第21話

「皆さんもよく知っているように、彼は一人の青年として、息子として、恋人としてこの村の皆に愛されていました。そんな彼は友を家族をそしてこの村を守るために民兵として勇敢に匪賊と戦い、傷つき斃れました。…ここに眠る彼、ダグ・クーパーを我々は決して忘れません」

 デマレスト伍長が弔辞を終え、棺に向かって敬礼した。

「軍葬の礼です。皆さん、ご起立ください」

 村長が告げる。

「弔銃隊、3連射」

 ブッカーがよそ行きのピシリとした口調で命令する。4人の民兵がまあまあ揃った動作でM11を斜め上に向かって構え、一発。厳粛な空気の中、突然の銃声に遺族や参列者がびくりと震える。一旦、構えを解き、改めて構えて一発。構えを解き、最後にもう一発。撃ち終えたライフルを捧げ銃の姿勢で保持する。

 棺が降ろされ、国旗が棺から外された。棺に土がかけられる。あちこちからすすり泣きの声が聞こえる。国旗を二人の民兵が覚えたての作法に従って畳む。民兵がぎこちないのは仕方ない。大事なのは斃れた仲間を悼む気持ちだ。民兵も俺たちも礼装なんて持っていない。野戦服のまま葬儀に出ているが勘弁してもらうしかない。

 ビッグジョーが畳まれた国旗を恭しく捧げ持ち、戦死した民兵ダグ・クーパーの母親に差し出した。

「大統領に代わり故人の勲功を称えます。国旗をお納めください」

 この国旗を掲げていた頃とは随分と様変わりしているし、大統領なんてほんとにいるのか疑問だが、戦死者を弔うときはこの国旗を使い、こう言うことに決まってるんだ。それが「正しい」やり方なんだ。

 母親は気丈にも顔を上げ、ビッグジョーとしっかり視線を合わせて受け取った。だが国旗を胸に抱いた瞬間、泣き崩れてしまった。周りの村人が慰め、巡回牧師と一緒に抱きかかえるようにして少し離れた四阿に連れて行った。

 村から少し離れた墓地に戦死した民兵を葬るのはこれで3回目だった。戦死者は第2分隊のダグ・クーパー、俺の分隊のダニエル・アンダーソン、狙撃チームのハイン・マルコビッチ。匪賊の連中がボンクラだったとは言え、あれだけの戦力差があったなか、戦死3名、軽傷者4名を含めて負傷6名は良い方だろう(ちなみに俺も負傷6名の内の一人だ)。俺は頭に一撃喰らって脳震盪を起こして気絶してたそうだ。


 どうやらあの時、匪賊の連中、俺がいるあたりを狙って無反動砲を撃ち込みやがったらしい。俺に運があったのか単に匪賊が下手くそだったのか判らないが、俺のいたところを飛び越して離れたところの木に直撃した無反動砲の砲弾は大量の木っ端と枝や幹をまき散らした。その中の一つが俺の頭を直撃したらしい。翌日、意識が戻ったときに村役場の救護所でドクターケイシーに聞いた話だとヘルメットをきちんと被っていたおかげで脳震盪で済んだが、下手すりゃ頭を持って行かれてたかもしれないと聞いて改めてゾッとしたよ、さすがに。危うく、俺も戦死者の名簿に名を連ねるところだった。

 自分ではそんなつもりはなかったんだが、俺はすっかり匪賊の注意ひいて囮になってたらしい。俺が無反動砲をはじめ、いろんなもので撃たれまくってた間にそばまで来ていたジャクソンの分隊とイカサマのA(アルファ)チームが北側から対戦車ロケットとグレネードを撃ち込んで装甲トラックを制圧し、残りの賊徒を皆殺しにしたらしい。

 「らしい」ばっかりで済まないが、さっきも言ったように、俺は頭に一撃食らって脳震盪を起こして気絶してたんだ。


 さすがに意識が戻った日はゆっくりさせてもらったが、その翌日、小隊に復帰して最初の仕事が葬儀への参列だった。何度参列しても慣れないよ。いや、慣れちゃいけないものなんだろうな。

 

 匪賊の襲撃を返り討ちにし、戦死者を弔ってから今日で1週間だ。警戒していたが逃走した匪賊のお礼参りもなく、今のところジョーンズ村は平穏だ。

 その間、俺たちがやっていたのは戦闘のあと始末だ。まずマットの指示で地雷の非活性化と回収が行われた。地雷が生きていたんじゃ匪賊の遺体収容もできないからな。

 その次は匪賊の遺体の収容と埋葬だ。何しろこの季節だ。放っておくと畑や道路上で腐敗が進み土壌汚染や疫病のもとになりかねないからな。テクニカルや装甲トラックの車内を含めて遺体を収容し、林の向こうの野原に穴を掘って埋めた。匪賊を村の墓地に埋めるわけには行かないということで、こうなった。埋葬場所を示すのは申し訳に立てられた十字架だけだ。たぶん、来年か再来年には草木に覆われてどこが埋葬場所か判らなくなるだろう。

 その後、擱座したテクニカルや装甲トラックの回収、遺棄された武器弾薬の回収を行った。どのくらいの金になるかは判らない。大隊から査定屋が来ることになっているが、特に車両はぶっ壊しすぎたみたいで、査定結果にあまり期待はできないな。


 俺たちは臨時に編成した小隊を解隊し、もとのビッグジョー分隊と民兵に別れて、倉庫前に整列している。仕方のないことだが、民兵の隊列にはいくつか隙間がある。道路の反対側には村の人たちが集まっている。

 デマレスト伍長、いや、民兵隊のデマレスト隊長とアントニオに「ローランズのババア」と呼ばれていた村長、そしてビッグジョーが役場から出てきた。

 三人は整列している俺たちの前をゆっくりと歩き、隊列を過ぎたところで向き直った。ローランズ村長が口を開いた。

「民兵隊が冒険者の協力の下、匪賊を打ち破り村を守ったことを私は誇りに思います。その中で犠牲となった三名の若者を我々は決して忘れてはいけません。今後、また匪賊が襲ってくるようなことがあっても私たちの手で撃退できる体制を築くことが彼らへの最大の手向けとなるのです」

 村長はデマレスト隊長を従え、民兵一人一人に握手し、ねぎらいの言葉を掛けながら隊列を戻っていった。俺たちはそれを無感動な目で見ていた。彼女にとってはこういう「政治的な」パフォーマンスも必要なんだろう。前もってデマレスト隊長から聞かされていたし、ビッグジョーも肩をすくめて了解したことだ。最後だし、付き合ってやるさ。

 役場の前に戻った村長はビッグジョーに手を差し出した。

「ローレンスさん。ありがとう。あなた方の協力なしには村は守れなかったでしょう。心から感謝します」

 ビッグジョーは差し出された手をとり、握手した。

「我々は自分の仕事をしたまでです。感謝されるまでもありません」

 手を離すと村長に向かってきれいな敬礼をする。俺たちも一緒に敬礼した。村長は自分への敬礼と思っているかもしれないが、俺たちの敬礼の相手は村長ではなく、デマレスト伍長と民兵隊だ。村長以外はみんな判っている。

 ビッグジョーが手を降ろす。俺たちも手を降ろした。

「分隊! 乗車!」

 ブッカーが号令を掛ける。ベンが運転席へ、俺たちは往路よりずっと減った荷物と一緒に荷台の上だ。その荷物の中には村の人達からもらった差し入れのムーンシャインや焼きたてのパンもある。

 エンジン始動。一発でかかった。

「ビッグジョー分隊、撤収します」

「ご苦労様でした」

 ビッグジョーが助手席に上がる。トラックが動き出す。さすがにベンはエンストなんかさせない。

 集まっていた村の人たちが口々に礼を言い、手を振ってくれる。

 西の検問所は戦闘で穴だらけになりきれいに建て直されたが今日も無人だ。検問所を過ぎ、畑の中の道路を西へ走る。やがて畑が終わり、林の中の道になる。トラックは荒れた路面の道を俺たちの大隊本部があるオーエンズを目指して初夏の日差しの中を走っていく。


 次はどんな依頼が待っているだろう。いや、その前に命の洗濯だな。

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