サレ令嬢とサレ王子の華麗なる復讐劇~オネエ口調の凄腕魔法剣士は美貌を隠していた少女を溺愛する~

あさぎ かな@電子書籍二作目

第1話 最悪の学院生活

「シンシア、悪いが君との婚約はなかったことにしてほしい」


 それは私にとって青天の霹靂に等しい衝撃だった。



 ***



 ようやく入学できた名門魔法学院。

 幼馴染であり、婚約者のレックスと学院生活が送りたくて、一族の魔法を極めて首席で入学した。


(異世界転生! しかも魔法のある世界なのだから、存分に楽しみたい。入退院ばかりだったから、学院生活は友達と一緒に買い食いに、部活に、それから――)


 期待を胸に入学式を迎えたのだが、辺境地に住んでいるので顔見知りはいない。周囲の女子生徒はすでに仲良しグループがちらほらできつつあった。


(そういえば前世は入院が長くて、友達ってどうやって作ったっけ? 実家は同世代が殆どいなかったし……)


 入学用のパンフレットに視線を落とす。

 魔法学院内には、デートスポットや学校で使う雑貨店やら専門店のショッピング区画もあり、レックスとデートしたいとも思っていたのだ。彼も手紙で会えるのが楽しみだって、何度も書いてくれて嬉しかった。


 入学式が終わって、レックスに裏庭に呼び出された時は、乙女ゲームのワンシーンのようだと浮かれていた。そう浮かれていたのだ。


 数年ぶりに会うレックスは垢抜けていた。髪は少し長くなっていて学生服のロングコートなど着崩している姿もカッコいい。魔導具だと思われる指輪にピアス、胸飾りなどのアクセサリーもお洒落だ。


 開口一番で、「おめでとう」や「首席とかすごいな」とか、そんな前向きな言葉はなくて、目を合わせようとしない。


「シンシア、悪いが君との婚約はなかったことにしてほしい」

「…………え?」


 ざわざわと新緑の木々が風に揺らいで、木漏れ日が彼だけを照らす。建物の影にいる私は世界まで黒く塗り潰された気分だ。


「この魔法学院で、自分がどれだけ狭い視野で物事を見ていたのかが、やっとわかったんだ。俺はもっと上を目指せる。だから、シンシア。俺の未来のために、君との婚約のことはなかったことにしてほしい!」

「そん……な」

「君だってこの婚約は両親が決めただけだって、思っているだろう。今時親同士が決めた婚約なんて古臭いしさ、俺はオールドリッチ家に婿に入る気もない。もっと上を目指して、卒業したら魔法省で働けるように実績を積みたいんだ! 頼む! 君から婚約破棄したって、両親に話してくれないか?」

「レックス……私はっ」

「あっ、もう時間だから、頼んだぞ!」


 レックスは私との話を切り上げて、と言うか一方的な言葉だけ投げかけて走って去ってしまった。呼び止める暇もなくて、みっともなく嫌だと泣くこともできずに、手を伸ばしかけた指先を下ろす。


(レックス。昔はもっと優しかったのに……)


 田舎から都会に出た途端、垢抜けて素朴だった人間がはっちゃける――いわゆる都会デビュー。

 前世でも、田舎から東京に出た途端雰囲気が変わったと言う話を聞いたことがあるが、やはり都心部では触発されやすいのかもしれない。


(昔は『僕』だったし、口調や言葉遣いも変わった。一方的で話し合いにもならなかった。……私、レックスと同じものが見たくて、頑張って入学したんだけどな……)


 せめて「おめでとう」の一言でもあれば、報われたのに。途端に目標を失った私は楽しみにしていた学院生活が、早くも色褪せていくように感じられた。



 ***



 魔法学院では可愛い子やお洒落な子が多くて、三つ編みのおさげで、分厚いメガネに、支給された制服をそのまま着ている真面目は私ぐらいだった。黒の外套を羽織り、服装も自分の雰囲気に合うようにアレンジを加えている人が多い。


(そっか。服装も防御魔法や付与魔法を着けるから、服装の規定が学院内でも緩いのね)


 付与魔法などの生地や素材は高級なものが多いので必然的に取り入れるとなると、服装はガラリと変わる。どれも仕立屋に頼んだ一点もののようだ。


 私もお洒落をすべきだろうか。

 でも付与魔法やアクセサリーを使わなくても、たいていのことは魔法でできてしまう。

 私の魔法は繊細かつ珍しいが、地味な魔糸魔法なので、実技でも目立つことはない。


(三つ編みに眼鏡を外すなって父様や兄様からも服装についてはキツく言われているし……。……でも……)


 入学から一ヶ月で、私はぼっちになっていた。友達はみんなお洒落で、グループも初日で固まってしまったのもある。

 警戒されている理由は「シンシアは恋人がいる異性にしか興味ない」とか「地味な魔法で首席を取れたのは、家の根回しがあるから」という噂が流れていた。


(誰がそんな噂を……?)


 それからの学院生活は、さらに居心地が悪くなった。

 そんなある日、学院帰りに図書館に向かう途中で、偶然レックスが階段を降りて来るのが見え、顔を合わせたくなくて慌てて空き教室に逃げ込んだ。


『婚約者がなかなか別れてくれないんだ。しかも家の援助を打ち切るって脅してきたんだぜ。俺を一方的に悪者にしたいらしいんだ』

(そんなこと一言も言ってない……!)

『うわー。最低だな。ちょっと火遊びした程度で、婚約破棄って田舎は頭硬いなぁ』

『そうそう、浮気や愛人ぐらい貴族ならよくあることだろう』

『だよな』


 そんな出鱈目な噂をレックスが吹聴していると知った時は、更にショックだった。

 どうあっても私から婚約破棄させたいのだろう。私自身、婚約破棄は仕方がないとしても、私を有責にして別れようとするため、悪い噂を広めるなんて思いもよらなかった。


(ここまで性根が腐っているとは思いたくなかったのに……)


 友人との付き合いで、放蕩貴族の考え方に感化されたのだろうか。だとしたら都会とは恐ろしいところだ。


(周囲の人や環境で、ここまで人って変わるの?)


 レックスへの失望は日に日に大きくなり、婚約破棄することを決意するのに、さほど時間は掛からなかった。

 ただそうなると一つだけ問題が生じる。婚約破棄なんてなったら、父や兄が大騒ぎをするのはもちろん、魔法学院に居られなくなるだろう。王都では珍しい本が多いのに、それを奪われるのは耐えられない。


(婚約破棄をしても、魔法学院に残る方法……。授業や実習は退屈だけど、図書館の本は読みたい……)


 今後のことも含めて、考えなければならないことはたくさんあるのに、上手く動けず、足踏みしてしまう。「これではダメだ!」と分かっていながらも、精神がゴリゴリと削られて、何をするにも力が入らない。


 両親に手紙を書こうとしても、筆が止まってしまうのだ。奮起する力や思いが摩耗していく日々が続いた。



 ***



 三ヵ月後――。

 中間テストで一位になったが、周囲からの視線は更に冷ややかなものになった。


(今日もぼっちか……。噂について、アドバイスしてもらいたいけれど、知り合いは誰も居ないし……)


 クラスメイトとは挨拶するぐらいで、友人と呼べるほど仲の良い子はいない。むしろ恋人がいる女子生徒は私に対して敵視しているぐらいだ。問われれば「違う」と答えられるのに、誰もそういった話題を私に投げかけることも、尋ねることもしないので弁明のしようがなかった。


(頼れる人もいないし、学院の授業も習ったものばかり……本が読めるのは貴重だけど、半年もすればきっと読み終わる。そうしたら学院にいる意味なんて……あるのかな)


 凹むばかりの日々に、心が疲弊していく。

 両親への手紙は泣き言で、弱音ばかりの羅列になってしまいこれでは送れない。

「やはりお前を王都に出すべきではなかった」とか父が憤慨するかもしれないと思うと、助けを求めるのも躊躇ってしまう。

 昔から、私の外見チェックは厳しかったし、魔法学院の入学も父が最後まで反対していたのだ。


(両親に話すのは最終手段だとしても、自分で婚約破棄についてはレックスからだと言う言質がほしい。そして故郷に戻らない理由……もしくは事情……。特待生になるぐらいしかない?)


 特待生。学生でありながらも、魔法省から認められるほどの才能や実績を持つ一部の生徒だけが選ばれると言う。


(魔法等級昇格試で実力を見せれば……)


 そんなことを考えていたら、あっという間にお昼休みになった。

 そそくさと教室を抜け出して、人気のない裏庭へと足を進める。


 お昼休みに、裏庭の奧にあるガゼボで食べることが多くなった。誰もいない場所で緑に囲まれながら食べる時間は、唯一の癒しの時間だ。


『ライラ』

(ん? この声は……)


 ふと聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきた。


(レックスと……もう一人の美女は……誰?)

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