第11話 復讐のためのイチャラブ?それとも

 時は少し遡る。

 第一次戦は開始と同時に、他の生徒との距離を稼ぐため、森の奥へと向かった。


(お姫様抱っこには驚いたけれど、恰好良い先輩が見られてラッキー)


 それからは作戦通りに指定された素材を私の索敵で見つけ出して、討伐。簡単なものだ。早々にスタート地点に戻るのだが――。


「じゃあ、手を繋いで帰ろうか」

「え!」


 私たちの仲良しさをアピールするためにも、ヴィンセント先輩と手を繋ぐのは良い作戦だ。開始十分ちょっとなら、まだスタート地点に生徒がいるし、投影魔法で私たちが映るかもしれない。


(こうやって先輩と手を繋いで歩くのは、初めてかも!)

「霧が濃いね。足元には一応気をつけて」

「はい」


 二人きりになるとヴィンセント先輩の口調は素に戻る。表情も豊かで、私はそんな先輩を見ているほうが落ち着く。


(オネエ口調の時は、表情が豊かで――でもやっぱり意識する! 先輩がプロポーズなんて言うから……)

「次一緒に出かける時は、王都デートをしましょう。きっと楽しいわ」

「で、デート!」

「今までは森の中や秘密の場所だったけれど、これからは色んな所にシンシアを連れて行きたいの。旅をするのも良いかもしれないわ。素材集めもできるし」

(まだ正式にお付き合いしていないのに、話がどんどん進んでいる! ……嬉しいけれど、こ、これも作戦とかって言われたら……どうしよう)


 レックスとライラに復讐する。

 そのためにも私とヴィンセント先輩が仲良くしているほうが、双方の相手に大きなダメージを与えることができるのはわかっているのだ。けれどどこまでが演技で、どこまでが本気なのかヴィンセント先輩に聞いても良いのだろうか。


(プロポーズするって言ってくれたけれど、今回の復讐が終わったら今の関係も終わってしまうんじゃ?)

「シンシア? ……もしかして私とデートは嫌だった?」


 ヴィンセント先輩は酷く傷ついた顔をするので、慌てて首を横に振った。


「ちがっ、違います。……ただ先輩が優しくしてくれるのとか、プロポーズ的な言葉も、もしかしたら演技なんじゃ……って、不安になっちゃって」

「それで不安になるなんて――もっと、シンシアに愛を囁いて安心させてあげれば良かったかな。充分伝わっていたと思って、ローレンスも控えろって言っていたし……」

「え」

「今すぐにでもハグして口づけしたいって思っているのに、我慢していたせいで不安にさせてしまったのなら、今からでも口説いたほうが安心する? 百の愛を囁けば、ギュッと抱きしめてキスの雨を降らせても良い? シンシア、君を飾る服や宝石を贈れば満足してくれる?」

「ふ、え、あ――今!?」


 熱を帯びた眼差しに、あわあわと返事ができずにいると、痺れを切らしたヴィンセント先輩の綺麗な顔が迫る。

 唇が触れ合い、啄むキスに硬直してしまう。


「!」

「私は異性としてシンシアが好き。復讐が終わってから――って言いながらも、今すぐにでも貴女に触れて、もっとキスしたいって思っている。けっこうアプローチをしていたと思うのだけれど、全然気付いていなかったのね!」

「触れ、キス!?」

「どう? 強引だって失望した? 私が嫌い?」

「しません! 私、先輩が思っている以上に、先輩のこと好きですから!」


 唇のキスで舞い上がっていたせいで、思った以上に気が大きくなって大胆な言葉が口から飛び出した。

 自分で言っていて、恥ずかしさで死にそうになる。勢いとは言え勇気を振り絞って告白したのだが、ヴィンセント先輩は俯いたままだ。


 反応がわからないので、不安で押し潰されそうになった。


「ヴィンセント先輩?」

「──っ」


 無理矢理顔を覗き込むと、先輩はあからさまに動揺していて、目尻を赤く染めて目を潤ませているではないか。妙に婀娜っぽくて、その色香に息を呑んだ。


「ひゅっ」

「ああああああーーーーっ、もう、ずるい。どうして、こう可愛いことをたくさんしてくるのよ! 本当に私の心を揺さぶって、翻弄させるのが得意なのね」

「(翻弄!?)それはヴィンセント先輩のほうじゃないですか……」

「ほら、その顔。真っ赤になって、なんて可愛いのかしら。ずるい、本当にずるい」


 彼の熱が私にまで伝染して、頬が熱くなる。

 私は鼻先が触れ合うほど近づいていることに気付かなかった。

 霧で周囲の視界は悪い──思っていたのだが、ひょっこりとローレンス先輩が顔を出す。


「あー、ヴィンセント、それと《亜麻色の乙女》。非常に良い雰囲気なのだが、バッチリ二人の姿が全国放送されているようだぞ……」

「「!?」」

「音声は流石に拾えてないだろうけれど」


 唐突に現れたローレンス先輩にも驚いたが、普段の狩りの気分でいたのですっかり全国放送のことを失念していたのだ。思わず頭を抱えたくなる。


「ローレンス。君、わざとこのタイミングで声をかけたな」

「あー、んー。バレたか。ここ最近、《亜麻色の乙女》との惚気しか聞いてなかったんだ。このぐらいの悪戯は大目に見てもらいたいものだな」

「ローレンス!」

「あははは」


 ローレンス先輩は笑いながら霧の中に消えてしまった。スタート地点の方角だったので、すでに素材が終わった後だったのだろう。


(忠告は嬉しいけど、気付いていたのならもう少し早めに教えて欲しかった!)

「まったく。もう少しでシンシアは私のだって周囲に知らしめることができたのに……」

「え?」

「なーんでもないわ。シンシア、……続きは後で、ね」

「……っ、は、はい」


 余裕の笑みを浮かべるかと思ったら、ヴィンセント先輩は顔を真っ赤にしているので私までなんだかドギマギしてしまう。


 こなれていると思うような仕草や態度を見せながらも、私の言葉に顔を真っ赤にして恥じらう姿に胸がギュッとなった。こんな風に胸が苦しくなって、心臓の鼓動が早くなるのが、私だけじゃないというのは、泣きたくなるほど嬉しいことだったから。



 ***



 私とヴィンセント先輩は同着四位でゴールインした。試験のスタッフから向けられる視線は羨望あるいは憧れなどと、くすぐったいものが多い。

 外見が変わるだけで周囲の視線はこんなにも変わるのかと、ちょっぴり複雑でもあったが、それでも臆せずに人前に立てるのはヴィンセント先輩が傍にいてくれるからだ。


 そんな恩人が、自分に好意を持ってくれていることが未だに信じられない。浮かれてしまうのはしょうがないと思う。


「さて、第二次は昼食後だから、先に食事を済ませてしまおうか」

「あ、はい!」


 人が居る場所に戻ると、ヴィンセント先輩の口調が切り替わった。それによって纏っている雰囲気や表情が、少し固くなったのに気付く。


「第五区域には入り口傍に公共施設と、カフェが併設しているんだ」

「そうなのですね。第二次会場は第八区域にある円形闘技場でしたっけ?」

「ああ。円形闘技場は植物の蔓が巻き付いていて、緑豊かな場所だ。建造物に苔も生えていて、植物の成長速度が以上に早いから、多少暴れても問題ない」

「暴れ……」

「いよいよだ」

「あ」


 復讐も大詰めだ。

 第二次でレックスたちとぶつかる時が刻々と近づいていると思うと、緊張してしまう。ヴィンセント先輩が色々と根回しをしてくれて、準備も整っている。


(レックスと対峙する)


 自分の受けた孤独で辛い日々を思い返すと、少しだけ指先が震えた。大丈夫だと自分を奮い立たせようと思った矢先、ヴィンセント先輩と目があった。


「そうだ。これは昇格祝いに渡そうと思ったのだけれど、先に渡しておく。喜んでくれるとうれしいんだけれど」

「あ……これは、『水銀砂漠の錬金術』じゃないですか! 珍しくて図書館にもなかったはず」

「故郷の本だからな。蔵にあっても宝の持ち腐れだと思って取り寄せたんだ」

「え、蔵? 宝……」


 聞き逃してはいけない単語があったのだが、ずっしりとした本の重さを感じて、ふと指先の震えが止まっていることに気付いた。


「これでちょっとは緊張もほぐれたかい?」

「ヴィンセント先輩……! はい。先輩がいれば百人力だって実感しました!」


 本当は先輩に触れたいのを我慢して、本を大事に抱えながら答えると、先輩は「本と代わりたい」と少しだけ羨望の眼差しを本に向けていた。


(やっぱり、すごく貴重な本なのかも。……いつのお世話になっているから刺繍入りのハンカチを作ったけど、それとは別に何か用意したほうがいいかな?)


 そんなことを思いつつ、ヴィンセント先輩の後を追いかけた。



 ***



 カフェの個室は思ったよりも広々としていて、大きめなアーチ窓が可愛らしい。三階にあるカフェからは、幻想的な霧の森が一望できるようになっている。

 向かい合う形で席に座るとソファが予想以上にふかふかで、感動すら覚えた。


「この店のソファは幻獣の《夢羊の毛》を使っているそうだよ」

「ふわふわ。人をダメにしそうなソファですね」

「シンシアなら気にいるって思っていた」


 二人きりでもカフェの中では女口調はなりを潜めている。それが少しだけ新鮮に映った。


「あ、ヴィンセント先輩」

「ん? なに?」

「(日頃のお礼にハンカチを──)こ、こここ」

「うん」

「このビーフシチューのパイ包みが美味しそうですよね!?」


 ヘタレな私は寸前で誤魔化す。意識するとそれだけで胸がざわざわして、上手く言葉が出てこない。

 ヴィンセント先輩の笑みに翳りが生じた。それを見た瞬間、自分が誤魔化したことで彼を傷つけてしまったのだと気付く。


「ああ、今月のおすすめだからね。……シンシア、緊張しているのは、この後の復讐劇が控えているからって、思っていたんだけれど、それ以外にも何かあるのかな?」

「不安とかじゃなくて……、こ、これを……渡すタイミングが……」


 勢いに任せてヴィンセント先輩にハンカチを差し出した。どちらかというと押しつけるような形になってしまったが。

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