第3話 私、変わります!

「そんなことないです! 私、まったくもって美的センスがないというか、そういう機会が少なくて! だから先輩が、その、もし良ければ……」

「?」

「これも何かの縁なので、私にお洒落を教えてくれませんか!?」

「え。……僕が?」

「はい! だって先輩の髪はとても艶があって手入れもしっかりしているし、爪のマニキュアも可愛いです! 私よりもお洒落が分かっているなら、協力してください! 私、婚約者レックスにギャフンと言わせたいんです!」

「褒めてくれて……嬉しいよ。でも、僕は……あんまり誰とも関わりたくないというか……」

「でしたら先輩の望む素材は私が用意します。辺境地でいろんな素材を集めていたので、好きに使っていいですから!」

「え」


 なおも食い下がり、亜空間ポケットから珍しそうな布や魔導具に使われる素材を広げてみた。その素材の山を見た瞬間、先輩は豹変する。

 前髪を掻き上げ、雰囲気がガラリと変わった。


「ちょ、まさかこれは特一級幻獣シリーズ、不死鳥フェニックスの羽根!? 幻想魔鉱石、まさか燃える石カーバンクルの涙!? 第一級幻獣シリーズ三つ頭の獣ケルベロスの牙に幻獣シリーズ白銀シルバー・二足竜ドラゴンの鱗に、角、羽根も保管状態が最高じゃない!? きゃあああああー! 蚕の布も色んなものがあるし、毛皮なんて…………専門店でもここまでの品揃えはないわ! ああ、新しいデザインが閃きそう! ペン、そして紙!」


 突然の女口調とハイテンションに驚きつつも、もう一押しと、勢い任せに口を開く。


「これは前金です。私が変わるために、協力してくだされば全て差し上げますわ!」

「なんですってーーーー! これだけのお宝を前にしてそんなこと言われたら、乗るしかないじゃない! いいわ、引き受けてあげる!」

「やった! ありがとうございます!」


 飛び上がり、ヴィンセント先輩とハイタッチをしてお互いに喜び合う。「イエェイ」と友人のように話ができたことにも内心で喜んでいると、先輩はハッとした顔で冷静さを取り戻す。


「……今さらかもしれないけれど、私の口調や変化に驚かないし、引かないのね。サラッと受け入れてビックリだわ」

「え? 口調が変わったのはビックリしましたけど、それが先輩の個性なら別に気にしないというか、素で喜んでいる先輩はキラキラしていて綺麗だなって思いました」


 ヴィンセント先輩は毛先を弄りながら、私から視線を逸らした。


「ふうん。……こんな口調で話しても『男らしくない』とか、『気持ち悪い』って思わないで普通に接してくれたのは、家族以外で初めてかも」

「そうですか?(前世で入院時にオネエ系の人と仲良くなったことがあったから、あんまり抵抗がないのよね)……まあ、辺境地は毎日不思議なことばかり起こるので、耐性があるのかもしれません」

「そうなの? まあ、あれだけのレア素材が簡単に出せちゃうんだから、隣国の魔王城付近だと言われても、なんだか信じそうだわ」

「え、なんで分かったのですか! 隣がかつて魔界と言われた国の傍で、いろんな事件やら面倒事が頻繁に起きるんです。ザ・魔王城みたいなものも領地内にありますし……」

「まさか正解を引き当てるなんて……。貴女が何で優秀なのか分かった気がする。むしろ優秀じゃないと生き残れない環境にいたのね」

「はい! それに私の家は代々、人間と魔界の境界を守る番人として、国王陛下から辺境伯の称号を頂いている家系なのです。だから幼い頃から、色々叩き込まれました……」

「そうなのね。格式ある家柄なのに、どうして野暮ったい服装なのかしら。辺境伯ってそれなりに良い暮らしをしているわよね?」

「あ……それは……」


 ヴィンセント先輩は私の周りをぐるぐると回りながら、服装チェックをする。彼は前髪を掻き上げて、軽く三つ編みをしただけで目鼻立ちの整った偉丈夫へと早変わりする。顔のパーツが良いとこんなにも違うのかと、衝撃を受けた。


「(か、格好よすぎる! 妖艶さが増した)──っ!?」

「シンシア嬢?」

「(見惚れたとか言えない)……あ、えっと。兄と父が過保護で、吸血鬼族と人狼族と人魚族への求愛対策なのです『眼鏡と三つ編みは幼い頃から付けるように』って言われていたの……です」

「へえ。あの面食いどもから守るために……か。ねえ、眼鏡を外して、髪も解いてくれる?」

「は、はい!」


 眼鏡は伊達だし、魅了防止の付与魔法が施されている。髪型の紐はどんなに走っても取れない頑丈なもので、解くのに順序が必要だったりするのだ。

 シュルリと紐を解くと、くすんだ麦藁色の髪が一瞬で艶のある亜麻色に染まる。眼鏡を取ると瞳も琥珀色に戻った。くせ毛なのだが、ヴィンセント先輩は「まあまあ」と嬉しそうだ。


「雰囲気がガラって変わるわね!」

「そ、そうですか?」

「ええ! そうね。……これと、これと……ああ、これなんかも良さそう」


 深緑色の学生服をアレンジした膝下まであるワンピースドレスは、黒のリボンとレースがふんだんに使われていて可愛い。黒のストッキングに、焦げ茶色のブーツを渡される。


「じゃあ、これに着替えてみて。髪はせっかくだから一房だけ三つ編みにしてみましょうか。ふふふっ、腕がなるわね!」

「よ、よろしくお願いします!」



 ***



 十五分後。

 姿見鏡の前に佇むと自分とは思えない程、可愛い女の子が佇んでいた。思わずぐるりと回ってみたら、スカートとリボンが華麗に揺れてすごく可愛い!


「これがヴィンセント先輩の魔法? すごい!」

「そんな訳──」

「すごいですよ! こんな魔法を掛けられるなんて、やっぱりヴィンセント先輩はセンスいいです」

「……んー、まあ。それほどでもあるかしら」

「先輩にコーディネートを頼んで正解でした。ありがとうございます!」

「──って、元々素材がよかったのをちょっと工夫しただけよ。……ぶっちゃけ、眼鏡と髪型を変えるだけで全然違うでしょう。うん、可愛い!」


 ドキリとした。

 王都に来て初めて可愛いって言って貰えた気がする。嬉しい。私、こんなに単純だったかな?


「ありがとうございます。……お風呂上がりはすぐに三つ編みにしちゃうし、眼鏡も癖ですぐにかけるから、自分でもびっくりです」

「そっちのほうが驚きだわ。でも磨いたら磨いただけ綺麗になると思うから、まずは眼鏡と髪を止めて、爪は……あら、マニキュアとかはしてないけれど、手入れはしっかりしているのね。偉いわ」


 気づいてくれたことが嬉しくて、何度も頷いた。


「はい! 魔法属性的に指先はできるだけ気をつけているのです」

「あらそうなの? ちなみにどんな魔法?」

「魔糸魔法です。……地味ですけど」

「ふうん? どんなことができるのかしら?」

「えっと周囲に漂っている魔素マナを細い糸に具現化させて、編むのです。攻撃は魔糸を使って心臓を貫くので、魔物の素材を余すことなく回収できるからとっても便利なのですが……こう、華やかさに掛けるので地味、ですよね」

「…………」


 ヴィンセント先輩は両手で顔を覆って「マジか」と呟いている。本当に前髪を上げている時の先輩は、表情が豊かで別人のようだ。


「それ、特級魔法使いだけが使える魔法の極意のようなものよ……。聞けば聞くほど、驚かされてばかりだわ」

「そ、そうなのですね。……領地では家族全員が使えたので家系魔法だって思っていました」

「実際にどんな風に魔法が展開されるのか見てみたい! ハッ、そうだわ! 今から学校裏の森に素材集めに行きましょう!」

「え」

「そうと決まったら、即行動!」

「ええええ!?」


 唐突な提案に面食らっている間に、ヴィンセント先輩は通信魔導具を使ってどこかに連絡を入れていた。


「ヴィンセント先輩。あのお誘いは嬉しいのですが、午後の授業をサボったのに、これ以上好き勝手やったら……」

「ああ、それなら大丈夫よ」

「?」


 ヴィンセント先輩は任せないと言わんばかりに、口元を綻ばせた。一つ一つの所作がとても美しい。この仕草なども真似できれば、少しは美しくなるかしら?

 こんな間近に最高の見本がいるなんて、素敵。先輩が大丈夫というのなら、大丈夫な予感がしてきたわ。出会ったばかりなのに不思議な人……。


「私、特待生だから」

「え。あ、……ということは、もしかして!」

「そう。授業で説明されたと思うけれど、特待生は好きな時間に狩り場で素材集めができるのよ。単独ソロ活動もできるけれど、同行者パーティーを組んでもいいの。最大四人まで。選ばれた一、二年生は特待生と行動を共にするから、通常授業が免除される仕組みなのよ。実戦で得る経験値は段違いだもの、学院側も協力的なの」

「《師弟システム》……特待生特権の一つですね」

「そう。まさかこの特権を私が使うことになるとは思わなかったわ。人生って本当に何が起こるかわからないものね」


 ヴィンセント先輩は感慨深そうな面持ちで呟いた。その気持ちは私にもなんとなくわかる。昨日まで特待生の先輩と出会うなんて想像もしていなかった。

 コーディネートだけじゃなくて、ヴィンセント先輩の言葉一つ一つが胸に響いて、カチコチになった私の心を溶かしていく。私も先輩に何かお返しができるように頑張りたい。


 そんなこんなであっさりと学校裏の森への許可が降りて、私はいつの間にかヴィンセント先輩の相棒パートナーになる。

 試着用カーテンの向こうで着替えているヴィンセント先輩を待ちつつ、怒涛の展開に今更ながら心臓がバクバクしていた。


 幼馴染でもある婚約者レックスがすっかり変わってしまって、しかも浮気。見返しやる……って息巻いていたらヴィンセント先輩と出会って、あっという間に特待生のパートナーに。先輩に実力を見せるため森に素材集め。なんていう怒涛の展開! 先輩が言うように人生何が起こるか分からないわ。


 改めて部屋を見回すと閑散した部屋で、布などの素材置き場ように見えた。小鳥の囀りと、ヴィンセント先輩が着替えている衣擦れの音が聞こえてくる。

 ヴィンセント先輩はオネェ口調が素なのよね? 人と関わりたくなくてワザと地味目な格好をしている? それとも私が眼鏡や髪を結ぶのと同じように、何か事情があるのかも?


 どこまで踏み込んでいいのか距離感がよくわからない。領地には同世代はほとんどいなかったし、レックスは領地での生活が嫌で十歳になる頃には王都の別邸で暮らしていた。

 他種族との交流はあったものの、みんな実年齢は両親より上とか普通だったし……。そう考えると友達の作り方も知らないまま王都に来るなんて、無謀だったかも。ヴィンセント先輩に追加で素材とか渡したら、相談に乗ってくれるかな?


「お待たせ〜。ささっ、出発しちゃいましょう」

「!」


 ヴィンセント先輩は、予想以上に軽装だった。白いシャツに学生服を羽織っただけで、ボタンを止めていないのだが、それがロングコートを羽織った感じでなかなかにかっこいい。先ほどまでボタンを全部止めて、キッチリしていた時と雰囲気が違う。


 腰のベルトに細身の剣を二本携えた以外に武器はなさそうだ。髪を後ろで一つに結っているが少し編み込みが入っていて私とお揃いのよう。


「シンプルですが、とってもかっこいいです!」

「ふふっ、ありがとう。ちょうど五時限目が終わったところだから、生徒の注目を浴びつつ森に移動と洒落込みましょう」

「はい──え?」


 ヴィンセント先輩は転移門を使わずにわざと凱旋するような感じで、一般教室のある廊下を横断。森への申請書を講師室に提出する間、生徒たちが廊下に出てきてヴィンセント先輩に声をかけていた。

 特待生としてやっぱり人気なのね。目立つから普段は地味目な感じなのかな?


「ヴィンセント先輩、私たちも同行してもいいですかぁ〜?」

「私も!」

「私も同行したいですわ」


 美男子ヴィンセント先輩に女子生徒が群がるのは必然のようなもので、集団だからか、勢いに任せて声をかけている。すごい勢い。


「ねえ、君」

「え? 私ですか?」

「そうそう。すっごく可愛いんだけど、君も特待生?」

「彼女は僕の相棒パートナーなんだ。気軽に話しかけないでくれるか」

「──っ!?」

「あ、わ、悪い」


 一瞬で距離を詰めたヴィンセント先輩に驚きつつも、私の肩を掴んで守ってくれたことが泣きそうになるほど嬉しかった。これは──惚れてしまうわ!

 周囲の女子生徒も黄色い声を上げていた。わかる、その気持ち分かるわ!

 しかし群がる女子生徒に、ヴィンセント先輩は鋭く睨んだ。


「悪いが実力のない子とは組まないから。第一級魔物を個人で倒せるレベルになってから、声をかけてくれ」

「!?」


 清々しいほどの一刀両断……。前髪のある時と、オネエ口調とも違う特待生用の一面って感じで使い分けているのかも? まあ、レベルが足りない同行者が一人いるだけで狩りの危険度は高くなるから、ヴィンセント先輩の言葉は正論だわ。


 私に視線をぶつける生徒も多いが「謎の美少女」と認定されている。その中にはレックスの姿もあって驚いた。誰一人シンシアだと認識してないことに、凹めばいいのか喜べばいいのか、少しだけ複雑な気持ちになる。

 ううん、見返すって決めたのだから、今気づかれなかったのは報復するのにも有利になったはず!


 闘志を燃やしつつヴィンセント先輩の隣を歩く。先輩の隣を歩けるなんて、役得だわ。

 そういえばヴィンセント先輩の実力ってどのぐらいなのかしら? 今から楽しみ!

 外では数時間前と同じ青空が広がっていたが、息がし易かった。

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