第10話 元婚約者のレックスの視点

(は? この俺が無視された?)


 意味が分からず、屈辱で血管が破裂しそうだった。

 いつもなら周囲から声が掛かるが、先ほどの失態で疑わしい視線が向けられる。


「え、やっぱりヴィンセントと《亜麻色の乙女》がパートナーじゃないか」

「じゃあ、レックスの話は嘘?」

「じゃないか? だって全く相手にされてなかったじゃないか」

(黙れ、雑魚が。……チッ、《亜麻色の乙女》が学院に姿を見せないのがいけないんだ。講師に聞いても、特待生しか使用できない森に出ているとか! クソッ、俺の実力なら特待生と大差ないって言うのに! 苛つくが、まずは第一次戦でぶっちぎり一位を取る! そうすれば《亜麻色の乙女》も俺の素晴らしさに感激して声をかけてくるに違いない!)

「まあ、ヴィンセントも参加するの? じゃあ、私と組まない?」

(は?)

 

 聖職者姿のライラは、甘い声でヴィンセントに声をかけているではないか。俺とパートナーを組んでいるにもかかわらず、あの女は何を考えているのか。


 苛立ちが増したが、ヴィンセントは即答で断っていた。一ミリも相手にされていないことに少しばかり溜飲が下がったが、やはりヴィンセントの傲慢さのほうが目に付く。


(《亜麻色の乙女》と一緒だからと言って、目立とうなんて――そうはいくか)


 不機嫌なライラと合流したが、先ほどの一件を言及せずにいてやった。ライラは俺の寛大さに感謝もせず、ヴィンセントを落とすことを考えているようだ。ここまで馬鹿にされるのは腹立たしいが、使えるものは何でも使う。


「お前、ヴィンセントを狙っているんだろう。それなら手を貸せ」

「ふーん、てっきり嫉妬するかと思ったら」

「俺は寛大だからな。……さて、作戦だがアクシデントで助けられたら、誰だって好感を持つと思わないか?」


 俺の提案にライラはすぐに察したようだ。こういう頭の回転が速いと助かる。


「いいわ。乗って上げる」

「決まりだな」


 素材集めをしている最中は隙が生じる。魔物の群れをあの二人にぶつけて、危険になったところを俺が華麗に助ける。そうやって近づいて、俺は《亜麻色の乙女》と二人っきりに。ライラも治癒だって言いながら、ヴィンセントと一緒になることを企むだろう。それは腹立たしいが、この亜麻色の乙女と接触するためだから許してやろう。


(我ながら完璧な計画だな!)


 第五区画の森は特別演習で何度か足を運んだことがある。鬱蒼とした森は、移動の際に邪魔な樹木の怪物エントがいるのと霧が立ちこめていて視界が悪い。

 さらにあそこには巨大な狼ジャイアント・ウルフの群れが生息している。二人を分断するには、おあつらえ向きだ。


(楽しい試験になりそうだ)


 そう試験が開始するまでは思っていた。だが、いざ開始の鐘と同時に、ヴィンセントは《亜麻色の乙女》を横抱きにして一気に駆け出した。

 あの男の脚力は、同じ人間かと思うほど速かった。


 ふとヴィンセントと視線がぶつかり、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ――『お見通しなんだよ、ばーか』と、言っているのがわかった。


(はあああああああ!?)


 一瞬の遅れが致命的だった。追いつこうとしてもあっという間に引き離されてしまう。


(嘘だろ、この俺が――追いつけない!?)

「あーん、もう! 待ってよ」

「くそっ!」


 それからは散々で、狼の群れに遭遇、道に迷うなどアクシデントに見舞われた。腹立たしいことに狼は狩りの対象ではないので、倒して素材を手に入れてもポイントにはならない。


「なによ、計画倒れじゃない」

「まだチャンスはある。まずは素材集めをして時間以内に戻るぞ」

「ふん、わかっているわ」


 霧のせいで視界は最悪だし、ライラとの連携も息が合わず苛立ちが募る。喧嘩こそしなかったが、互いにピリピリしたまま素材集めを続行するしかなかった。


 何とか一時間でスタート地点に戻ることができた。イレギュラーなことがあったものの、それでも割と早く戻ったと思う。百人いたはずの生徒の姿もまばらだ。


(第二次は昼食後だ。戻ってきた《亜麻色の乙女》に声をかけて食事に誘う。今日のためにレストランも押さえてある!)


 しかしどれだけ時間が経っても、戻ってくる生徒の中に《亜麻色の乙女》の姿はない。道に迷ったか、あるいは素材の対象が見つからなかったのだろうか。


「ヴィンセントも戻ってこないわね」

「ん、ああ」

「ヴィンセント先輩と、《亜麻色の乙女》でしたら、ローレンス王子の次に戻ってきて、すでにお昼に行きましたよ?」

「はあ!?」

「なんだと!?」


 通りかかったスタッフの言葉に、驚愕した。

 なんでも開始十五分でローレンス王子が戻ってきて、その十分後にヴィンセントと《亜麻色の乙女》が同着だったとか。

 しかも個々人で素材を調達してきたと言うのだから、嬉しい誤算だ。


(美しいだけじゃなく、強いとは……ますます欲しい)

「レックス。それじゃあ、昼食後に落ち合いましょう」

「ん、ああ?」


 何かを見つけたのか、ライラは何処かに行ってしまった。普段なら一緒に食事を摂るが、先ほどまでギクシャクしていたのだ、少し離れたほうがお互いに冷静になるからちょうど良いだろう。


(今年も俺に寄って来る女子生徒がいるだろうし、少しランクを下げてでも相手してやるか)

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