第2部

第22話

 後部の装甲室まで響くエンジン音、路面の僅かな凹凸でギシギシと車体が軋む。堅い軍用タイヤが非舗装の道路を走る走行音。開け放っている運転席の窓や銃座から装甲室のガンポートや後部銃座へ抜ける風の音。太陽に照らされて熱気の籠もった装甲室の空気を躍起になって排出しようとしているベンチレーターの音。汗が頭から首筋へ、背中へ垂れる。汗で濡れたクルーカットにヘッドセットを被る。耳周りがさらに暑く感じるが音は、僅かに静かになる。だが通奏低音のような騒音と振動を体全体が受け止めている。

 咽頭マイクのボタンを押す。

「チャーリー6、こちらチャーリー1、聞こえるか?」

 犬の首輪みたいでうっとうしいが、うるさい車内で無線交信を行うには周りの雑音を拾いにくい咽頭マイクは最適だった。

「チャーリー6、受信」

 中隊長の声だ。気になるのか定時連絡にあわせて無線室に顔を出していたようだ。

「チャーリー1より定時連絡。リッチフィールドを通過。チェックポイント・ケニービル到着予定に変更なし」

「了解。…ジエン、お偉いさん達の様子はどうだ?」

「今のところは静かです。ずっとこうなら助かるんですが」

「そいつは無理な話だろ」

「やっぱりそうですか。ああ、気が重いなあ」

「そう言うな、ジエン。お偉いさんのわがまま程度で済んだらめっけもんだぞ」

 彼が口を挟む間もなく中隊長が口調を改めた。

「中尉、判っているとは思うが、ケニービルから先は気をぬくな。エリザベスタウンの周辺とはわけが違うからな」

 ジエン中尉の口調も自ずと改まる。

「イエス・サー」

「匪賊に気をつけろ。民兵や冒険者ともめ事を起こすな。無事に行って無事に帰ってこい」

「イエス・サー」

「よし、チャーリー6、以上」

 もちろん、ジエン中尉も中隊長に言われるまでもなく、今度の任務を舐めていたわけではない。だが、やはり一筋縄ではいかないようだ。彼も彼の部下達も普段は州間幹線道路での大規模輸送隊(コンボイ)の護衛や州間幹線道路のパトロールがメインの任務でこれから行くような州内の道路が整備されていない地域に出張ったことは殆どない。うるさがられるかもしれないがケニービルで隊の下士官と臨時に編入されている少尉を集めて改めて注意喚起した方が良さそうだ。

 出発前のブリーフィングでもケニービルから先は道路の状態はかなり酷いと警告されているし、そうなると今のような速度は出せないだろう。悪路をノロノロ進むことになる。同じように集落や町を巡って悪路をノロノロ進むキャラバンが匪賊に襲われるのも珍しい話ではない。もっとも、白い星が描かれオリーブドラブに塗られた装甲車を襲うようなバカがいるとも考えにくいが。

 チェックポイント・ケニービルまでは道路整備も終わっており匪賊との遭遇は99パーセントないだろう。それもあって、ジエン中尉は銃座に着くもの以外のヘルメットの着用を免除しているし、どの車両もまだ運転席の装甲板は跳ね上げられている。フロントの防弾ガラスはとっくに土埃まみれだが視界は確保されているので、ジエン中尉の座っている車長席からでも非舗装ながら6メートル幅で堅くしまったほぼ平坦な道路を先行する小隊2号車を見ることができた。

 現在、彼の指揮下にある戦力は州兵隊第1装甲車旅団第1大隊C中隊第1小隊のM31A装甲車4輛とその乗車歩兵に加え、大隊の軽装甲車中隊であるD中隊から派遣され、彼の指揮下に臨時編入されたM911軽装甲車2輛とその乗車歩兵だ。その戦力でお偉いさんが乗る州政府の装甲トラック2輛を護衛している。

 今は2号車に遮られて見えないが、彼の乗っている小隊長車から50メートルほど先行して軽装甲車が前路警戒にあたっている。その後方約25メートルの位置に小隊2号車、そのさらに25メートル後方に位置するのが彼の乗る小隊長車。25メートル間隔で州政府の装甲トラック2輛が続き、小隊3号車、4号車、殿の軽装甲車となる。

 ジエン中尉が乗るM31A装甲車の方は大昔のM3ハーフトラックにも似たボンネットバスのようなシルエットをしている。だがM3とは違って後輪も2軸装輪の6輪駆動となっている。M3が使われていた当時に手榴弾を投げ込まれやすいと不評だったオープントップの荷台はガンポートを備えた箱形の装甲室となっている。助手席の上にリングマウントがあり12.7ミリ重機関銃が防楯つきで装備、さらに装甲室後端の天井左側にもリングマウントがありこちらは防楯つき6.8ミリ汎用機関銃が装備されており、十分な火力を持っていた。

 D中隊から臨時編入されているM911軽装甲車は4輪駆動のピックアップトラックをベースにエンジンとサスペンションを強化し車体を装甲化。荷台を装甲室に改造し、助手席の天井をくり抜いて取り付けたリングマウントに防楯つきの6.8ミリ汎用機関銃を装備したものだ。「軽」と言うだけあって、装甲の防弾性能は汎用機関銃の射撃に耐えられる程度だ。

 どちらもオリーブドラブに塗られた車体の側面、ボンネット上面、後部ドアに白い星が描かれ軍の車両であることを示していた。

 M31A装甲車もM911軽装甲車も装輪なので不整地踏破能力は大したことはないが、民間の装甲トラックや非装甲のトラックに比べれば、馬力があるのとサスペンションも強化されているため、一定の不整地踏破能力は確保されていた。さらにハーフトラックや装軌車両が必要になるほどの不整地もこの辺りにはないので、あまり問題になってはいない。

 州政府の装甲トラックは民間企業でもよく使われている非武装のものだが装甲室上部に冷却装置の膨らみがあり、気をつかわないといけないモノが載っている事を示していた。側面には州旗と国旗が大きくペイントされ、州政府の車両であることを主張していた。

 車列の全ての車両に共通しているのは側面が全て匪賊の対戦車ロケット対策でスラットアーマーに覆われていることだった。

 砂埃を巻き上げながらジエン中尉の小隊の車列が進んでいる幹線道路は舗装こそされていないが周辺の木々や雑草もきれいに取り除かれ、路上には瓦礫も朽ちた車両もない。堅くしまった土のほぼ平らな路面がまっすぐに伸びていた。州の道路整備事業の成果だ。

 道路脇の木立や藪を取り払っているのは隠れる場所を無くして待ち伏せをし難くするためだ。そうなると襲撃する方は身を曝して死のリスクを取るか、離れたところから襲撃して逃げられやすくなるかを選ぶことになる。こんなふうに匪賊に「割に合わない」と思わせれば襲撃は減る。実際、道路の整備が終わってる地域では匪賊によるキャラバンに対する待ち伏せタイプの襲撃は殆ど発生していない。

 さらに顕著なのが州間幹線道路などの主要幹線道路で、州兵の武装パトロールの効果もあり、IEDや道路障害物すらもなりを潜め、西部開拓時代の駅馬車強盗のように武装車輌による襲撃が主流となっていた。

 州都から直線距離で50キロも離れていないこの辺りは住民も州政府に協力的で郡警察の定期巡回も行われているため匪賊の跳梁もなく道路沿いには農家とその農地が拡がり、安定した治安が保たれていた。

 だが、それももう10キロほど先のチェックポイント・ケニービルまでだった。今のところ、この方面の州政府による治安の維持は道路整備の最前線であるケニービルが限界だった。治安の良さと道路の整備状況には明確な相関があることは誰でも知っていた。整備された道路があれば何かあったときに郡警察も州兵も迅速に展開できるが、道路を整備するためにはある程度の治安が維持されている必要がある。

 治安が悪ければ道路は整備できず、道路が整備できなければ治安も回復できない。治安が悪い地域では住民は匪賊から自分たちの身を守ることにリソースを割かねばならず、いくら州政府が働きかけてもそれだけでは道路整備は進まなかった。

 治安が良くない地域でも民兵と冒険者のおかげか、さすがに最近は町や村が匪賊に襲われるなんてことは滅多に起きない。だが、整備されていない悪路を時に時速数キロ程度でノロノロしか進めないキャラバンが匪賊に襲われるのも珍しい話ではない(繰り返しになるが)。

 ジエン中尉の小隊が護衛している州政府のお偉いさん達は「道路が整備されればより速い速度で移動が可能になり、交通量も増える。交通量が増えれば何かあったときにも相互支援が可能になり匪賊の襲撃を今よりも撃退しやすくなる。町や村の間を今よりずっと安全に移動できるようになる。そうなれば商売だってしやすくなる。生活が豊かになる」と、道路整備のメリットを並べ立て町や村に道路整備事業に参画させるのが仕事だった。

 ジエン中尉は無線のチャンネルを隊内無線に切り替えた。

「チャーリー1より全車。チェックポイント・ケニービルで小休止。将校下士官は集合」

「デルタ1-1、了解」

「デルタ1-2、了解」

「チャーリー1-2、了解」

 前路警戒中の軽装甲車小隊1号車から順に事前の取り決めどおりの順で全車から了解の返答がある。それを確認してジエン中尉は無線のチャンネルを切り替え、チェックポイント・ケニービルの守備隊に呼びかけた。

「ヴィクター、こちらディッキー。聞こえるか?」

 ヴィクターはケニービルに駐屯している歩兵小隊のコールサイン、ディッキーはジエン中尉の隊のコールサインだった。どちらもこの作戦期間中だけのコールサインだ。

「ヴィクター受信」

「ディッキーはヴィクターに接近中。カウボーイ(護衛車輌)6、駅馬車(州の装甲トラック)2。10分後に到着の予定」

「ヴィクター了解。こちらは問題なし。歓迎する」

「ディッキー了解。以上」

 ジエン中尉はヘッドセットを外して首にかけ、エンジン音と走行音に負けないよう、大声で銃座に声を掛けた。

「ヘフナー、異常はないか?」

 銃座のリングマウントに据えられた防楯つきの50口径機関銃のグリップに手を添えて辺りを警戒していた兵がこちらも大声で応えた。

「はい、問題ありません」

 耳にたこができるほどジエン中尉から繰り返し言いつけられているため、ヘフナー一等兵はジエン中尉のいる車内に視線を落としたりせず、辺りを警戒している。

「よし、警戒をつづけろ」

「イエス・サー」

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