第4話 私を変えてくれた人
学院内の森は魔法省が管理しており、第一区域から第十三区域まである。レベルに応じた区域に振り分けられるのだが、それでも年間行方不明者あるいは負傷者が出るそうだ。この区域では全てが自己責任となる。まあ当然よね。辺境地の森周辺は、それが普通だし……。
私とヴィンセント先輩が訪れたのは、最難関の第十三区域、幻獣から猛獣の巣窟と言われている。鬱蒼と生い茂る黒い森が空を覆うように聳え立つ中、私たちは狩りに手子摺ることもなく、素材集めに勤しんでいた。
「
ヴィンセント先輩の一振りで黒千杉と呼ばれている木々を飴細工のように切り裂き、その背後に隠れていた
ドドドッ、と木々と巨体が倒れて、周囲には土煙が巻き起こる。
「刀身まで魔法で形成する魔法剣って初めて見ましたけど、すごいですね!」
「ふふふっ。刀身があってもいいのだけど、魔力を込めると刀身が耐えられなくて砕けちゃうから、いっそ柄だけにしているのよ」
柄のみの剣は魔力で刀身を形成するのだが、形を留めておくだけでも魔力コントロール、魔力量、センス、集中力が必要不可欠だったりする。この魔法剣のメリットは、対人戦において刀身の長さや魔法の属性などを自在に変えられることだ。相手に刀身の長さを錯覚させられるのは、戦闘の駆け引きの際にも優位に立てる。
目から得られる情報で勘違いさせる──そういう駆け引きもあるのだと、ヴィンセント先輩を見て知ったし、先輩の実力が相当なものだと実感した。
やっぱり凄い人だった!
「私の場合は魔力コントロールが大雑把だから、素材を痛めないようにするのって結構難しいのよ。昔は倒せれば良いと思っていたせいね。はぁ」
「確かに今の攻撃では、毛皮にできそうなのは四分の一もないかも?」
「ええ……」
「
私は背後に隠れ潜んでいた
その点、私の狩りは静かだし地味だ。
ド派手な魔法陣が展開されることもないし、派手な爆音などもない。それでも緻密かつ繊細な魔力コントロールや集中力が必要となるので、一朝一夕ではできないのだけれど、華やかさはないのは事実だ。
私とヴィンセント先輩は猛獣だらけの森を散歩する感覚で歩く。今回は一時間半で帰還しなければならないので、さくさくと奥へと進んだ。
「無駄な動作のない、実に合理的な狩りだわ。貴女をパートナーに選んで正解だったわね。さすが私!」
「はい! 先輩の戦いから色々学べていますし!」
「ふふっ、どんどん私から学びなさい。そして自分の自信を取り戻すの。貴方は地味でもなければ、華がないなんて嘘よ。只今までは貴女の美しさを周囲に見せつけても対処できるだけの実力がなかったから、隠していただけ。それだけの強さと卓越した技術を持つ貴女なら本当の貴女を出しても大丈夫」
「ヴィンセント先輩……!」
先輩と出会ったばかりなのに、私のほしくてたまらなかった言葉をくれる。外見だけじゃなくて、気遣いもできる思いやりにある素敵な方だわ。
「先輩、ありがとうございます。実力テストや実技でも地味だから反応も薄くて……ちょっと自信がなくなっていたんです」
「いいのよ。貴女の素晴らしさは、これからきっと理解されていくわ。それこそ目に見えた派手さだけが強いわけじゃないもの。もっと自信を持ちなさい! そして笑顔。それが一番の武器よ」
「笑顔……」
口元を綻ばせるが、上手く笑えているだろうか。ヴィンセント先輩は私の両頬に触れて口角を無理矢理上げる。擽ったいけれど、両手が温かい。
気づけば口元が緩んでいた。まるで魔法だわ。ヴィンセント先輩に言われたら、何もかもが現実になりそう。ううん、なるって思える。
「うん、可愛いわ。ぎゅううってしたくなる! 守りたい、その笑顔ってね」
「……! あ、ありがとうございます」
「ああ、もう可愛すぎるじゃない!」
「はう!」
ギュッと抱きしめられて、心臓がバクバクする。危険区域だけれど、魔糸を巡らせているので、貴重なヴィンセント先輩とのハグを邪魔されることはない。
「私とのハグに慣れておきなさい。名ばかりの婚約者をギャフンと言わせるためにも、私で練習しておいたほうがいいでしょう?」
「そうですけど……(わああ、細身なのに腕の中にスッポリ収まって……役得すぎる!)」
「もちろん、練習台は私だけにしておきなさいね」
「はぃ(ヴィンセント先輩以外にハグとか、もう無理です……)」
「いい子ね♪(もうしばらく抱きしめていたいから、周囲に結界を張っておきましょう。ふふっ、思っていた以上に魔糸の範囲が広いなんて優秀だわ)」
これでまた一つ魅力的な女性に近づけたかしら?
王都に来てから、真新しいことや慣れない環境で、自分らしさがどんどん失われて、空回りしていた気がする。レックスからの言葉の暴力、嫌がらせ、どんどん酷くなる噂。友達のできない学院生活に凹んでいたのが、何だか小さなことのよう。
***
ヴィンセント先輩と出会ってから私の学院生活は一変した。
特待生のパートナーになったことで通常授業が免除になり、毎日ヴィンセント先輩と第十三区域の森で素材集めをする日々が続いた。
通常特待生のパートナーに入るのは二年生が殆どらしいが、私は成績優秀だったこともあり、講師の支持とヴィンセント先輩の口添え(狩りでの素材を見せたら納得した模様)で許可が下りたと後から教えて貰った。
想像していた学院生活とは全く違ったけれど、ヴィンセント先輩と一緒に素材集めをする毎日はとても楽しい。
辺境地では
「一人でどうやって身を守るのかと思ったら、索敵に魔糸を使うなんて考えもしなかったわ。よく魔力切れにならないわね。私もびっくりよ」
「森に漂う
「周囲に漂っている
「はぃ」
ヴィンセント先輩は私の魔法を説明する度に目を丸くしながらも、褒めちぎってくれる。それがなんだがこそばゆい。褒め殺しされそう。
故郷ではできて一人前と言われていたし、王都に来てからは地味だとしか言われなかった分、先輩の言葉は私の心を柔らかくして、ちょっとずつ自分に自信が持てるようになってきた。
「……ちなみに索敵範囲って、最大でどのぐらい広げられるの?」
「……その、半径二百メートルが限界です」
「ほら! 不安そうに言わない! すごいことなんだから、もっと堂々としなさい! そして笑顔!」
「は、はい!」
ネガティブな言葉が出る度にヴィンセント先輩は私を窘める。「貴女は、すごいんだからね!」と少し大袈裟な反応を見せるが、本心から言っているのが分かって胸がポカポカする。
ヴィンセント先輩は褒め上手で、私を有頂天にさせる天才だと思う。
「シンシアは可愛いわ。だいたい貴女が笑っただけで、何度もハートを射貫かれているんだからもっと自信を持ちなさい!(まだ婚約破棄してないから、ハグ以上のアプローチを我慢しているのに!)」
「(時々独特な発言するけれど……、こんな気遣いができて、明るくて格好いいのだから、モテるのも頷けるわ)は、はい!」
「それじゃあ、今日は危険区域にある特別な図書館に行きましょう! いい所よ!」
「……え? 図書館?」
猛獣だらけの危険区域に、図書館があるというのだから耳を疑った。ヴィンセント先輩は、石の祠を目印に森の奥へと進んでいく。
「図書館だけじゃなくてレストランやお店もあるわ。ふふっ、デートみたいだと思ってくれても良いのだからね!」
「(デート!? そんな恐れ多い)……え、えっと、レストランに、お店って運営するのも大変ですよね? それに人が来るんですか?」
「もちろん。実力がある一部の人間あるいは人外しか来られない特別な場所よ。隠れ家みたいなもので、それなりの強さがなければ来店を許されると言うべきかしら」
「へぇ」
ヴィンセント先輩は言葉通り、とんでもない場所にある図書館に案内してくれた。まさか湖の上に浮かぶ扉から図書館に繋がっているとは思わなかった……。
白銀の美しい湖の中央に、ポツンとある装飾が施された重厚な扉!
湖の上に浮いているだけで、ファンタスティックな感じで感無量なのだけれど、その扉を守るかのように水中に巨大な白水蛇が泳いでいるのが見える。
小舟とかで行ったら確実に沈められるわね。
「ふふふ、シンシアならどうやってあそこまで行く? ちなみに浮遊魔法は空に鳥蜂がいるからお勧めしないわ」
「それなら
シュルシュルと白銀の糸が紡ぎ形を成す。
自然に漂う魔素から魔糸を紡ぐので私の魔力はほとんど減らない。蜘蛛の巣に似た紋様で構築した白銀色の橋を作り上げた。
美しくはあるけれど、静かで、やっぱり地味だわ。うん。
「すごいものを作ったわね。芸術的で静かかつ魔力の乱れもない。完璧だわ」
「ありがとうございます……」
ヴィンセント先輩に褒められるたびに、嬉しくて口元がニヤけてしまう。単純だと呆れないといいけれど……。
「(あの一瞬でこれだけのものを作り上げるなんて……やっぱり辺境伯だけはこの国だけではなく、周辺諸国の実力者よりも頭一つ抜きん出ているわね)……シンシア、私は自分の力であとから行くから、先に図書館の中の入っていて」
「え。先輩の魔法を見たいのですが……」
「うーん、私は力技だからまた今度ね」
「──っ!」
さりげないウインクに心の中で悲鳴を上げた。きゃああああああ。か、かっこう良すぎる!
ヴィンセント先輩の色香に当てられて、気づいたら図書館の中にいた。
ロビーはとても広くて、飴色の床に王城を彷彿とさせる絨毯があった。周囲を見渡そうとしたところで、ヴィンセント先輩の姿を見つける。
「ふう」
「(魔力量はそこまで減っていない?)先輩はどうやって入ったのですか?」
「ん? 私にはシンシアのような細かなことはできないから、貴女が扉を開けた瞬間、肉体強化して全力で水面の上を走っただけよ」
「はし……」
「ついでに水蛇も出てきたから、斬り捨てておいたわ」
「(予想以上の力業!)見てみたかったな……」
「あら。じゃあ私の本気が見たいなら別の日にしましょう」
「いいのですか?」
「もちろん。お互いの実力を知るためにもいいと思うし……シンシアに良いところを見せられるでしょう」
「はう」
途中から耳元で囁くのは、反則じゃないですかね!?
まだ婚約破棄していないのにヴィンセント先輩にドキドキしている。うう、これじゃあレックスと同じになっちゃうわ。ヴィンセント先輩に惹かれる気持ちはレックスと婚約破棄するまでは封じておかなきゃ!
「(日に日に可愛くて自嘲するのも限界が近そうだわ)……次の期末試験当日にはレックスから婚約破棄するように仕掛けておくわね」
「え!? そんなことができるのですか!?」
「もちろん。生徒会を巻き込んだから、速攻で対応してくれるはずよ」
「生徒会……?」
そういえば入学式の生徒代表で、生徒会会長が話していたわ。でも私の婚約破棄と生徒会に、なんの関係があるのかしら?
小首を傾げているたら、ヴィンセント先輩が答えを教えてくれた。
「シンシアの悪い噂を意図的に流している連中に、ちょーっと痛い目を見て貰うだけよ」
「(あ、先輩……目が笑っていない)……痛い目って?」
「ふふん♪ たいしたことはしてないわ。ただ噂が大きくなっているでしょう? これ以上広まったら本当に辺境伯が総力をあげて武力行使したら不味いって思って、生徒会長に相談してみたのよ。彼は馬鹿じゃないから、その意図は分かっていたみたいだし、元々噂に関しては威風紀の乱れにもなるから、噂の発生源について調査が入るし、吹聴していた生徒は厳重注意または内申を下げるようよ」
「ありがとうございます。……私も両親に頼るのは悪手だと思って無視を貫いていたのですが、それが良くなかったのかもしれません」
「いいのよ。悪いのは調子に乗った生徒たちなのだから。それと魔法省の候補にシンシアの婚約者の名前を入れておいたわ。これで彼は魔法省の就活で忙しくなるだろうし、面談までには是が非でも婚約破棄していないと評価に繋がるわ」
「あ、そっか。元々私たちの婚約は辺境伯に婿入りするのが前提だけれど、魔法省に勤めるなら王都での勤務が最低でも五年は必須。魔法省に勤めるなら婚約破棄していない、あるいはそのことについて当然質問されるはずだわ」
「そういうこと。しかも今のシンシアは特待生の
「ヴィンセント先輩、すごい。私では考えつかなかったです」
「沈黙だけが戦いじゃないわ。舐められないように反撃するのも大事よ」
「はい」
もしかして私に黒い噂を流したのも、婚約破棄を私からするように促したのも、全部魔法省で面談を受ける際に婚約破棄の原因がレックスでないと証明したかったから?
そんなことせずに誠心誠意、自分の夢のためだと話して頭を下げてくれたなら無理強いをせずに婚約破棄したのに……。ううん、そもそもライラさんと浮気していたからどっちにしても許せなかったわ。
「(すごく私のことを持ち上げてくれているけれど、私個人としてはシンシアを早く口説きたいから……下心でいっぱいなのだけど、気付いてない? セーフ? がっついてない? 私のほうの婚約は破棄しているし、あとはシンシアだけ)……何も事も迅速に。切り札の使い処も参考になったかしら?」
「はい!(私の状況のことも考えくださって……どうしよう、すごく嬉しい。これは惚れてしまう……。うう、でも駄目よ。アプローチは婚約破棄が終わってから!)」
ヴィンセント先輩のことを知るたびに、驚くばかりだ。細やかな気遣いをするけれど、戦闘は大雑把というか豪快かつ力業で押し切る傾向があるところか、自分にないものを持っている先輩が眩しくて、惹かれる気持ちを抜きしても憧れる。
レックスの件が終わったら、ヴィンセント先輩の隣に居られるような素敵な女性になりたい。
どんどん新しい目標が湧き上がる。思えば自分は好奇心旺盛で、前向きな性格だった。どうして忘れていたのかしら。
***
図書館は広々としていて、吹き抜けの天井に、円状の室内は壁という壁に本棚がある。深紅の絨毯に、飴色の本棚、高級感溢れる内装も素晴らしい。何より見たことのない本の山に、感動して涙ぐんでしまった。
「どう、すごい数でしょう……って、シンシア?」
「はい。……ヴィンセント先輩、どうしましょう。『魔女の造る宝石集』『悪魔と天使の幻想魔導書』『幻想薬草シリーズ集』『十二貴族と祈りの歴史』ああ、ずっと探していた『神々の黙示録159』まである! こんな沢山の本と巡り会えるなんて……! 幸せすぎて私、胸が一杯です」
「ちょっ、感動するのが早すぎるから! ほら、泣かないの! 泣き顔も可愛いなんて反則だわ! ずるい!」
ヴィンセント先輩は花の香りのするお洒落なハンカチを取り出すと、私の涙を拭ってくれた。何という女子力。私の手を掴んで近くのソファに座るように促してくれる。
その優しさにまた涙が出そうだ。
この図書館を管理しているのは魔女と鳥族らしく、鳥は黒いペンギンさんたちが二足歩行で本の整理をしている姿もラブリーで可愛らしい。
前世で夢見たファンタスティックな空間に、胸がいっぱいになる。
「すごい……。ここには夢見た本の山と、可愛いペンギンさん……ヴィンセント先輩……天国? 召されちゃう?」
「召されないから。ほら、ちょっとここで待ってなさい。どんな本が読みたいのか私が探してきて上げるから! あ、あんまり泣き止まないとキスして、涙を止めるわよ?」
私と同じ目線になるように先輩は膝を突いて騎士のように傅く。その姿がまた絵になる。
なんとも贅沢なことだ。
途中で脅しが脅しになっていないのだが、突っ込むべきだろうか。
「な、泣き止みます? あ、キス……は……ほしい……あっ……その……」
「(私の理性をゴリゴリ削る気!?)ん?」
「……先輩と一緒に探したいです」
「可愛いことを言ってくれちゃって! じゃあ、一緒に探しましょう。シンシアはどんな本が読みたいの? ここは稀少な本もあるから探している本なんかも見つかると思うわ」
「はい!」
「「「しーーー」」」とペタペタと歩くペンギンさんに、指摘されてしまった。慌てて頭を下げて謝ったけれど、ペンギンさんがとっても可愛らしかった。
ハグしたいと呟いたら、ヴィンセント先輩がギュッとされたので、違うけれど違うとはいえなくて固まってしまうのだった。
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