第9話 復讐劇を楽しみましょう

 魔法等級昇格試験当日――。

 第五区域の森が試験会場となった。杉の木が生い茂る森は霧が濃く、樹木の怪物エントが動き回るため、通称迷いの森と呼ばれている。


 私はヴィンセント先輩が見繕ってくれた戦闘服に着替え、魔法学院の黒い外套を羽織った。白と藍色を基調とした神官に近い服装で、白いスカートは膝下まで。付与魔法が施された黒のストッキングと、白のブーツの履き心地は悪くない。


 武器としては魔糸魔法なので素手で問題ないが、ちょっとでも風格があるように、と錫杖を渡された。鳴らすと澄んだ音が鳴るだけではなく、防御魔法が自動展開される優れものだ。

 術者の魔法を視覚化する──と言う特性もあり、今回の復讐劇に必要な小道具の一つだったりする。


髪留めバレッタはヴィンセント先輩が買ってくれたアメジスト色の蝶々……。先輩の瞳の色とそっくりなのって、ぐ、偶然……よね? それとも……)


 その先を考えるのは復讐の後だと、気持ちを切り替える。

 

(アメジスト色の蝶々の髪留めバレッタで後ろ髪をまとめているし、爪は綺麗に磨いたし、薄紅色のマニキュアに、左の薬指の爪だけ紫なのもお洒落。先輩ともお揃い……。お揃い)


 またしても浮かれてしまう気持ちを振り払い、個室用更衣室の鏡で自分の服装を確認する。三つ編みに、分厚い眼鏡をしていたのがずっと昔のように感じられた。


(いよいよだ!)



 ***



 スタート地点に向かうと、すでに参加者がちらほら見える。受付を済ませようと周囲を見渡していると、レックスが声をかけてきた。


「ああ、《亜麻色の乙女》、今日も綺麗だな」

(ミッション開始!)


 親しげに声をかけてきたレックスに呆れつつも、無視して受付に向かった。一言も言葉を交わさずに無視したことで、周囲がざわつく。


「あれ? レックスの奴、《亜麻色の乙女》と良い雰囲気だって言っていなかったっけ?」

「だよな? 喧嘩とか?」

「ってことは俺にもチャンスが?」


 ざわつく参加者に、レックスは顔を真っ赤にして「あー、ったく。あのことでまだ怒っているのか?」と上手く誤魔化そうとした。相変わらずその場しのぎが上手い。

 だが彼に返事をする前に、私はヴィンセント先輩の姿を見つけることができた。


「おはよう、マイハニー可愛い人

「おはようございます、先輩」

「おや、いつものように最愛の人ダーリンとは呼んでくれないのかい?」

「……!」


 色香たっぷりに甘い声で言われて、頬に熱が集まる。

 これも復讐の一つだが、ヴィンセント先輩に甘い声で「ハニー」なんて呼ばれると、こそばゆい。


 公の場所で私とヴィンセント先輩はお付き合いしている――風を装う。これで《亜麻色の乙女》はレックスに目もくれない、と言う事実を周囲に見せつけるためだ。

 

 とは言え、いきなり「最愛の人ダーリン」と夫婦や恋人同士で呼びかけるのは、ハードルが高い。


「そ、それは二人きりの時と言ったはずです」

「ああ、そうだったね」

 

 口元を綻ばせて、ヴィンセント先輩は私の頬にキスを落とす。さらっとキスをするので、卒倒しそうになるのを耐えた。


(ここまで本格的にするなんて聞いてない!)

「本当に今日も可愛らしい。天使が落ちてきたかと思ったぐらいだ。しっかり捕まえておかないとね。君の姿は虫を引き寄せるほど可憐で美しい高嶺の花、いやでも僕の前だと子猫みたいに可愛いし、甘えてくれるし……(クソッ、『口説くのは後で』って思っていても本音が出てしまう)」

「(今日はいつにも増して褒めちぎってくる!)……せ、先輩! そう言うのは二人の時だけにしてください!」

「(うん、結婚しよう)……君は僕の前から離れないよね? マイハニー可愛い人

「──っ、はい(これは演技? いやでもいつもと変わらないような? あれ? あれれ?)」


 途端に照れてしまい、私は彼の手をちょんっと掴んだ。

 ヴィンセント先輩は空を仰みて、私は俯く。

 お互いに顔が真っ赤なのは、なんとなく雰囲気で察した。普段と変わらないやり取りのはずが、意識するとすっごく恥ずかしい。


『──っ!』

『あのラブラブっぷりはマジだな』

『口の中に砂糖をブチ込まれた気分だ』

『おいレックス、どこが《亜麻色の乙女》といい感じなんだ? 完全にヴィンセントといい雰囲気じゃないか』


 周囲からの注目を浴びたので、第一フェーズは上々と言ったところだろう。


 今日もヴィンセント先輩は格好いい。黒の戦闘服サーコートに、ロングコート姿で腰のベルトに細身の剣を二本携えている。薄紫色の長い髪は一つに結んでおり、留め金は琥珀色私の瞳の色を選んだようだ。


(お互いの瞳の色って……インパクトがすごい!)

「受付ならこっちだ。僕もこれからだから、一緒に済ませてしまおう」

「はい」


 レックスに一瞥することなく受付に向かった。本当にナイスタイミングで現れてくれたと、ヴィンセント先輩の登場に心から感謝した。

「予定通りですけれど、先輩が間に合ってくれて良かったです」と、耳元で囁いたのだが、ヴィンセント先輩は片手で顔を覆っている。


「それ、反則だから。本当にずるい」

「――っ!?」


 甘く痺れるような声音に、心臓が煩く騒ぎ立てる。

 反則はどちらだろうか。

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