第4話 合鍵(2)

「あさひも就職したら君がどれだけ忙しかったかわかるんじゃないかな」

 俺はイケメンを慰めるためにそう言った。社会人になった後でも、男が仕事で忙しいと文句を言う女性もいる。金目当ての人は違うだろうけど。

「もう、遅いですけどね」

 イケメンはぽつりと言った。残念だが、あさひの今彼は俺なんだ。ごめんよ。


 俺たちがしんみりしていると、ベランダのサッシが急に開いた。


 あっけに取られていると、目の前には、別のスーツ姿のイケメンが立っていた。自称兄ちゃんの方は、身長があまり高くないのと対照的で、背が高く小顔だった。若干チャラい感じのイケメンだ。俺的には兄ちゃんの方がタイプだが、外見的にはどちらも甲乙つけがたかった。


「どこから入って来たんですか?」俺は思わず叫んだ。

「見りゃわかるでしょう。ベランダですよ」長身の方が答えた。

 俺はむっとした。そんなのわかっている。しかし、そこは二階だった。

「じゃあ、下からベランダを伝って登って来たってことですか?」

「いいえ。僕は合い鍵を持ってるから、玄関から入って部屋にいたんです。そしたら、知らない中年男が入って来たから隠れてたんです」

「あんた誰だよ?」俺は言った。

「僕はあさひの彼氏です」

 俺と兄ちゃんは黙った。俺たちは三股を掛けられていたようだ。そいつは、俺たちと同じようにテーブルの前に座った。なぜ、三人で話し合わなくてはいけないのかわからなかった。誰か帰れよと思うが、どちらもその気配がなかった。


「いつからあさひと付き合ってるんですか?」兄ちゃんが言った。

「二年前からです。あさひが大学一年の時…うちの事務所でバイトを始めて」

 俺はそこが芸能事務所やコンパニオン派遣の会社か何かだと思っていた。

「僕は会計事務所に勤めてまして…会計士なので」

 公認会計士か…。俺には手の届かない、地位のある人が出て来たなと思った。

「すごいですね。その若さで?」

「学生時代に合格したので…」

 専門職か…いいなぁ、と俺は思った。兄ちゃんも同様だろう。


「僕はあさひを親にも紹介しているし、結婚するつもりだったんです」

「だった?」こいつとは、もう別れたんだろう。あさひの彼氏はやっぱり俺だ。

「他に好きな人ができたって言われまして。でも、僕たちは別れていません。僕のことをまだ好きだって言ってくれたし」

「でも、君くらいの人なら、他にも見つかるんじゃない?もてるだろ?」

「僕はあさひじゃないとダメなんです」

「それは俺も同じだよ」

 俺は言った。すると兄ちゃんも「僕だってそうですよ!」と叫んだ。


 会計士のイケメンは訥々と話し出した。あさひを自分の親に会わせた時に、あさひが彼の母親のことをと言っていたそうだ。世の中で嫁姑問題というのがどのくらいあるのか知らないけど、本人がそう言ってるなら、結婚は難しいんじゃないだろうか。


「じゃあ、あなたのお母さんは、あさひのことを気に入らなかったということですか?」兄ちゃんが言った。

「はい。もっとちゃんとした家庭に育った人じゃないとダメだと言っていました」

「ちゃんとした家庭って…あさひの家は別にまともだと思うけどね」俺はむっとして言い返した。普通のサラリーマン家庭の何が悪いと言うんだろう。


「幼稚園から私立に通っているような、そういう家庭です。僕の家もそうなので…。あと母は田舎の人が好きじゃなくて」

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