第12話

 翌朝、俺たち第3分隊とブトコフスキーの狙撃班は村の北側の小麦畑にいた。くそ、今日もいい天気で蒸し暑くなりそうだ。まあ、それでも雨が降るよりはずっとマシだが。なにしろ今日は予定通り畑を掘り返して土嚢作りだ。


 東西の道路で入ってくる匪賊が土砂の採取場所に気付かないように倉庫や役場に近い場所が土砂の採取場所となっている。

 少し離れた場所にシートを広げ、ライフル、ヘルメット、タクティカルベストなどを置いておく。その横には借りてきた農作業用のダンプカートが10台並んでいる。

 俺はダンプカートの横の地面に置かれたシャベルと土嚢袋をもって分隊のメンバーにやることを説明した。土嚢作りなんて農家でもあんまりやらないからな。


「やることは簡単だ、作業は二人一組で行う。一人が土を掘る。もう一人が土嚢袋の口を広げて持っておく。掘った土をこの土嚢袋に入れる。入れる量はこの線の辺りまででいい。この線の辺りまで土砂を入れると、20キロから30キロくらいの重さになっているハズだ」

 シャベルを地面に刺して、土嚢袋を両手で持つ。

「袋の口に紐がついているのが判るな? これを引っ張って口を絞り、紐を縛る。袋の上の土の入っていないところをひねって絞る。袋の絞った部分に紐を3回巻いてほどけないように縛る。できた土嚢は袋の向きを揃えてカートに積め。おまえ達には言うまでも無いかもしれんが積み過ぎると重すぎて動かなくなるので注意しろ。そうだな、8個くらいでいいだろう」

 分隊のメンバーを見回す。当然だがあまり嬉しそうではない。それどころか今日の夕方にはウンザリしているだろうよ。

「アンダーソン、ロドリゲス。やってみろ」

 アンダーソンがシャベルを地面に突き立て土砂をすくう。最初は調子よく掘っていたが、途中からペースが落ちた。なるほどな、マットが言っていたのはこれか。手入れされた畑の柔らかくて掘りやすい土なんて20、30センチくらいでその下は固くしまった普通の地盤が隠れてるってことだ。 農村では普段、トラクターで畑を耕している。意外だが、実はトラクターでは20から30センチくらいの深さまでしか耕せない。普通に麦とか野菜とか栽培している場合、それ以上に深くまで地面を掘るなんてことは滅多にないみたいだ。こんな時、バックホウとかあれば話が早いんだが、専門業者でもない普通の農家がそんなもんを持っているはずもないからな。これでも草の根や木の根だらけで虫や蛇までいる野原や木立の中で掩体掘るのに比べたらずいぶん楽なんだぞ。


 アンダーソンの野戦服にはあちこちに汗が染み出してきた。

「よし、土の量はそれくらいでいいだろう。ロドリゲス、さっき言ったように口を縛ってみろ」

 ロドリゲスは頭の中で俺が言った手順を反芻しながら土嚢袋の口を閉じた。

「ロドリゲス、まだ終わりじゃないぞ。カートに載せろ。8個載せるんだ考えて載せろよ」

 ロドリゲスは土嚢を抱えるとカートの真ん中に載せた。

「この後、残り7個はどう積む?」

「2個を両側に積んで、一段に3個。これを2段積んで3段目には2個積みます」

「いいだろう。よし、二人とも一旦もどれ。見ての通り、どっちも楽じゃない。シャベルを使う者と土嚢袋を扱う者は適当に交代しろ。穴を掘るのが目的じゃなく土砂を取るためだから、穴はあまり深くまで掘らなくていい。熱中症にならないよう、水分補給、塩分補給も随時行え。メンバーの組み合わせは各チームリーダーに一任する。カートが一杯になったらここに来る前に寄った東西の端の建物に運んで各部屋の壁沿いに口を内側にして積んでいけ。積み方は基本、レンガを積むときと同じで互い違いだ。ここまでで何か質問は?」

 少し待ってみたが特に質問は出なかった。

「よし、かかれ」

 アルファチーム、ブラボーチーム、狙撃班がそれぞれ、二人組に分かれて作業を開始した。それを見届け、俺はリベラを振り返った。

「リベラ、俺たちもはじめるぞ」

 リベラのヤツ、驚いてやがる。やらなくていいとでも思っていたみたいだが、時間優先なんだよ。人手は多いに越したことないんだ。

 1時間ほど汗だくになって黙々と土嚢作りをやっていると村民が何人も手伝いにやってきてくれた。村長はいけ好かないが、村民は協力的だ。過去の略奪の被害を知っている初老以上の年齢の人たちだけでなく、その話を聞かされた若い世代も被害を繰り返したくないと言う思いで俺たちに協力してくれている。俺はありがたく土嚢のつくりかたを説明して協力をお願いした。


 昼飯を挟んで夕方まで延々と土嚢作りと土嚢積みを繰り返した。俺たちよりも必要な土嚢の数が少ない狙撃班はその分、見張り台の上まで運ぶのが大変だったらしい。それでも俺たちよりは早く作業を終えたがその後も土嚢作りを手伝ってくれた。ブトコフスキーにはこれが終わったら一杯おごらないとな。

 土砂を掘ってる最中に人の頭くらいの石がいくつも出てきた。それも土嚢と一緒にダンプカートに積み込んでありがたく建物の耐弾化に使った。何度も何度も土嚢を作って運び、部屋の壁に沿って積み上げていく。掘り出した石も混ぜて形を整えていく。少々形が悪かったって弾が止まればそれでいい。見せびらかすために積んでるんじゃない、命を守るために積んでるんだ。


 結局、各部屋の壁際には人の背の高さくらいまで土嚢袋と石を積み上げ、2階の床には土嚢を敷き詰めた。床が抜けやしないかと少しヒヤヒヤしたが、ま、保つだろう。これで、軽機関銃やアサルトライフルで撃たれたくらいなら弾が抜けてこないくらいには耐弾化できたはずだ。


 とは言え、マットが言っていたように建物をいくら補強しても対戦車ロケットや無反動砲で撃たれればそれっきりだ。なのになんで建物を耐弾化するのかって言うと、村が俺たちに依頼せず、自分たちで何とかしようとしたら、大抵、建物に陣取るからだ。普通の木造の民家なんて対戦車ロケットや無反動砲を持ち出すまでもなく機関銃やアサルトライフルの弾でも平気で抜けてくるくらいの堅さしかない(もちろん距離にもよるのは確かだ)が、素人さんは見た目にだまされて薄い木の壁を盾にしたりしてひどい目に遭うのがまあ、お約束みたいになってる。それを安全に演じようというわけだ。建物に陣取るヤツは対戦車ロケットや無反動砲で撃たれそうになったら逃げ出すことになっている。


 今日のところはガラスのはまった窓やカーテンはつけたままだ。いよいよになったら外すが、できるだけ部屋を保全するためだ。まあ、戦闘になったら壁は穴だらけになるだろうし、気休めだけどな。


 作業を終える頃には手伝ってくれた村民含めて、俺たちはヘロヘロになっていた。だが頑張った甲斐あって、東西の端の建物の耐弾化は終わった。

 草の根や木の根だらけで虫や蛇までいる林の中で掩体掘るのは大変だが、明日はジャクソンの分隊に頑張ってもらおう。


 夕方、倉庫に全ての分隊と狙撃班が整列した。ビッグジョーが今日もブッカーとデマレスト伍長を従えてその前に立ち、軍隊式こけおどしを行って解散となった。

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