第18話

 4時頃からあたりは明るくなってきた。今日は匪賊の予告した「一週間後」の日だ。ぼんやりとした木々の輪郭が次第にはっきりしてくる。ポンチョにはぐっしょりと夜露が降りている。木立を透かして空を見上げる。雲は少ない。今のところ晴れのようだ。

 6時頃には分隊の全員が目覚めていた。一晩中掩体の中にこもっていたし、今のうちに交代で軽いストレッチをやっておく方が良いだろう。村役場におかれた小隊本部から生存確認が入る。第3分隊総員10名、欠員なし。俺たちは交代で朝食を取り、生理現象を済ませた。

 携行食の空き缶は匂いがしないようにしっかり穴を掘って埋めた。リベラはトランシーバのバッテリーを交換した。

 7時半ごろには小隊全員が配置についていた。気合い入ってるな。


 ゆっくりと時間が過ぎていく。配置について2時間半以上が過ぎ、まさか今日も来ないのかと思い始めた頃、東の道の先、この間見に行った空き地の方から微かに車のエンジン音が聞こえた。正確にはわからないが、単独ではない。

「リベラ。小隊本部に連絡。エンジン音が聞こえた。匪賊かどうかはまだ不明」

「わかりました。小隊本部に連絡します」

「ジェシカ、エンジン音だ、警戒しろ。ただし命令あるまで絶対に撃つな。グエンにも徹底しろ」

「わかりました」

 頼むぞ、先走って台無しにしくれるなよ。

 エンジン音はしばらく近づいてこなかったが、15分くらい経ってエンジン音が近づいてきた。すぐに視界に入るだろう。

 やっぱり。匪賊のテクニカルだ。テクニカルに鈴なりに匪賊が乗ってる。

 え? 何台いるんだ? テクニカルが林の中の道路に停まり、匪賊を降ろしている。4台どころじゃない。

 アイドリングしているエンジン音とヤツらが立てる音で普通にしゃべったって聞こえないだろうが俺は声を潜めてリベラにトランシーバーを寄越すように言った。

「ビッグジョー、ケビンだ。聞こえるか?」

「どうした、ケビン」

「いま、目の前にテクニカルが停まってる。聞いてた話よりも多い。見えてるだけで6台はいる。テクニカル1台あたり1ダース以上の匪賊が乗ってやがる」

 中腰であおりにしがみついて、あんな不安定な状態じゃ1キロも乗ってられなかっただろう。たぶん、空き地でトラックから乗り換えてきたんだろうな。

「ふん、そんなこったろうと思ってたよ。計画通り緊急時以外は見つからないように隠れてろ。地雷のセーフティーは俺が指示するまで解除するな」

「了解。以上」

「ビッグジョーから全員へ。ケビンからの連絡は聞こえたな。計画通りにおっぱじめるぞ、準備は良いか?」

「ブトコフスキー、OKだ」

「マット、問題なし。今のところ、西には匪賊もトラックも現れてない」

「ジャクソンだ。いつでも良いぞ。ベン、匪賊の相手はポーターにやらせろ」

 匪賊が動き出した。テクニカルがさっきまで乗せていた賊徒を従えて林を抜け、村に入っていく。村に入ると道路から降り揺れながら刈り取りの終わった畑やクローバーの植えられた休耕地を進んでいく。

 これで、西からも現れたら、聞いてた話の倍以上じゃないか? 大隊本部で聞いたみたいにでかい匪賊が来たのでもここらの匪賊が統一されたのでもなけりゃ、麦をかっさらうために複数の匪賊の集団が一時的につるんでやがるってことか?

 となると、あの空き地のあたりにトラックがゴロゴロ待機してんのかな。

「ケビン、ビッグジョーだ。後続は来そうか?」

「今のところないな。けど、たぶんこの間、俺たちがパトロールで行った空き地のあたりにはトラックが待機してそうだ。トラックに見張りや護衛がついてるかまでは分からねえ」

「そいつらは後回しだ。地雷のセーフティーを解除してくれ」

「分かった。……よし、セーフティー解除した」

「よし。ベン、ポーターにはじめさせろ」

「あいよ、ビッグジョー。はじめる」

 ああ、そうか。ポーターって確かジャクソンの分隊の民兵だったな。

 一発の銃声。これはM11じゃないな。民兵のボルトアクションライフルか?

「そこで止まれ! 我々はジョーンズ村民兵隊だ。我々の許可なく村への立ち入りを禁ずる!」

 俺がいる掩体からじゃよく見えないが、声は聞こえるな。厚紙丸めただけのメガホンじゃどうかなと思ったが意外意外、よく聞こえる。匪賊は停まらないだろうな、というか停まってもらっちゃ困るな。いや、テクニカルは停まったかな。仕方ない、テクニカルは殴り合いのためのもんじゃないし、ライフルの間合いに入りゃしないわな。


「先週の約束通り、小麦をもらい受けに来た! おとなしく小麦をだせ!」

 なんだ? 匪賊のくせに拡声器持ってるのか? 生意気な。

「繰り返す! 許可なく村への立ち入りを禁ずる!」

「おい、ガキ! お前じゃ話になんねえ。村長を出せ!」

 匪賊が偉そうに怒鳴り返した。

「断る! さっさと退去しろ!」

「おい! ポーター!」

 あ? 喋ってるヤツ変わったか? て言うか、なんでポーターの名前知ってんだ?

「これ以上、兄貴に逆らうな。な、いまなら俺からも取りなしてやっからよ」

「アントニオ? てめえ! どの面下げて出てきやがった!」

 ああ? そう言うこと? 村から出てったヤツが匪賊に取り入ったか匪賊になったかして村に匪賊を連れてきたと。ときどきある話だな。

「さっさとローランズのババアを連れ来て麦を差し出しな! あんまりごねると皆殺しになっちまうぞ」

「村長を呼ぶまでもない! お前らにくれてやる麦なんか一粒もない! とっとと失せろ!」

「偉そうな口を叩くじゃないか! ポーター。ガキが粋がると死ぬハメになんぞ!」

「お前らこそ、死にたくなけりゃ失せろ! 今なら見逃してやるぞ!」

 機銃の連射音。これはM423じゃない。匪賊の銃か。テクニカルが撃ってるな。

「死ぬのはお前らだ! 百姓ども!」

 あ、もとの声に戻った。

 機銃の音が重なる。テクニカルが一斉に機銃を撃ち始めたようだ。匪賊めハデに撃ってやがる。テクニカルを後ろ盾に今ごろ、賊徒はアサルトライフルやサブマシンガンを乱射しながら村の建物に向かって走っているだろう。ボルトアクションライフルで応戦しているフリをしているはずだが、紛れて分からんな。いや、テクニカルにこれだけ撃ちまくられちゃあ、建物の窓から撃ち返すなんて無理か。

「ビッグジョー、ブトコフスキーだ。連中、ラインを超えた」

「ブトコフスキー、ビッグジョーだ。もう良いぞ!」

「了解。はじめる」

 ブトコフスキーの腕の心配なんかしてない。停まってるテクニカルなんかブトコフスキーにとっちゃ射的の的以下だ。民兵から選抜した狙撃班はどのくらいの腕なんだろう。アントニオ君を撃ちたいだろうけど、テクニカルだけは早めに潰してくれよ。

「ビッグジョー、マットだ。西にも匪賊が現れた。こっちは適当にはじめるぞ」

「マット、ビッグジョーだ。分かった。そっちは任せる」

「わかった。マットから以上」

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