第11話 幽霊の正体

「ゼロ、大丈夫なの?」


「大丈夫だ、問題ない。ミラはそのまま、見張りを続けていてくれ。」


 見張りをしていたミラが心配そうに声をかけてくる。それに対して、俺はできるだけ落ち着いた調子で返した。今、ミラにトイレに踏み込まれると非常に厄介なことになる。


「……あれ?どうして私……?」


 ルーリアは困惑した様子で、手に持ったモップを見つめていた。やっぱり、予想通りだ。ルーリアは、最初に入ったトイレですでに幽霊に憑かれていたのだ。意識は完全にルーリアのものだが、体の方は幽霊の支配下にあるのだろう。ここまでは、ルーリアの意識通りに、体を動かしていたが、ここに来て、俺を排除するためにルーリアの体を無理矢理動かしたのだ。


 わざわざ、最後のトイレまで待ったのは、単純に遅い時間になればなるほど、生徒がいなくなって目撃者が減るというものだろう。俺は、残ったトイレが一つになった時点で、この可能性に行き当たっていた。やっぱり、最後のトイレまで幽霊が現れないのは、運が悪すぎるからな、運以外の理由もあるかもしれないと考えて当然だろう。


 さて、幽霊をルーリアから引き剥がして、退治しないといけないわけだが、本当に面倒なことになったな、と頭を抱える。


 この幽霊の戦闘力自体は、大したことない。それこそ、一瞬で片がつく程度だ。しかし、この幽霊をルーリアから引き剥がす方法の方に問題があった。


 この幽霊は人に疎まれるあまり、トイレにこもるようになった生徒の怨念で生まれてしまった幽霊だ。そのため、この幽霊に最も効果的なのは、人の温もりを与えてあげること。


 人の温もりは、この幽霊の存在意義と真反対も位置にあるものだから、憑かれている人間に温もりを与えることで、幽霊は拒否反応を起こし、その人間の体から出ていく。


 そして、その温もりを与える行為というのが、口づけだった。


 しかも、より厄介なのがルーリアに意識があるということだ。どうせなら、意識まで乗っ取ってくれれば良いのに、と幽霊に愚痴をこぼしたい気分になる。


 しかし、悪態をついていても状況は改善しない。


 俺は、覚悟を決めて、ルーリアに向き直った。


「ゼロ、早く逃げなさい!私の体、操られているみたい。」


「知ってるよ、幽霊に憑かれてるんだ。」


「……なるほどね。それで、どうしたら、私は解放されるの?」


「今から俺が解放してやる。……良いか、悪く思うなよ。これは、あくまで必要だからやるのであって、別に俺がしたいとか、そういう………。」


「方法があるなら、早くやりなさい。もし出来ないなら、危険だから早く逃げて。」


 俺がしどろもどろに言い訳をしているのを遮って、ルーリアは告げた。自分が、危険な状態で、俺を気遣っている余裕なんかないだろうに、逃げろと言ってくれたルーリアを見て、俺は本当に覚悟を決めた。


「悪く思うなよ、ルーリアっ。」


 トイレの床を思い切り蹴る。


 一瞬で、俺とルーリアの距離が縮まる。当然、反応出来るわけがない。


 俺は、ルーリアの手前で減速して、ゆっくりと、顔を近づけた。


 一瞬だけ触れるような、感触も大して分からない、優しい口づけをした。


 その瞬間、幽霊が悲鳴を上げて、ルーリアの体から引き剥がされる。


 俺は呆然としているルーリアが倒れないように抱きかかえて、ついに現れた幽霊と対峙した。

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