第2話 押しつけられた悪役令嬢という役
『レックス、こんな所に呼び出して何の話?』
『俺のパートナーになってくれ。卒業までに魔法省に入るには、半年後の魔法等級昇格試験で優勝するのが近道だし、俺の四属性魔法に後方支援の聖女魔法の力が加われば、充分に優勝を目指せるはずだ』
レックスは熱心と言うよりも甘い声音で、美女を口説いているようだった。
二人の距離は近い。まるで恋人のよう。
美女は修道服をベースにした白の制服姿で、お洒落で可愛らしい。桜色の長い髪に、凛とした顔立ちで、胸も大きく、すらっとした腰回りで、爪先から足元まで身なりに気を遣っているのがわかった。
私とは大違いだ。
二人に見つかりたくなくて、咄嗟に物陰に身を潜めた。隠れるようなことを何もしていないのに、と自己嫌悪に陥る。
『レックス、婚約者がいるのにいいの? 彼女は首席でしょう? 点数稼ぎをするならそっちと組んだほうがいいんじゃない?』
一見、婚約者である私を庇っているように聞こえるが、絶対に馬鹿にしている。レックスは鼻で笑った。
『地味で、たいしたことない魔法だよ。あんな見すぼらしい姿で俺の隣にいると思うと死にたくなる。何であんな地味で根暗で、冴えない女が、俺の婚約者なんだって何度思ったことか』
(彼のこの言葉を聞くのは、もう何度目だろう……。でも自分から両親に婚約破棄はしないのも、自分が悪くない──と立ち回りたいなんて、図々しいわ)
『ふうん。私も後方支援で地味だけど?』
『君は違うだろう。隣に立っているだけで、自慢したくなる美しい人だし、サポートだって完璧だ。アイツは野暮ったい髪型に分厚い眼鏡のままで、ダサすぎる。あんな見た目で代表挨拶するって聞いて、慌てて婚約破棄を言い出して本当に良かった』
『まあ、貴方を追いかけてきたんじゃないの?』
『正直、迷惑だよ。……俺はあんな婚約者より、君と会える時間のほうが何倍も価値がある』
『ふふっ、ひどい人ね』
ライラという女子生徒はまんざらでもない様子で、レックスから抱きしめられるのを嫌がりもせず、キスまでしている。
二人の仲睦まじい姿をみた衝撃よりも、自分の全てを否定されたことが悔しくて、悲しかった。
(彼女と結ばれるために私を悪役令嬢に仕立てて、婚約破棄を目論むなんて……。本当に婚約者だって思っていたのは、私だけだったのね)
『私の婚約者も同じかも』
『え? 君に婚約者がいたのかい?』
『両親が勝手に決めてきて、お試しでも良いから三年間付き合ってみなさいって。だから仮の婚約者かしら。地味で、パッとしなくて、天才魔法使いだって聞いていたのに、ガッカリしたのよ。入学時に一度会って、それっきり。……両親から卒業するまでに、どうするか答えを出して欲しいって言われているから、やっぱり断ろうかしら』
『じゃあ、君の婚約者の枠に俺が立候補しても?』
ライラの笑った気配がした。
『そうね。レックスなら……』
『君は華やかな場所が似合う。うだつの上がらない連中の中にいるべき人じゃない。俺にできることがあるなら何でも手伝うよ。だから、な』
『わかった、貴方のパートナーになるわ。未来の魔法省エースさん』
二人は囁きながら、どちらともなく唇が触れ合い甘々な展開に。
あまりにも惨めで、泣きそうになるのを堪えながら、特別教室のある校舎に逃げ込んだ。
(まだ……泣くなっ。泣くな……っ!)
周囲を見渡す余裕もなく、目に入った一番近くの部屋に入った。
布が幾つもある部屋で、カーテンも閉じている。誰もいないことを確認した途端、我慢の限界が来た。
「ふっ……っ、ああっ……あああああ(悔しいっ、悔しい! あんな言いたい放題!)」
声を抑えようとするが、うまくできずその場に座り込み、嗚咽を漏らして泣き崩れた。
途中で近くにあった布で涙を拭いながら、落ち着くまでしばらく時間がかかった。
***
日差しが傾き、窓辺の小鳥たちの囀りに、顔を上げると時計の針が一時半過ぎを指していた。午後の授業はとっくに始まっている。
この特別教室のある校舎は利用者が少ないのか、人の気配はない。
(人生で初めてサボったかも……。これからどうしよう。憧れの魔法学院に来たけれど、散々で……このまま泣き寝入りする? 何もなさずに逃げ帰って父様や母様に慰めてもらう? 兄様に手紙を……)
失恋と新しい環境に馴染めないことで凹みまくったが、辺境地から送り出してくれた両親と、隣国に留学している兄のことを思い出す。
過保護な両親や兄を説得して魔法学院に入学したのに、今回のことを書いたら「戻ってきなさい」と言い出すに決まっている。せっかく憧れの場所に来たのに、やっぱり逃げたくはないし、そもそも悪者にされたままじゃ気分も悪い。
(でもでもだっては、ここまで!)
グッと顔を上げた。
「ここで逃げたら、ずっと後になっても後悔するもの……。こうなったら、卒業までにすっごくいい女になって、振ったことを後悔させてやる! そして私に悪い噂も全部嘘だって証明してみせるわ!」
「君は逃げないんだ……」
「ええ! 私という存在を全否定されたんだもの! 見返してやるわ!」
「そう……。ところで、その布……僕の素材だったんだけれど……」
「……え」
ここでようやく声をかけられていたことに気づき、慌てて振り返る。
誰もいないと思っていた部屋の端に、前髪の長い男の子が佇んでいた。教室に溶け込むほどの存在感の無さに幽霊かと一瞬思ったが、足はついている。影もあった。
「お化けじゃないよ」
「心を読まれた!?」
「いや、君の顔を見たら普通に気づくって……。一応、その素材滅多に手に入らないシルクの布なんだけど……」
「ん? ……ああ! 思わず涙を拭いたんだった! これ貴方のだって知らなくて。……ご、ごめんなさい……! べ、弁償を」
「白銀蚕から作られた特別製だから、高いけど……君に払える?」
「(白銀蚕って、確か第一級庇護対象の魔物だっけ……。辺境地だと良く見かけるけど、王都だと入手が難しいのかな?)ええっと……」
お金はあまりないけれど、素材なら結構手持ちがある。そう思って、腕時計に付与されている亜空間ポケットから一メートルほどのシルクの布を取り出す。
「弁償は冗談だ――」
「このぐらいの長さのでもいい?」
「え、……何でシルクの布を君が!? あれは第一級庇護魔物かつ、珍しいものなんだよ! どこで手に入れたんだい!?」
「え、ちょ」
彼は目をキラキラさせながら、私の両肩を前後に揺らす。思わぬ食いつきに困惑しつつ「実家だと珍しくない」と伝えたら、興奮しつつも納得してくれた。
「そうか。君が歴代最高得点で入学したシンシア・オールドリッチだな」
「え、そうだけれど……? 貴方は?」
「僕はヴィンセント。三年生……だ」
近くで見ると薄紫の長い髪は腰まであり、前髪も同じくらい長い。先ほど興奮したときに見た瞳はアメジスト色でとても美しかった。細身だが背丈は高く、両肩を掴まれたときの手はとても大きく感じられた。
学生服姿だが、支給品をそのまま使っているのかアレンジらしいアレンジはない。ただ彼の爪はマニキュアをしていて、ピンクや水色と可愛らしい色合いなのが目立った。
「もしかして、先輩は可愛い色やものが好きだったりします?」
「え。……まあ、そうだけれど。やっぱり男が可愛いものや服を作るのって変……だよね?」
自嘲気味に告げる先輩に、私は彼の両手をガシッと掴んだ。
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