第14話 復讐の果ての真実

 司会開始のかけ声と共に、私は魔法を展開する。『地味だ、華がない』と、言われていた私の魔法までヴィンセント先輩は変えてくれた。

 ギュッと錫杖の柄を握る。


『実に無駄のない攻撃ね。確かに魔物相手ならその方が手っ取り早い。でも人と戦うのなら派手な魔法は、牽制にもなるし油断を誘える。だから、この錫杖を上げるわ。これは貴女の魔法を意図的に可視化させることができる。不可視の魔法陣の美しさを見せつけてやりなさい』


 そう美しさや華美なものは目を惹く。

 それが武器になることを私はここで学んだ。


「魔糸魔法――白銀のアルジャンティ・散蓮華ロータス


 闘技場の上空に円状の魔法陣が浮かび上がる。それも二重三重に積み重ね、蓮華の紋様と幾何学模様が展開。

 その輝きは月の陽射しよりもなお明るく、神秘的なものだ。


 この術式を『使用制限時間がある』と思わせるようにしたのは、ヴィンセント先輩が「あまりにも一瞬で決着がつくなんて、面白くないでしょう。術式発動まで力の限り足掻いて貰いましょう」と、提案したからだ。


「させるかぁあああ!」


 必死の形相でレックスは四つの魔法――火、水、雷、風の矢を同時に展開して私を狙う。だが、ヴィンセント先輩はそれを全て相殺してレックスの間合いに飛び込む。

 刃がぶつかり合い、剣戟が加速する。


「図に乗らないで! スクトゥム速度加速ヴェロキタス!」

 

 レックスの肉体に青白い光が宿る。ライラの防御と肉体強化によって、レックスの基礎スペックを底上げしたようだ。

 手数と速度が増して、ヴィンセント先輩がやや押され始めた。

 呆気にとられていた観客席からは、様々な応援の声が飛ぶ。どちらかというとレックスたち側だろうか。


 誰もがみな蔑み、貶めようとしていた私とヴィンセント先輩の正体に困惑しているようだ。だがそれは、ほんの僅かな剣戟の合間に変わっていく。


 ヴィンセント先輩の剣技に誰もが目を奪われた。舞うような軽やかさと優雅さ。

 余裕すらみせて微笑む。

 挑発だ。

 案の定、レックスはここが闘技場だと言うのも忘れて、四つの魔法を駆使してヴィンセント先輩ではなく、私に狙いを定めた。四つの魔法ではなく最速の稲妻の槍が肉迫する。

 だがそれをもヴィンセント先輩は打ち砕く。女王を守る騎士を彷彿とさせる献身と態度に、闘技場はいつの間にか熱気に包まれていった。


 私を狙い続ける執拗な戦い方に観客が「ヴィンセント先輩と正面切って戦え!」「卑怯者!」とレックスに罵声が向けられた。最初は少なかったが、レックスはヴィンセント先輩との直接対決は望まずに一撃離脱ヒット&アウェイを繰り返す。


 命を賭けた戦いなら非難する者もいなかっただろうが、あまりにも一方的に狙うので観客としては不満な声が上がる。「男らしくない」とか「剣士なら戦え」などなど。

 しかし実際に戦っている側とすれば、時折ヴィンセント先輩がわざと隙を見せて煽るのだ。そしてその隙とは、私を狙うにはもってこいのタイミングだったりする。


 誘導されて私に攻撃をして阻まれる――戦いの中で齎される情報や戦況を冷静に把握しなければ、攻撃はどんどん単調になってく。視野も大分狭まってきたようだ。

「きゃあ」と、黄色い声が上がった。次いで猛攻撃を仕掛けるレックスにヴィンセント先輩は毅然と剣を振るう。


(ヴィンセント先輩、やっぱり格好いい)

「――っ、速度加速ヴェロキタス!」

拒絶リジェクト


 ライラは防御魔法に特化しているが、かけ直す度に私がそれを砕く。

 青白い光が途中で霧散し、レックスに魔法が施されない。

 それは魔法が発動する瞬間を狙って全て魔糸魔法で拒絶リジェクトしているからだ。ようやく私のしていることに気付いたライラは、顔を真っ赤にして睨んできた。


(三十八回目でやっと気付いたけれど、どう対処する?)


 ふっと、微笑んだ瞬間――ライラは漆黒の杖を取り出した。杖の先端に柘榴色のクリスタルが添えられており、そのクリスタルが怪しく光る。


「私がこんなところで終わるなんてあり得ない! 私は悪くない。私のせいじゃない、私は、自由に生きるのよ!!」

(あれはリファス伯から譲り受けた《呪術の杖》。一度発動すれば、術者もろとも周囲を瘴気に変える魔法封印指定の魔導具! やっぱり出してきたわ)


 ローレンス先輩からの情報で、魔道具を使われる可能性もあったのだ。だからこそ大々的に復讐劇を展開して、彼女を追い詰めることにした。


(漸く私の魔法をお披露目できる!)


 ヴィンセント先輩に視線を向けると彼は頷く。復讐劇の第一幕は、これで終わりだ。私は錫杖を掲げて最後の呪文を唱える。


アーヴェカゥエーア


 蓮の魔法陣を描いた後、その白銀は数千の銀の鎖となって素早くレックスとライラの身柄を拘束する。もちろん彼女が手に持っていた魔導具も白銀の鎖によって拘束され、その一瞬を見逃さず、ヴィンセント先輩は杖の石榴色の魔法石を砕いた。


(やった!)


 決着が付いた瞬間、驚くほど静寂が闘技場を包んだ。

 ──がそれはほんの数秒。


『決着!! 最後は幻想的な魔法で見惚れましたが、なんと言う魔力量! 芸術的な美しさと圧倒的な魔法で、ヴィンセント&シンシアチームの圧勝だああああ!』


 司会者の言葉によって、歓喜の声が湧き起こった。

 誰もが拍手喝采で勝利を喜ぶ。


『すごかった!』

『正直驚いたけれど、でもすごかった!』

『感動した!』


 そんな声が聞こえてきて、心境としては少しだけ複雑だ。だがまだ復讐は終わっていない。

 錫杖を抱きしめるように抱えた。

 私の代わりにヴィンセント先輩は二人に魔法剣先を向ける。


「シンシア嬢の黒い噂について、レックス、ライラ、君たちに心当たりはあるか?」

「! ……私は……悪くないもの」

「!?」


 二人は口を閉ざして目を逸らす。ライラは前回忠告したのが、知らぬ存ぜぬの一点張りで通すつもりのようだ。


 それを見てヴィンセント先輩は小さく舌打ちをしたのち、観客席──ローレンス先輩に合図を送った。


「そうか。じゃあ、しょうがないな。

「なっ……」

「何を勝手な!」

(この展開もヴィンセント先輩の想定内……それにしても、ここまで来ても認めないなんて……)


 すぐさま王家の騎士が会場内に現れ、場は騒然となった。騎士たちはレックスとライラを囲んである魔導具を二人に取り付ける。


『今入った情報によりますと、シンシア・オールドリッチ女子生徒の黒い噂は、彼らが意図的に流したそうです。その証拠を《記憶を具現化する魔導具》で読み読み取るとか! これはとんでもない展開ですね、ローレンス王子!』

『ええ、本来であればここまで大事にはしなかったのですが、あまりにも悪質かつ、被害者が複数名いることもあり、次なる被害者を出さないためにも公開することにしました』


 司会者とローレンス先輩の言葉に、観客の生徒たちは大いにざわめいた。


(素直に認めれば、ここまでの事態にならなくてすんだのに……でも、選んだのは彼らだ)


 カチリ、と魔道具をはめた二人の頭上には、非道を行った映像が浮かび上がった。

 特にレックスは私に黒い噂を振りまきながら、言い寄る女性と奔放な恋を楽しんでいたようだ。


(ライラだけじゃなくて、レックスもとっかえひっかえって……!)


 鬱陶しくなると女子生徒と連れ添って雰囲気の良いカフェに連れて行き、怪しげな商人に引き渡していた。つまりは人身売買の斡旋を行なっていたことになる。


「違う、これは! 俺は闇ギルドで命令されて……! 本当だ!」

「私だって、命令されて無理やり……!」


 弁明するが、この魔導具は罪を暴くために作られた魔導具だ。王家の合意の元で使用が許可されている本物であり、それを魔法学院の生徒が知らないはずもない。


 ライラの記憶の映像も中々に衝撃的だった。私に扮して借金をしたことや、幻術を使って恋人の居る男性に近づく姿が映し出される。


「違うわ! こんなの私じゃない。私は、騙されて! ……っ、レックスが! レックスが脅すって言い出したの」

「はあ!? ライラ、何で俺のせいにしているんだよ!?」

「違わないでしょう! 貴方が元婚約者のことをあんな風に言わなければ!」

「俺のせいかよ? だいたい君だってノリノリだったじゃないか!」


 今度はお互いに罵り合う。

 それを見ていた観客――学院の生徒たちは真実を知り愕然としていた。ライラやレックスに憧れていた生徒は失望し、「騙された」と口々に言う。罵声が轟いた頃――。


『今見て貰ったのは事実だ。シンシア・オールドリッチの噂が画策されていたことをここに証明することができた。レックス・ギルマーティン。ライラ・ゴートン、二人には厳しい処分を下すつもりだ。この国を王子として、生徒たちが安心して学べる場所にできるよう尽力することをここに誓う』


 ローレンス先輩の言葉によって、第三試合は幕を閉じた。


「あーあ、最終的にはローレンスに、美味しい所を全部もっていかれたな」

「ですね。(きっといろいろ協力していたのは、ローレンス先輩自身の株を上げるためでもあったのだろう。中々に侮れない人だ)」

「シンシア……。君がそんな素顔だったなんて……どうして、俺に話をしてくれなかったんだ?」


 レックスは縋るような目で、私に声をかけて来た。熱の籠った視線に、隣に佇むヴィンセント先輩の殺意が痛いほど感じる。


(今にもスパッとやってしまいそうな殺意! 私のために怒ってくれているなら……嬉しいな)

「シンシア……俺は」

「婚約したときに話したはずです。それも忘れてしまったの? 昔はもっとひたむきで努力家だったのに」

「シンシア……。俺が馬鹿だった。もう一度、そうだ最初からやり直そう」


 どう考えたら、そんな結論が出るのだろう。不思議でしょうがない。私が何でも許すとでも思っているのだろうか。


「接触禁止のことを忘れてしまったようですね」

「え、あ――あれは」

「君がシンシアと婚約破棄してくれて助かったよ。安心してくれ、今後は僕が彼女を幸せにするから」

(先輩がかっこよすぎて直視できない!!)


 ヴィンセント先輩は私の腰に手を回して、抱き寄せる。ドキリとしたが、レックスに見せつけるためにも微笑んだ。


「今後、私の人生に入り込んでこないでくださいね──さようなら」

「――っ、ま、待ってくれ。シンシア! シンシア!!」


 レックスは騎士に引きずられるようにして、闘技場を去った。どこまでも自分勝手で、自分にとって都合の良いことを叫んでいた。最後は罵詈雑言だったが、それもすぐに聞こえなくなった。


 ライラはずっと「違う、私じゃない」と騎士に向かって弁明していたが、それで靡くほど騎士も愚かではない。


 こうして私たちの復讐劇は、幕を閉じたのだった。

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