第13話 復讐劇は幕を開ける


「ローレンス先輩!? 頭を上げてください!」

「隣国である魔界と我が国は友好関係を結んでいるが、それはオールドリッチ家や北領主たちの武力があるからこそだ。リファス伯は魔界でも魔王に次ぐ大貴族が君を手に入れるため、君をどうにかして国外追放させようと目論んでいたらしい」

「リファス伯が私を国外追放に?」

「魔王はリファス伯の独断かつ私情だと言っているが、私にはそうは思えない。魔王は聡明だが狡猾でもある」


 魔王。

 そうローレンス先輩が呼ぶのは、魔界の統治をする王の異名だ。魔界も未開の地というだけで、絵本などで見るような地獄絵図や煉獄などではない。魔鉱石と岩塩が特産品として有名な資源の多い――他種族国家だ。


 隣国の王の頭に角や蝙蝠の翼などない。ただ魔力量は他の人間よりも多く、ちょっとばかり寿命が長いエルフの末裔なのだ。暗黒時代に我が国と対立したことはあったが、それは遙か昔の話でローレンス先輩の陰謀論に困惑を隠しきれなかった。


「上手くいけばこれ幸いにと、魔王が国外追放となったシンシアに自国での戸籍を設けて後見人に収まり、リファス伯との婚姻を認めていただろう。そうなれば辺境地の番人となる後継者を味方に付けたと考えられないか」

(私の嫌がらせや黒い噂が、ここまで大事になっていたなんて……!)


 知らない間に国際問題に発展している内に、先ほどの会話から、借金やら男女間のトラブルなどという不穏当なワードを思い出す。それだけの悪行を重ねていれば、周囲から冷ややかな視線を浴びるのは必然だっただろう。

 濡れ衣だけど。


(でも特待生になってから、私自身への実害はあまりな――)


 そこでハッとする。ローレンス先輩が事情を知ったのはいつだったのか。そしてヴィンセント先輩は何かと私と一緒に居る時間が多かったのはなぜか。

 その疑問が一瞬で氷解した。


「私を特待生のパートナー枠に選んだのは、私を保護するため?」

「違う。順序が逆だよ。僕がシンシアの才能に惹かれてパートナーとして選んだ。それから君の噂を聞いて、ローレンスに調べて貰った、と言うのが正しい。……僕と一緒に居るのに、黒い噂が絶えないことに違和感を覚えてね。黙っていてごめん」

「ヴィンセント先輩……」


 思えば特待生になってからヴィンセント先輩は、私が好む場所に連れて行ってくれたし、細やかな気遣いや、激励も多かった。

 それを思い出すだけで胸が熱くなる。


「リファス伯の件は内々に処理するため、表向き今回の黒い噂や君の名誉を傷つけた犯人は、レックスとライラの二人となる。実行犯は間違いなく二人だからな」


 ローレンス先輩は最終的な段取りを説明したが、その報復に内心引いた。絶対にこの人は敵に回さないようにしよう。そう心から思ったのだった。



 ***



 二次試験はチーム対抗戦となり、トーナメント表はお昼休み終了の三十分前に公開された。《亜麻色の乙女》とヴィンセント先輩は一次通過の際に評価が高かったので、三回戦から参戦する。これも作戦らしく周囲の注目を集めるためだとか。


『それでは入場して頂きましょう。第十三位でゴールインした、総合順位は第八位のレックス・ギルマーティン。四属性の魔法を使いこなす前衛型の剣の使い手だ!』


 歓声が上がり、黄色い声援も飛び交う。気を良くしたレックスが観客席に手を振って愛嬌を振りまいていた。これから地獄に落ちるというのに暢気なものだ。


『次いで、第十四位でゴールインを果たし総合順位は十一位のライラ・ゴートン。稀少中の稀少――聖女魔法の使い手、防御魔法で右に出る者はいない!』


 観客席がどっと盛り上がる。なかなかの人気のようだ。ライラは落ち着いた表情で観客席に笑顔で応える。なんとも強靱な精神力だと思ってしまった。


(この状況でも虚勢を張れるなんて……)

『対戦者は謎の美少女、誰もが目を奪われてしまう魅惑の《亜麻色の乙女》、第四位でゴールインを果たし総合順位はなんと三位というとんでもない実力を持っている! そして彼女を特待生のパートナーに選んだのは、ヴィンセント・グロヴァー! 隣国の第一王子で、天才魔法剣士だ。同着四位でゴールインし、総合順位は二位と、限りなく優勝に近い二人の登場だ――ん? んんんん!?』


 ドギマギしながらも復讐を完遂させるため、私とヴィンセント先輩は円状闘技場に足を踏み入れた。一瞬にして観客の目を奪う。


「え」と会場内のざわめきが広がり、その困惑と驚愕がヒシヒシと肌で感じられた。

 それもそうだろう。

《亜麻色の乙女》と紹介されて登場したのが、くすんだ麦藁色の三つ編みと分厚い眼鏡、支給された制服を着こなすシンシア・オールドリッチだったのだから。

 そしてヴィンセント先輩もまた前髪を隠して地味な制服姿だ。観客席だけでなく、先に登場したレックスとライラも面食らっている。


 私はヴィンセント先輩に合図をして行動を開始する。

 ヴィンセント先輩は前髪を掻き上げ、素早くコートを羽織った。私は三つ編みを解き、眼鏡を外すだけでいい。

 長いくすんだ麦藁色の髪が亜麻色の髪に変わり、瞳も琥珀色に戻る。腰まである長い髪を靡かせ、制服はそのままで錫杖を亜空間ポケットから取り出す。


 観客席の誰もが目を疑っていた。闘技場は静まりかえる。


『これはなんと、《亜麻色の乙女》の正体は、今年の主席で入学したシンシア・オールドリッチだったようだ! 彼女の美貌はある種族から身を守るためだったと、伺ったのですがローレンス王子?』

『ええ、彼女の容姿は他種族から求婚されるほど美しい。それ故の偽装であったのですが、その地味で見栄えの悪い外見に目を付けた何者かが、彼女を貶めようと黒い噂を流し、非道の限りを尽くしたようです』


 司会者の声で再び闘技場の時が流れ出す。

 会場内の《亜麻色の乙女》から私のシンシア・オールドリッチのテロップが出た瞬間、観客たちの声がさらに大きくなった。この反応も想定通りだ。

 レックスとライラは目を見開き、固まっていた。


「な、君が……シンシアだって!?」

「――っ、貴女まさか」


 レックスとライラは顔を青ざめ、私へと視線をぶつける。責めるような苛立ちと困惑と驚愕と憎悪。

 対峙するのが直前まで怖かった。

 でも今は違う。

 いつの間にかヴィンセント先輩が私の制服の袖を摘まんでいるのに気付いたからだ。こんな時に、この人はどうしてこんなに可愛らしいことをするのだろうか。


「シンシア。始めよう」

「(そうだ、復讐劇の幕は上がったのだ)……もし、本気で私とヴィンセント先輩に勝てたら、貴方たちの処罰についてローレンス先輩に掛け合ってもいいですよ」


 その言葉を皮切りにライラは顔を真っ赤にして、レックスは具合が悪そうに顔を土色に変化させた。

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