。こういうヤンキーは、何をしでかすかわからないから正直怖い。
「俺はあさひの中学の同級生で、高校の頃、付き合ってた。卒業して俺は東京で就職して、あいつは大学に行ったけど、ずっと続いてた」
「珍しいね。言っちゃ悪いけど。女の方が四大で…男が高卒って」会計士の男が馬鹿にしたように言った。
「うるせえ!自慢すんな!俺だって大学行きたかったけど、うちは母子家庭で金がなかったんだよ!」
奨学金を貰って通えば良かったのにと思ったが、高校生にそこまでのリサーチ力はないのかもしれない。しかし、マッチングアプリで男漁りをしている様子を見れば、こいつとは続かないだろうなと思った。
しかし、惚れ惚れするほどのイケメンだった。この後、一緒に飲みに行きたいくらいだ。
「で、別れを切り出されたわけだ?」俺が尋ねた。すっかりホスト役になっていた。
「それがあいつ、はっきり言わないんだよ。汚い女だって言うか。他に男がいても、連絡すれば返事寄越すし、前と全然変わらないっていうか…」濡髪が言った。
「誰にでもいい顔したいってタイプだよな」大学生も頷いた。知り合いなのかこいつら…俺ははっとした。
「そういうこと」濡髪が同意する。
「なるほど、それで五股ってわけか!」会計士が叫んだ。
「メンヘラ?」俺がふざけて言うと、兄ちゃんに窘められた。
「そこまでではないですが…あさひは、いつまでも幸せの青い鳥を探してるんです。例えは古いですけど。近くにある幸せに気が付かなくて、いつも遠くまで探しに行こうとしてるみたいな…僕はあさひの悩みを何時間も聞いてやって、寝不足で会社行ったりをしょっちゅうしてましたが…それでも、よそに求めてしまうんです。僕に足りない何かを」
もったいないなと思った。大手商社に勤めてたらモテモテだろうに。
「でも、最初に付き合ったのって…君のことなんじゃないの?」
俺は濡髪の兄ちゃんに言った。
「うん。俺のことは好きだってずっと言ってた。一生変わらないって。でも、やっぱり環境が違い過ぎるし、将来を考えられないって言われてさ…」
まあ、アナウンサー志望で向上心の塊みたいな女と、作業員みたいな感じの人は合わないかもしれない。
しかし、そいつが何をやってる人かと思ったら、技術職で俺よりいい会社に勤めていた。さすがだ。高校の学校の成績もよかったに違いない。あさひは付き合う男のレベルが高い…俺以外は。
「そんな薄情な女より、もっといい女いるんじゃない?」俺は尋ねた。
「俺はあさひじゃないとダメだ!」
濡髪が悔しそうに俯いた。いいなぁ。そんな風に思ってくれる人がいるなんて。俺はあさひのことを、本当はそんなに好きじゃないんだろう。顔がかわいいから好きだけど、こいつの好きはもっともっと深いところにある。
「でも、あさひにはふられたんだろ?」空気を読めない感じの会計士の男が口を挟んだ。
「ふられてない!他の男と付き合い始めただけで」
「他の男って俺?」モデルの男が笑いながら自分を指さした。「でもさ。俺なんて…何股掛けられてるかわかんない…だって、会計士の彼氏ができたって人づてに聞いてたし…」
モデルの男のレベルと濡髪はちょっと似ている。二人は年も近いし、合いそうだった。
「あ、それ、俺か」
「その人、彼女がいたのに別れてあさひの方に来たって言ってた」濡髪が言う。
「よく知ってるな」
会計士の男は満足げに笑っていた。それがあさひに対する愛だと自慢しているようだった。俺からしたら、他に好きな相手ができたからって、彼女を捨てるなんて、酷い男だなと思うが。相手には同情する。
「せっかく、高校から付き合ってた彼女と別れたのに、あさひは浮気するし…お母さんのことを考えたら、僕との将来を考えられないって。母親がいなかったらと…どんだけ思ったか!」
「でも結婚って、結局、家同士の問題じゃないかと思うけどね」
俺は大人の発言をする。
「タイミングもあるしさ。大学生だから焦ってないだろ?」
「僕はもう親と縁を切ってもいい」会計士が絶望したように顔を覆った。
「そんなのあさひが望んでないでしょう」兄ちゃんが言った。
「そうでしたね。…それで、その後知り合ったのが…園田さんでしたね」
会計士も商社マンには一目置いているのがわかった。
「はい」商社マンが話し出した。「僕たちはマッチングアプリで知り合いました。あさひは、今まで付き合った男性は一人だけで、別かれて一年経ったって言っていました。皆さんの話を聞いていると、そんなことなさそうですね…」
「あなたはどんな状態だったんですか?」
商社マンが少し考えながら話始めた。
「僕たちは毎日連絡を取り合っていたんですけど、僕が海外出張で日本を出たり入ったりしてたので…。ある時、たまたま客とのミーティングが流れて時間が空いたので、黙って来たことがあったんです。前日ほとんど寝てなくて、部屋で寝かせてもらおうかと思ったので…。
でも、部屋に来た時に、別の男性と鉢合わせしたんです。合鍵を持ってるって人と。かなり年上の人で…落ち着いた、かっこいい人でした」
「で、どうなったんですか?その人とは?修羅場になったんじゃ…」俺はワクワクしながら尋ねた。
「はい。なりましたね。相手が殴り掛かって来たから、押し返したら、相手がテーブルの角で後頭部を打ってしまって…。これじゃなくて、ガラスでできた、縁が尖った金属のテーブルでした。
変な風に倒れて、やばいなと思って慌てていたら、後頭部から血を流して、動かなくなってしまったんです。詰みました。もう終わりだなって…」
商社マンはいきなり泣き出した。しゃくりあげて泣いていた。君は悪くないと俺は思った。
「聞いた限りだと、それは事故だよ…でも、救急車呼ばなかったんだ?」俺は尋ねた。
「はい。パニックになってしまって。僕は。そのままその場に座り込んでしまいました」
このヘタレめ、と俺は思った。
「その人は亡くなったみたいで、しばらくして触ったら固くなっていました。僕はあさひに電話して、部屋のコンロから一酸化炭素が発生してるから、帰って来ないようにと頼みました。何で部屋にいるのって言われましたけどね。それで僕は朝まで考えて、結局ここで…」
俺は固唾を飲んで次の言葉を待った。
「僕は…首を吊りました」
「んで。〇に切れなかったんだ」
俺が尋ねた。
「いいえ…」
「じゃあ、君はもう〇んでるってこと?」
変なことを言うやつだ。俺は笑った。心が〇んだという意味だと思った。
「はい。みんなそうですよ」兄ちゃんは他の男たちの同意を求めた。
「そうそう。僕はベランダで…。この人はクローゼットで」
「俺は風呂場で」
「え?」
「みんなこの部屋で〇くなったんです」にいちゃんが言った。
「まさか。四人も…そんな。あり得ないよ!」俺は呆れて笑った。
「あんただって…気が付いてないみたいだけど…」
「事故〇だったからな」
男たちは口々に言い始めた。
***
玄関のドアがガチャっと開いた。
俺は焦った。
元彼が四人もそろっていたら、あさひも気まずいだろう。
「だから…もう!あはは」
玄関で高らかに笑い声が響いていた。
「もう、買いすぎだよぉ!」
「絶対食うから。大丈夫だよ」
若い男の声だった。俺と一緒の時より楽しそうだった。そんな姿は見たくなかった。
「キッチンで手洗って」
「うん。今、インフルエンザ流行ってるからな」
「キスする前にうがいもしなきゃ」
二人は仲睦まじく部屋に入って来た。
また、新しい男だ。そこにいた五人全員が思った。Tシャツ姿のイケメンだ。大学生だろうか。なんとなく金持ちのぼんぼんっぽかった。あさひに限って、貧乏な男と付き合うはずがない。
「部屋、片付いてるね」
俺たちを目の前にしても、あさひは平然としていた。
「私、掃除が趣味なの」
「へえ。あさひちゃんって家庭的だね」
「そうかなぁ。えへ」
あさひは媚びたように笑う。その笑顔も、以前はそこにいる一人一人に注がれていたものだ。とんでもない女だ。みんな気が付くのが遅すぎた。
あさひと男はキスをし始めた。二人ともはあはあしている。
「なんか。辛くなって来た」
俺がそう言って辺りを見回すと、そこには、俺以外誰もいなかった。俺はようやく察した。あさひには俺が見えていないんだ。二人がいよいよ盛り上がって、イケメンはあさひの服の中に手を入れていた。そこにいたのは、だらしない顔の不細工な女だった。
俺はポケットに入っていた合鍵をテーブルの上に置いた。そして、二人に気付かれないように、そっとドアを開けて部屋を出た。
玄関には、さっき俺が履いて来た靴がそのままあった。自分がもうこの世の者ではないという実感はなかった。これはきっと夢で、朝になったら俺はまたいつも通り会社に行くんだ。俺はそう思いながら部屋の外に出て行った。
世界は前と何の違いもなかった。
合鍵 連喜 @toushikibu
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