サレ令嬢とサレ王子の華麗なる復讐劇~オネエ口調の凄腕魔法剣士は美貌を隠していた少女を溺愛する~
あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定
第1話 最悪の学院生活
「シンシア、悪いが君との婚約はなかったことにしてほしい」
それは私にとって、青天の霹靂に等しい衝撃だった。
婚約破棄。最高の学院生活が、最悪の学院生活に塗り変わった瞬間でもあった。
***
最難関の名門魔法学院ノーマンブラッドへの入学に私は浮かれていた。
幼馴染であり、婚約者のレックスと学院生活が送りたくて、一族に代々受け継がれた魔法を極めて首席で入学!
異世界転生、しかも魔法のある世界なのだから、存分に楽しみたい。前世では入退院ばかりだったので、学院生活は友達と一緒に買い食いに部活。それからレックスと……王都観光もしてみたいわ。
期待を胸に入学式を迎えたものの、辺境地に住んでいる私に見知った友人はいない。それに辺境伯の娘である私の社交界デビューは、魔物を一掃できるだけの実力が伴う十八歳からと決められている。単にデビュー期間は魔物が大量発生する時期と被っているから、戦力を失いたくないだけな気がしてならない。
周りに馴染めるように、挨拶から……。近くの女子生徒たちに声を掛ける。
「ご、ごきげんよう」
「ごきげんよう。……」
じいーっと、つま先から頭のてっぺんまで凝視して、なんだか値踏みされている気がする。
まあ髪を三つ編みにして、分厚い眼鏡を掛けていたらダサいわよね? で、でも学院の規則通りだと思うのだけれど……。
「貴女、社交界で見ないけれどデビューしてないのかしら?」
「あ」
ああ、なるほど。それでジロジロ見ていたのね! 王都での社交界デビューは十二歳からだもの、そこで交流を持って仲良くなるのだわ。すでに仲良しグループがちらほらできつつある理由が分かって、なるほどと思った。
「私は辺境伯の娘、シンシア・オールドリッチよ。社交界デビューは十八歳からと言われているの」
貴族の挨拶は一応身につけているので、対応は間違ってないはずなのに名乗った瞬間、教室の空気が変わった。ついさっきまで和気藹々だったのに、なんだか不穏な空気に……。
「まあ……じゃあ貴女が」
「あの辺境伯令嬢……」
「?」
先ほどまで奇異な目で見られていたが、今はどこか非難めいた視線を感じて居心地が悪い。
ど、どうしよう!?
前世は入院が長くて友達は少なかったし、今世の辺境地だと同世代が殆どいなかった。初手で、なにか間違えた!?
「オールドリッチ嬢。私たち急な用事がありますので、これで失礼させていただきますわね」
「え、あ、はい。引き止めて、ごめんなさい」
女子生徒はそそくさと教室から居なくなり、他のクラスメイトも腫れ物のように遠巻きで見ている程度で、声をかけてくれる人はいなかった。すでにやってしまった感が……。こういう時、兄様のコミュ力があれば良かったわ。
ため息混じりに、入学用のパンフレットに視線を落とした。
友だち作りは失敗したけれど、この後レックスと会う約束としていると思うと、不安が消し飛んだ。
魔法学院内には、学校で使う雑貨店やら専門店のショッピング区画もあり、レックスとデートしたいとも思っていたのだ。彼も手紙で会えるのが楽しみだって何度も書いてあったし、覚えているはず。会う時に、相談してみよう。
***
放課後の裏庭で、
数年ぶりに会うレックスは垢抜けて素敵な青年になっていた。髪は肩まで伸びていて、学生服のロングコートなど着崩している姿もカッコいい。魔導具だと思われる指輪にピアス、胸飾りなどのアクセサリーもお洒落だ。
「レックス、久しぶりね!」
「ああ……」
開口一番「入学おめでとう」や「首席とかすごいな」などの言葉一つ出てこなかった。ただただこの場にいることが迷惑で苦痛だと言わんばかりな顔をしていて、目を合わせようとしない。
「シンシア、悪いが君との婚約はなかったことにしてほしい」
「…………え?」
木漏れ日から漏れた日差しがレックスだけを照らし、建物の影にいる私は世界が黒く塗り潰されたような感覚に陥る。
「この学院に入って、自分がどれだけ狭い視野で物事を見ていたのかが分かったんだ。それと同時に、俺はもっと上を目指せるって実感した。だから、シンシア。俺の未来のために、君との婚約のことはなかったことにしてほしい!」
「え、なっ……そんな急に」
「君だってこの婚約は両親が決めただけだって、思っているだろう。今時親同士が決めた婚約なんて古臭いし、俺はオールドリッチ家に婿に入る気はない。もっと上を目指して、卒業したら
「レックス……私はっ」
「ああ、特別課外授業を受ける時間だ。後は頼んだからな! いいか俺からじゃなくて君から婚約破棄したいと言うんだぞ!」
レックスは私との話を切り上げて、と言うか一方的な言葉だけ投げかけて走って去ってしまった。呼び止める暇もなくて、みっともなく「嫌だ」と泣くこともできずに、伸ばしかけた指先を下ろす。
レックス。昔はもっと優しかったのに……。一方的な言い方をするなんて、別人みたいだわ。
田舎から都会に出た途端、垢抜けてはっちゃける《都会デビューあるある》はよく耳にしていた。前世でも田舎から東京に出て数ヵ月で、ガラリと変わったと言う話を聞いたことがあるし、都心部だとなにかと触発されやすいのかもしれない。
昔は『僕』だったし、口調も変わった。一方的で話し合いにもならなかった。私、レックスと同じものが見たくて、頑張って入学したのだけどな……。
せめて「おめでとう」の一言でもあれば、報われたのに。入学当日に目標を失った私は、楽しみにしていた学院生活が早くも色褪せていくように感じられた。
***
魔法学院では可愛い子やお洒落な子が多くて、三つ編みのおさげ、分厚いメガネに、支給された制服をそのまま着ている真面目は私ぐらいだった。最高級品の黒の外套を羽織り、個性的な服や装飾を着こなしている生徒が多い。
そっか。服装も防御魔法や付与魔法を着けるから、服装の規定が学院内でも緩いのね……。知らなかったわ。
辺境地だと軍服が支給されていたし、好き勝手服装を弄ったら刑罰ものだったものね……。それに前世では病院生活が長ったから、今世ではオシャレは侍女に任せっきりだった。
こんなことなら次女を連れてくれば……ううん、私一人が抜けて戦力的にも大変になったのに、これ以上人員を減らせないわ。せめて美的センスのある人にアドバイスがもらえれば……。
周りの生徒を見渡すと、付与魔法が織り込まれた生地などもあり、素材は高級なものが多い。どれも仕立屋に頼んだ一点ものっぽいわ。
私もお洒落を……。うーん、でも付与魔法やアクセサリーを使わなくても、たいていのことは魔法でできてしまう。
私の魔法は繊細かつ珍しいが、地味な魔糸魔法なので、実技でも目立つことはない。
それに「
入学から一ヵ月で、私はぼっちになっていた。友達はみんなお洒落で、グループも初日で固まってしまったこと。
そして女子生徒から遠巻きにされている最大の理由は「シンシアは恋人がいる異性にしか興味ない」とか「地味な魔法で首席を取れたのは、家の根回しがあるから」という根も葉もない噂のせいでもある。
誰がそんな噂を……?
うう……王都、怖いわ。
それからの学院生活は、さらに居心地が悪くなった。何をしても私が悪い、家の力という噂が広がっている。
実際に辺境伯って地位よりも、武力においては力があるのは事実……。「噂は違う」と言いたいけど、私に直接確認しにこないでヒソヒソ言うばかりなのに、一人ずつ説明して回る?
そんなことをしても気付けば別の噂が広がっていて、抜本的な解決にはならなかったわ。噂には噂ってあるけど、王都に味方がいない私だけでは八方ふさがり……。実家に頼ったらそれこそ、噂を事実にしてしまう。
どうすればいいのだろう。
***
とある放課後。図書館に向かう途中で、偶然レックスが階段を降りて来るのが見え、思わず空き教室に逃げ込んでしまった。
私、何をやってもいるのかしら。
『婚約者がなかなか別れてくれないんだ。しかも家の援助を打ち切るって脅してきたんだぜ。俺を一方的に悪者にしたいらしいんだ』
「(そんなこと一言も言ってない! それに婚約していることで融資しているなら、当然援助が切れるのだって普通でしょう!)……っ」
『うわー。最低だな。家を盾に脅すなんてさ』
『そうそう、武力でなんでもかんでも力業で押し切るのって感じが悪いよな』
『だろ!』
出鱈目な噂を吹聴しているのはレックスだったってこと?
どうあっても私から婚約破棄させたいから、周りに噂をばら撒いて領地に逃げ帰るように仕向けているのね。私自身、婚約破棄は仕方がないとしても、私を有責にして別れようとするため、悪い噂を広めるなんて思いもよらなかったわ。
ここまで性根が腐っているとは、思いたくなかったのに……。もう昔の優しいレックスはいないのね。
友人との付き合いで放蕩貴族の考え方に感化されたのだとしたら、王都は恐ろしいところだわ。周囲の人や環境で、人ってここまで変わるものなのかしら? 朱に交われば的な?
レックスへの情も日に日に目減りしていき婚約破棄することを決意するのに、さほど時間は掛からなかった。
ただそうなると別の問題が出てくる。婚約破棄なんてなったら、父や兄が大騒ぎをするのはもちろん、魔法学院に居られなくなる。王都では珍しい本が多く、その読む時間を奪われるのは耐えられない。
婚約破棄をしても、魔法学院に残る方法……。授業や実習は退屈だけど、王都中央図書館、本屋、学院の図書館の本を読みたい。もうこの際、本だらけの生活でも可!
もっと上手く立ち回る方法だってある。考えることは他にもあるのに、思考がぐるぐるして、上手く動けず足踏みしてしまう。「これではダメだ!」と分かっていながらも、精神がゴリゴリと削られて、一歩踏み出す力が入らない。
両親に手紙を書こうとしても、筆が止まってしまう。奮起する力や思いが摩耗していく日々が続いた。
***
三ヵ月後──。
中間テストで一位になったが、周囲からの視線は更に冷ややかだ。
今日もぼっちか……。でももう慣れたわ。
噂に対して反論も何もせず黙ったことで、一部の生徒は遠巻きに見るだけで話題にしなくなった。
クラスメイトとは挨拶ぐらいはするけれど、友人と呼べるほど仲の良い子はいない。むしろ恋人がいる女子生徒は、敵視してくる。私はいつの間にか婚約者のいる男子生徒を取っ替え引っ替えしているらしい。そもそも男子生徒と一緒にることすらないのに、そんな噂を信じるなんて愚かのだろう。情報操作も中途半端で、問われれば「違う」と答えられるのに、誰もそういった話題を私に投げかけることも、尋ねることもしないので放っておいた。
頼れる人もいないし、学院の授業も習ったものばかり……本が読めるのは貴重だけど、半年もすればきっと読み終わる。そうしたら学院にいる価値なんてないわね。
凹むばかりの日々に、心が疲弊していく。ううん、心が凍えて感情が薄れていく。辛い気持ちを押し殺して、毎日淡々と勉学に励む。ジッと耐えているのは、この場所でまだやりたいことがあったからだ。
読書! 今の心の拠り所はそれだけ。甘酸っぱい恋も、放課後友人とカフェに寄るのも、買い物もできなかったけれど、もういい。
好きなことをして最短で卒業する。
両親と兄に頼るのは最終手段。そのためにも噂の内容をノートに書きまとめて、日記も付けておいた。両親に手紙を送るにしても、泣き言や弱音ばかりの羅列になってしなっては、怒られるのは目に見えてわかっていた。
「やはりお前を王都に出すべきではなかった」とか父が憤慨するかもしれないと思うと、中途半端に助けを求める訳にもいかない。
昔から、私の外見チェックは厳しかったし、魔法学院の入学も父が最後まで反対していたもの。
ふと廊下の掲示板にある単語が目に入った。
特待生制度。
学生でありながらも、魔法省から認められるほどの才能や実績を持つ一部の生徒だけが選ばれると言う。
魔法等級昇格試で実力を見せれば……今の状況が変わるかしら? それに魔法省って言ったら珍しい本や魔導書があるはず……!
そんなことを考えていたら、あっという間にお昼休みになった。そそくさと教室を抜け出して、人気のない裏庭へと足を進める。
お昼休みは裏庭の奧にあるガゼボで食べることが多くなった。誰もいない場所で緑に囲まれながら食べる時間は、唯一の癒しの時間だ。
『ライラ』
ん? この声は……。
ふと聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。
レックスと……もう一人の美女は……誰?
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