第12話 一度だけの弁明

 贈り物にするならラッピングまですべきだったと、今さらながらに後悔した。しかしヴィンセント先輩は予想外だったのか、目を見開いて頬が微かに赤くなっている。


「え。僕に?」

「はい。その……私も、復讐が終わったら、……渡そうと思って……作ってみたんです。う、受け取って貰えますか?」

「もちろん」


 丁重にハンカチを受け取ると、刺繍を見てヴィンセント先輩は固まっていた。


「これ僕が図書館でデザインを移していた紋様じゃないか」

「はい。五つの星とアラビアゴムノキの枝と葉の紋様の刺繍がいいかなって……。一番頑張ったのは治癒の付与魔法を入れたところです。小さな傷ならすぐに治りますよ」

「僕の故郷の特別な紋様なんだ。……宝物にする」


 顔を真っ赤にしたヴィンセント先輩の反応に私まで顔が赤くなる。勇気を出して渡して良かったと胸が温かくなった。


「――っ、あ、でも、その……使って貰ったほうが」

「そうしたら、また作ってくれるかい?」

「はい! 次はもっとすごい編み物とか――」


 調子に乗って言いかけて、はたと気づく。編み物など贈るのは重すぎるのではないか。恋人でもないのに――など冷静な心の声が浮かれている自分を窘める。


「うん、季節的にはまだ早いけれど、シンシアの編み物ならほしい。なんなら一緒に編み物をするのも楽しそうだ」

「ヴィンセント先輩……!」


 いつだって先輩は言葉一つで私の心を甘く溶かして、胸を温かくしてくれる。お互いにもじもじしつつも何とか注文を終えた頃だった。


 カフェ店内が騒がしい。

 何かトラブルでもあったのだろうか。そう思った矢先、個室である私たちの部屋に桜色の長い髪のライラが姿を見せた。


(え?)


 凛とした顔立ちで、胸も大きく、白を基調とした修道服姿だ。何処か挑発的な目で私を見た後、「ほら、彼と待ち合わせをしていたのよ」と言い出した。


(ライラが何でここに!? ううん、それより待ち合わせって!?)


 不穏な言葉に胃がキリキリと痛む。

 ライラはヴィンセント先輩を見つけるなり、当然のように彼の隣に座ろうとした。ヴィンセント先輩の反応が怖くて視線を動かせない。


(レックスと同じように、ライラを受け入れたら?)


 そう思うと温かくなっていた心が、氷を押しつけられたかのようになる。


「ああ、君か」


 ヴィンセント先輩は冷ややかで棘のある言葉を返した。この段階で私なら心が折れる。


「まあ、つれない人。こんな素敵な場所を独り占めしているなんて、ねえ、相席させて貰えないかしら? 『一緒に食事してくれ!』って強引な男性がカフェまで追いかけて来て、困っているの」

(さっきカフェの定員に、待ち合わせしているって言わなかった!?)


 次から次に自分にとって都合の良い言葉を並べていく。彼女の饒舌な言葉に唖然としていると、その後ろから「そうだな。少しだけ話をしてもいいんじゃないか?」とローレンス先輩が個室に入ってきた。


「ローレンス」


 ヴィンセント先輩は眉をつり上げて睨んだ。しかしライラはローレンス先輩の言葉を聞いて、当然のようにヴィンセント先輩の隣に座ろうとする。


「おっとキミはこっちだよ」

「じゃあ僕はシ……マイハニー可愛い人の隣に座ろう」


 ヴィンセント先輩は席を立ち、その隙にローレンス先輩はライラを空いた席に座らせ、自身は誕生日席に座ってしまった。

 なんと無駄のない連携だろうか。


(これで私とヴィンセント先輩は隣同士で、彼女と向き合う形になる。でもどうしてもこのタイミングでライラと対話することを考えたんだろう?)

「ヴィンセン」

「ライラ・ゴートン」


 ライラの言葉を遮って、ローレンス先輩が本題に入った。


「君は聖女魔法を持つ稀有な使い手だ。だからこの場を設けたのは、その才能に対しての温情だと思ってくれ」

「急に何よ。温情? もしかしてローレンスは、私がヴィンセントに熱を上げているのに嫉妬しているの? ふふっ」


 嫣然と笑う彼女から絶対的な自信が感じられた。それほどまで自分に自信を持つことができるとは、なんとも羨ましい。


「嫉妬? それよりもよくもまあ、とんでもないことをしでかしてくれたと思っている。下手を打てば、王家を揺るがすほどの大惨事になるところだった。君はそれぐらい厄介な人間を貶めて、名誉を傷つけた。自覚しているかい?」

(え? ん? どう言うこと? ここに私たちがいると言うことは、どちらかが被害に遭っている可能性が高い。……でも、私はライラを一方的に知っているだけで、面識はない。となるとヴィンセント先輩?)


 ローレンス先輩の底冷えする声音と威圧に、ライラの余裕の表情が崩れ始める。それでもまだ平静を保とうと強気の笑みを浮かべた。


「自覚するも何も、そんな酷い真似は──」

「君が幻術系の魔導具を使って、ある人物の姿になりすまし借金や男女間のトラブルを起こしているのは耳に入っているし、証拠も揃っている。以前も同じように女子生徒を数人ほど退学に追いやったのも君だね」

(え……?)


 ローレンス先輩は淡々と話しているが、その瞳に凄まじい怒りの炎が宿っている。誰も口を挟むことができない。圧倒されつつもライラは何とか声を絞り出そうとした。


「何を――」

「ああ、リファス伯なら既に王家が拘束しているし、教会にも今回の全貌は伝えている。言っておくが君がここで改心していたとしても、厳罰は免れない」

「!?」

「どうだい? 少しは自分の立場を理解したかな?」


 今度こそライラから余裕の表情は消え失せ、顔色は青白くなって俯いた。怯え、体を微かに震わせている。


「わ、私はリファス伯に脅されて、しょうがなく……ローレンス、ヴィンセント。信じて。私は利用されただけなの!」


 悲劇のヒロインめいた発言よりも、その演技力に脱帽した。罪を認めたようなものだが、一貫して自分は悪くないと主張している。

 あまりにも身勝手な発言だが、それでも涙と女優顔負けの演技力に圧倒されてしまう。


 ふとそこでヴィンセント先輩が先ほどから黙っていることに気付いたが、どうしても彼の顔を見ることができなかった。もし、ライラにほんの少しでも情を残していたら、あるいは哀れだと同情していたら――。


(口ではああ言ったけれど、ヴィンセント先輩とライラは婚約者同士だった……)


 怖くて両手をギュッと握っていると、左手の甲に温もりを感じた。恐る恐る手の甲から顔を上げるとヴィンセント先輩の気遣う眼差しが映る。


「心配しなくても、僕がこんな女の戯れ言に騙される訳がないだろう」

「ヴィンセント先輩……!」

「はいはい。良い雰囲気なのは後にしてくれ。……さて、ライラ。この場を作ったのは、次にシンシア・オールドリッチと会った時に心から謝罪をして貰う。それが、いつ、どんな場所だったとしても、君は自分の罪を認めて頭を下げるんだ」

「なっ、私があの地味で不細工に!?」

(本人が目の前に居るのだけれど……。気付いていない?)


 ヴィンセント先輩が殺意を隠そうともせず、冷ややか視線をライラにぶつけていた。正直、今すぐにでも手にかけそうな殺意に、私まで震えそうだ。


「もし約束が果たされなければ、死罪もあり得る」

「そ、そんな。私は被害者なのに……」

「第二次は受けさせて上げよう。精々、自分には価値があることを証明しておくと良い。――黒騎士」

「はっ」


 それは突如、音もなくローレンス先輩の影から姿を現した。影が移動のゲートになっているのか、三人の黒騎士は突如部屋に現れると、素早くライラを拘束する。


「なに、やっ、触らないで!」

「試合までこの者たちが護衛及び監視役をする。お前たち、彼女が逃げ出した場合は殺しても構わない」

「御意」

「嫌っ! 離して! 私が悪いんじゃない。あの女が悪いのよ! レックスだってそう言っていたもの。リファス伯だって!」


 影がインクのように揺らめき、ライラたちは姿を消した。一気に部屋に静寂が戻る。


(復讐劇がどんどん壮大な感じになってきているような? 王家を巻き込みかねない事態って何!?)


 怒濤の展開にやっと落ち着いたと思った矢先、ローレンス先輩は「すまなかった」と、深々と私に頭を下げた。

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